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第六話 龍の首の珠

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 「龍の首には五色に光る珠があるらしい。それを取ってきた者には、望むものを何でもやろう」
俺の発言に部下達は互いに顔を見合わせる。
「やはり、大納言樣の言う通りにすべきなのでしょうか」
「これは難しい仕事だ」
「そもそも、龍はどこにいるのか。どうやって首の珠を取れば良いのか」
こいつらはやる気がないのか。喝を入れてやろう。
「おい、貴様等、主君に仕える人間というものは、自分の命を犠牲にしてでも主に従うのではないのか。龍は天竺や唐土だけにいるのではない。この日本でも海や川から天に登り水の中に戻っているという。龍を実際に見たという話があるから、必死に探せば見つかる筈だ」
奴らも分かってくれたのだろう。私の言葉に感銘を受け、涙を流している。
「それならば仕方ありません。難しいですが、大納言樣の仰られた事ですから珠を探しに行きましょう」
「そうだ。それでこそ武勇の誉高き大伴家に仕える者だ」
俺は家中の絹や綿や銭或いは水牛等の家畜を餞別として部下達に分け与え、激励の言葉をかけた。
「お前達が帰って来るまで家に籠って、神仏に御祈りをしていよう。龍の珠を手に入れるまでは帰って来るな」


部下達は大納言から品物を受け取り屋敷から出ていった。「龍の珠を手に入れるまでは帰って来るな」という事は、帰りたくなければ何もしなくて良いという事だ。皆の利害が一致した。品物を平等に分け合い、自分の家に帰る者も居れば旅行する者も居た。「臨時収入」があるので暫くは働かずとも金には困らない。又、部下達は大納言の悪口を言う事も多かった。
「『作戦の神様』と呼ばれたあの方はどこにいったんだ」
「大体、餞別として家畜とはどういう事だ。『荷物を運び、食料にもなる』といっていたが、逆に足手纏いだ。全くなにを考えているのか」
「かぐや姫とやらに惚れ込んだせいでおかしくなったんだ。少しは周りの事を考えて欲しいよ」


