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第四話 蓬萊の玉の枝

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 「ちょっと体調が悪いので筑紫の国に湯治に行って来る。済まないが休みを貰いたい」
「最近、疲れておられる御様子でしたから、私共も心配しておりました。健康は命よりも大事です。仕事は私共がやっておきますので、しっかりお休みになられて下さい」
さて、次は姫の所だ。
「すみません」
「はい、なんでしょうか。おや、庫持の皇子樣ではありませんか。もしかして、もうお宝を手に入れたとか」
爺さんの冗談に答える。
「流石にそんな簡単には見つかりませんよ。今から玉の枝を探しに行くので挨拶に。姫には必ずや手に入れてみせますとお伝えください」
「そうですか。皇子樣が一刻も早く見つけて下さることを、楽しみに待って居りますぞ」
爺さんの急かす様な言葉に送られ、従者達と共に難波へ向かう。用意していた小さい舟に乗り、皆に別れを告げる。
「休養だからこの事は内密にしておいてくれ。では、行って来るぞ」
信頼できる側近数人と共に沖へと舟を漕ぎ出す。岸が遠くなり始めた頃には見送りの者達は帰って行った。どうやら、計画はばれていない様だ。あとは、人目につかない様に岸に戻るだけ。用心深く三日ほど海の中で待った後、陸に上がり例の場所に向かった。
 鬱蒼と木々が生い茂る山の中、一見ただの樵小屋にしか見えない小屋に、超一流の金物師と籠った。加工するときに必要な竈も、光が漏れないように幾重にも囲いをした。また、金や銀や玉も十数ヶ所ある自分の屋敷の庫から持って来た。周到な準備をして、姫の言った通りの玉の枝を作り上げた。そして、人目を盗み、難波に持って行く。これで準備は終わり。


「皇子樣のお帰りだ」
と供の者が門前で叫ぶと、家の者が門を開け出迎える。
「お疲れ様です。湯治は如何でしたか」
「山の中を登らないといけなくて大変だったよ。帰りも船酔いするし、休む間もなくて疲れた。これじゃ休養にもならないよ」
と一応事実を告げた。本当に疲れたのだ。
「そうだ、この長櫃を部屋まで運んでくれ」
「分かりました」
こうしてワザとアレを運ばせておけば噂になる。そうすれば、かぐや姫の耳にも届くだろう。これで、かぐや姫も認めざるを得ない。俺は天才だ。


 供人を連れかぐや姫の屋敷へ向かう。
「こちらに庫持の皇子が参りなさった。門を開けよ」
雇われ門番が翁を呼んで来る。
「どうもいらっしゃいませ、皇子樣。旅から帰って来たばかりなのでしょう。どうやら無事持って来て頂いた様ですね。」
翁は嬉しそうに私を迎える。
「その通りだ。これをかぐや姫に渡して頂きたい」
「分かりました」
翁は急いで姫の元へと向かった。

「姫、皇子樣が遂に持って来て下さいましたぞ。手紙も付いておりますからどうぞお読み下さい」
手紙を開く。
  
  いたづらに身はなしつとも玉の枝を
      手折らでただに帰らざらまし

まさか、本当に……。
思っていた事が顔に出たのか、お爺さんが私に近づく。
「皇子樣は貴女の言う通りに、蓬莱の玉の枝をお持ち帰りになられた。もう、逃れることは出来ません。御自分の邸宅にも寄られる事も無く、直接来て下さったのですぞ。約束通り早く結婚を決意して下さいませ。」
本当にどうしようかしら。憂鬱だわ。

 私は縁側に坐って言う。
「私は貴女の望むものを手に入れて来たのですぞ。文句を言われても困ります」
翁も私に同意する。
「こんな素晴らしいもの、この国には存在しない。本当に金銀宝玉で出来ている。疑いようも有りません。手に入れるのに苦労したでしょう。今からでも夫婦(めおと)の契りを致しましょう」

 今まで私の事を育ててくれた恩があるから、ああやって遠回しに断ったのに。まさか、本当に皇子が玉の枝を持って来て、お爺さんも早速寝床の準備をするとは……

 「所で、このような素晴らしいものをどちらで手に入れたのでしょうか」
かぐや姫を手に入れる為にはここで油断してはならない。予め用意して置いた話を姫と翁に披露する。
「まあまあ、お爺さん落ち着いて下さい。夫婦の契りを結ぶ前に私の武勇伝を聞いて頂きたい。私は三年前の如月の十日頃に、難波から船に乗り、沖に出ました。どちらに向かえば良いのかも分からず、諦めようと思ったのですが、一度やると決めたことはやり通さなければならないと思い、風が吹くのに任せておりました。しかし、それでは埒があかないので、蓬?目指して必死に漕いでおったのです。ある時は、荒波に揉まれ船ごと沈みそうになり、ある時は、強風で異国に流れ着き、鬼の様な化け物に殺されそうになりました。自分達が今どこに居るのかも分からなくなったり、食料が無くなって草や海で採った貝を食べたりする事もありました。海中から出て来た得体の知れない化け物に襲われたり、様々な病に侵されたり、絶望のまま海を漂っておりました。出航して五百日だったでしょうか、辰の刻辺りに遙か遠くに山が見えたのです。海の中に漂って見えるその山は非常に高く美しいものでした。これこそ求めていた蓬?山ではないだろうかと思いましたが、鬼でも出て来はしないだろうかという恐れがありましたので、二三日ほど島の周りを巡っておりました所、山の中から天人の様な女が現れ、銀のお椀で水を汲んでいるのを見つけました。そこで、私共は船から降り、女に『この山の名は何と言うのだ』と訊くと、『ここは蓬?の山です』という答えが返ってきました。私は嬉しくなり、その女の名前を尋ねると、『私の名はホウカンルリ(寶漢瑠璃?)と申します』と言って山に入って行きました。
 その山を登るのは到底無理に思われたので、辺りを歩き回っておりますと、今迄に見た事の無い、美しい花を付けた木が何本も立っておりました。金や銀或いは瑠璃色の水が山から流れ、宝玉で出来た橋が架かっておりました。その橋の辺りの生えていた木の中に、少し見劣りはしますが、姫に頼まれましたものと全く同じ木がありましたので、この枝を折ったのです。それでは早く帰らねばと船に乗ると、神仏に御祈りをした御蔭か、行きよりも早く、四百日余りで難波に着き、昨日都に到着致しました。潮に濡れた服を着替える事も無くこちらに参ったのです」
作り話をするのは本当に疲れる。
話を熱心に聞いていた翁は、感動したのか感涙に咽びながら歌を詠んでいる。

