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第三話 仏の御石の鉢

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 さて、お釈迦様の石鉢を取って来いと言われたがどうしようか。もし鉢を取って来なければ、かぐや姫を手に入れる事は出来ない。そうなればもう死んでしまうしかない。そもそもだ、お釈迦樣が使ったという鉢をどうやって見つけろと。間違いなく天竺に在るだろうし、そんな大切な物を手に入れられる筈がない。
 では、どうするか。本物を手に入れるのは、天地がひっくり返っても不可能である。大体、俺が見たこともない物をかぐや姫が見たことある筈がない。ならばだ、本物でなくても構わない訳だ。よし、この今から準備をせねば。
「今日から天竺にお釈迦樣の鉢を取りに行って参ります」
という手紙をかぐや姫に出し、機が熟するのを待った。

 今日で手紙を出して三年。そろそろ良い頃合だろう。俺は大和の十市の山寺へ向かう。この寺にはいい感じに古ぼけた鉢があると聞いている。どんなものなのだろうか。
 かぐや姫を騙せるかどうか考えている間に無事到着。どこにあるのかな、と思っていたら、丁度仏像の前に置いてあったのでバレないように持ち帰る。……背中に何者かの視線を感じるが気にしない。あとは錦の袋に入れ、造花を付ければ贈り物にはぴったりである。俺は身なりを整えてかぐや姫の屋敷に向かった。


 手元に造花の附いた錦の袋。まさか、石作の皇子が本当に手に入れたのかしら。あら、鉢の中に手紙があるじゃない。何て書いてあるのかしら。

海山の路に心を尽くし果て
    な石の鉢の涙流れし

へぇ、苦労して探したとか言ってるけど本当かしら。鉢と血の両方を掛けているのは上手いわね。でも、仏樣の御霊験あらたかな品物なら、少し位光ったりしないのかしら。どんなに光の当たり方を変えてみても、真っ黒。線香のすすがついてるだけじゃない。どうせ真っ暗な小倉山辺りで盗んで来たのでしょう。こんなゴミ、手紙と一緒に返してあげるわ。

    おく露の光をだにぞやどさまし
    小倉山にて何もとめけむ


 手紙と一緒に帰ってきた鉢。完全に拒絶の証である。全てこの鉢が悪い。こんな鉢捨ててやる。では、かぐや姫に言い訳でもするか。

    白山にあへば光の失するかと
    鉢を捨ててもたのまるるかな

鉢がかぐや姫の輝きに負けたから光らなかったのだ、私は鉢を捨て、この事を恥じています、どうか私を見捨てないで下さい、と取り繕ってみたものの、一向に返事が来ない。こっちは三年もの時間を掛け偽装工作をし、それがバレても一応謝ったのに手紙さえ返さない。酷い女だ。糞ッ、あんな女に関わったのが運の尽きだったぜ。


 十日もしない内にこんな噂が立った。
「なあ、取って置きの話があるんだが聞きたいかい」
「面白い話なら聞いてやろうじゃないか」
「何でも石作の宮樣がかぐや姫に振られたらしい」
「育ちも良く文武両道容姿端麗なのにかい」
「元々、かぐや姫は結婚する気が無かったらしい。だが、求婚が余りにもしつこいから、合理的に断る方法を考えたんだ」
「その方法とは如何に」
「お釈迦樣のお使いになられた鉢を取って来いと言ったとか。当然、そんな物手に入る筈もないから、宮樣は偽物の鉢を持っていった」
「で、それがバレてかぐや姫に口実を与えちゃったと」
「そういう事だ。宮樣は振られた事に原を立て、鉢を捨てたんだ。まさに『はち(鉢・恥)を捨つ』だな」
「ははは、上手いことを言うじゃないの」
「それだけじゃないんだぜ」
「まだあるのか」
「どうやら宮樣はその鉢を盗んで来たらしい。つまり……」
「『ばち(鉢・罰)が当たった』と言う事か」

どうもお後がよろしいようで。
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