 かぐや姫が住むにはこの屋敷は狭過ぎる。もっと大きな屋敷を建てよう。職人を呼び、様々なものを作らせた。先ずは立派な家、次に蒔絵の壁、刺繍で模様をつけた天井、壁の代りに一流絵師の布絵。これだけ立派なら、姫も喜んでくれるだろう。最後に、姫との愛を育むのに邪魔になる妻達を返品し、龍の首の珠が見つかるのを待った。果報は寝て待て、である。
 ところが、待てど暮らせど珠が見つかったという知らせがない。居ても立っても居られないので、残っていた舎人(とねり)粗末な格好をして、お忍びで難波に向かった。先ずは情報収集をせねばなるまい。港にいた船人に尋ねる。
「すみません。大伴の大納言殿の部下とかいう人が、船で海に出て龍を殺し、首に懸っている珠を手に入れたという話を聞いた事はありませんか」
船人は笑って答える。
「何の冗談ですか。そもそも、そんな事の為に船を出す奴などいませんよ」
この船人は何を言っているんだ。俺を武門の誉高き大伴と知らないからか。
「俺は弓が得意だ。龍など射(い)殺して首の珠を取ってやる。鈍間(のろま)な部下など待ってられん。」
と威勢を張って出航したのはいいものの、方向が分からぬ。右往左往している内にどうやら筑紫の近くの海にやって来たらしい。
 中々龍が見つからない。どうしようと考えていた矢先に風が強くなり、空も暗くなった。沖に引き摺られる様に船が流されていく。波は船を冥(くら)い海中に飲み込もうとし、雷は鉄槌を下そうと船を狙っている。未知の海に動揺した俺は雇われ人夫に尋ねる。
「今迄こんな酷い目に遭った事は無い。これからどうなるのだろう」
人夫は答える。
「長年船乗りをやっておりますが、私もこの様な目に遭った事はございません。このままでは船は沈んでしまいます。そうでなくとも雷が落ちるでしょう。もし、神樣の御加護で沈まないとしても、風で南の海に流されてしまうでしょう。貴方の様な人に雇われたばかりに、私は、海の藻屑と、ならねば、ならない、のですかッ」
とうとう人夫は泣き出した。その姿に俺は苛立つ。
「俺は海に慣れている貴様の腕を見込んで雇ったのだ。海の男なら弱音を吐くな」
胃の中身を海にぶちまけながらも人夫を励ました。人夫は憔悴しながらも力を振り絞り言った。
「私は神樣ではありませんからどうする事も出来ません。風が強く浪が激しいならまだしも、雷が落ちてくるのは尋常ではありません。龍を殺そうとしたからこの様な目に遭うのです。この異様に強い風も龍が吹いているのです。早く神樣に御祈り下さい」
「そうか、分かった」
私は自分の浅はかさに漸く気付いた。
「海の神樣よ、お聞き下さい。愚かな私は龍を殺そう等と幼稚な考えを抱いておりました。これからはこの様な浅はかな事は致しません。どうかお許し下さい」
何度も御祈りの言葉を発し、立ち上がって天を仰ぎ、身を伏せて海に跪く。千回程繰り返す頃には雷が止んだ。それでも風は吹く。呆然としていると人夫が声を掛けてきた。
「今迄のは龍の所為(しわざ)だったのでしょう。今も風が吹いていますが、これは良い方の風です。お許しが出たのでしょう」
未だ自分の身に降りかかった事を理解できず、人夫の言った事もよく分からなかった。だが、危機は脱したらしい。
船が流される事三四日、南の島だろうか、浜に流れ着いた。どうやら助かったらしい。死なずに済んだのは嬉しいが、起き上がろうにも力が入らぬ。空を眺めていると男の顔が見えた。
「大丈夫ですか、大納言樣」
「ああ、ここはどこだ」
「ここは播磨の明石の浜でございます」
「そうか、戻って来たのか。済まないが船から降ろしてくれないか。疲れ果てて力が出ない」
体を抱きかかえられ、松原に敷いた筵の上に寝かせられた。皆俺を見て笑っていたが、それ程無様な姿だったのだろう。その無様な姿のまま呻きながら家まで運ばれた。


家に着くと、どこで聞きつけたのか、龍の珠探しに出した部下達が集まっていた。
「龍の首の珠を取って来る事が出来なかったので、御屋敷に戻る事も出来ませんでした。大納言樣が自ら珠を取る事の難しさをお分かりになられたので、お叱りを受ける事も無いだろうと思い参りました」
俺は重い体を起こして部下達に言った。
「お前達、珠を取って来なくて良かった。龍は雷樣の仲間だ。珠を取ろうとしていたなら、お前らはやられていただろう。ましてや、龍を捕まえていたならば、お前達だけでなく私にも怒りの矛先が向いていただろう。本当に捕まえなくて良かった。かぐや姫が私を龍に殺させようと仕向けた罠だったのかもしれん。あいつは大悪党だ。ニ度とあの家には近づかない。お前達も近づくな。そうだ、龍の珠を取って来なかった者には褒美をやろう」
最早かぐや姫などどうでもよい。今は命が助かっただけでも幸せな気分だ。


 この話を聞いて離縁した前妻達は、自分を捨てたから天罰が下ったのだと大笑い。大納言がかぐや姫の為に作った家の装飾品は、鳶や烏の巣の材料になる始末。最早踏んだり蹴ったりである。世間では大納言の噂が流行った。
「大伴の大納言は龍の首の珠を手に入れなさったのだろうか」
「駄目だったよ。だけど、両目に李の様な珠を付けていらっしゃる」
「腫物(はれもの)の李では『食べ難し』」
それからというもの、上手くいかないことを「たへがたし(堪へ難し・食べ難し)」というようになった。
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