  呉竹のよよの竹取野山にも
    さやはわびしき節をのみ見し

流石、翁は私の(知略に富んだ)苦労を分かっていらっしゃる。私は「見つけられて良かった。やっと肩の荷がおりましたよ」と言いながら、歌を返す。

  わが袂今日かわければわびしさの
       千草の数も忘られぬべし

計画通りに事も済んだし、後は、かぐや姫を頂くだけだ。
「ちょっと、待ったあああ!!」
外から怒声が聞こえてくる。何事かと翁が戸を開けると、庭に男が六人。あれは、まさか、と思っていると、その中の一人が文挟(ふみばさみ)を使い、翁に手紙を渡しながらこう言った。
「私は作物所(つくもどころ)にお仕えしております漢部内麻呂でございます。千日余りという長い間、碌に飯も食わず、一生懸命に玉の枝を作っておりました。しかしながら、私共は誰一人として給料を貰っておりません。どうか私共に少しでも宜しいので報酬を頂けませんか」
「皇子樣これはどういう事でございましょうか」
どどどどどどどどどうすれば。落ち着け、まだだ、まだ、どうにかなる。
「ちょっとその御手紙見せてくれないかしら。どんな事が書いてあるのかしら。なになに
  
  皇子樣は私共の様な身分の低い者と一緒に隠れ家に籠っておりました。皇子樣の期待に応えるべく、精魂込めてこの玉の枝を作ったのです。完成すれば官職も賜ると仰っておりましたが、何も貰えませんでした。仕方がないので、この品物をお望みになった姫樣の御家から報酬を頂こうと思った次第でございます。

ですって。最初は本物かと思ったけど偽物じゃない。がっかりだわ。こんなもの早く返して仕舞いましょう。」
「そうですな。偽物なら返しましょう」
かぐや姫は?を吐いた私を軽蔑しているだろう。玉の枝と共に歌が帰って来た。
  
  まことかと聞きて見つれば言の葉を
        飾れる玉の枝にぞありける

どうすれば良いのだろうか……。さっき迄私と姫の結婚に乗り気であった翁も、気まずいのか寝て仕舞った。この気まずい雰囲気を作って仕舞った張本人である私はどうすれば良いのだろうか。ただ無為に時間だけが過ぎ、日が暮れた頃に私は逃げ出した。

 あの人はいつの間にか帰って仕舞った様ね。後ろ暗い事をしていたから夕闇に紛れたのかしら。気付かなかったわ。そうそう、可哀想な人達に褒美をあげなきゃね。
「貴方達、大変だったでしょう。言われる迄偽物だとは気付かなかったわ。本当に立派な職人ね。約束通り、あの人がくれなかった褒美をあげるわ」
職人達は喜んで褒美を受け取る。
「やはり、姫様は優しい御方です。本当に有難うございます」
「気を付けて帰ってね」

 どうして失敗した。計画は完璧だったのに。やはり、あいつらのせいか。あいつらが邪魔をしなければ成功していたのに……ん、あれは、何だ、奴ら荷物を持っているぞ。どういう事だ。
「おい、お前ら」
私が居ると思っていなかったらしく、奴らは驚いている。
「皇子樣ではありませんか、いつの間にか姿を消していたので私共は心配しておったのですぞ。」
その言葉を無視して殴りかかる。
「貴様らッ、もう少し待っておれば私が褒美をやったのに。それすら待たないでやって来るとはなァ、貴様らのせいで、かぐや姫を手に入れる事が、出来なかったではないか!!そして、貴様等はかぐや姫から褒美を貰っている。どういう事だッ、この恥晒しめ!!」
奴らの持っている忌々しい褒美を滅茶苦茶にし、捨ててやった。ムシャクシャしてやった。反省はしていない。奴らは蜘蛛の子を散らした様に逃げていったが、知った事ではない。もうどうでもいいや。私は、「これ以上無い程恥ずかしい事だ。女をモノに出来なかっただけならまだしも、これから後ろ指を指されながら生きていくのは厭だ」と側近に告げ、何かに誘われる様に山へと入った。

 この皇子が山に入って暫くの間、御付きの者たちは皆茫然自失していたが、思い出したかの様に皇子を探し回った。しかし、分け入っても分け入っても青い山。とうとう皇子は見つからなかった。              


 ちなみに、この玉の枝事件をきっかけとして、正気を失いぼんやりするという意味の「玉さかる(魂離る)」という言葉が出来たそうだ。本当かどうかは知らないが。
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