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 視界が悪いのは僕も魔物も同じだが、何故か夜になると森にいる敵と言うのは数を増す。平原に出ていた魔物が巣へ戻るため森に集い、肉食動物達が活動する時間帯でもあるからだ。
 夜の森は危険が一杯だった。
「し、師匠」
「なんだいキト君」
「さっきから周りに何かいるような気がします」
「妖精さんじゃないかな」
 茂みからグルルル、と唸り声が聞こえる。明らかに人のものではない。
「唸ってますけど」
「お腹の音だよ。きっと」
 歩き出そうとすると上からベチャッと液体が落ち、僕の足元にある雪を溶かした。見上げる。筆舌に尽くしがたい黒い体をした魔物が僕らを見おろしていた。口からもう一つ口の様なものが出ており、尻尾をぶんぶんと振り回している。威嚇しているのだろうか。
「師匠、熊の物らしき荒い息づかいが背後から聞こえます」
「僕らを取り囲んでいる狼を襲いにきたんだよ、きっと」
「で、でも上に見たこともない魔物が」
「エイリアンだ」
「えっ?」
「エイリアンだ、あれは」
「え、えいりあん?」
「うん。ほら、映画であるだろ? 見たことない?」
「あります」
「あれによく似てる」
「たしかに」
「そうだキト、知ってるかい。この森には昔、村が在ったって言う事」
「知りません」
「ここで昔酷い事件があってね。ある村がヒグマに襲われて全滅させられたんだ。村中の男がヒグマに喰われてね。それはもう酷かったらしいよ。髪の毛が散らばり、助けがきた時まだ家の中にヒグマがいてね、食べられている人のうめき声が──いや、やめとこうこの話は」
「師匠」
「ん?」
「そのヒグマはちなみにどうなったんです?」
「まだ生きてるよ。この森で。でかいから討伐隊の銃じゃ効かなかったんだなこれが」
「僕らの背後にいるあのものっそい大きい影って」
 振り返ると三メートルはありそうな巨大な生き物が立ち上がってこちらの様子を見ていた。どう見ても熊だ。この辺りにはツキノワグマはおらず、熊といえばヒグマしか生息しない。
「あれだ……」
「で、でも狼を食べに来たんですよね。僕たちを食べようとする狼を食べようとヒグマが来たんですよね」
「ヒグマは人の味を覚えると人を喰う」
「でも男の肉なんて食べないんじゃないですか」
「いや、最初に喰ったのが男なら男ばかり喰おうとする」
「そうだ、火を焚きましょう」
「ヒグマは火を恐れない」
「師匠!」
「落ち着きたまえよキト君。こういう絶望的な状況に最適な魔法があるんだ」
 僕はウインクをして軽く魔力を放ち、指を鳴らした。すると目の前に球体状の風の渦が巻き起こる。風の球は少しずつ小さくなり一つの粒へ集約したかと思えば大きく広がり、中心部から不思議な生物を呼び出した。
 フワフワした毛に覆われた真っ白な光を放つ生き物。
「この生き物は」
「光の精霊だよ。召喚した。魔物が嫌う光を体から放出してくれる。その証拠に、ほら」
 先ほどの場所を指差してやるともうエイリアンに似た魔物の姿はなかった。いつの間にか周囲を囲んでいた狼の気配も消えている。
「この光は魔物以外にも効果があるんだ。それに明るくなって一石二鳥さ」
「さっすが師匠!」
「よし光の精、ちょっと申し訳ないんだけどしばらく付き合ってくれないか。これから魔王四天王の一人と戦うんだ」
 すると光の精はあからさまに訝しげな表情をした。お前何回魔王四天王倒してるんだよ、そんな顔。
「魔王がまた新たに復活したんだ。仕方ないだろう。だからこうして謝ってるじゃないか」
 しかし光の精は気乗りしなさそうだ。仕方ない。これだけは使いたくなかったが。
「逆らえば一族もろとも殺す」
 そこで初めて光の精は心からの愛想笑いと共に頷いてくれた。
「よし、行こう。塔はもう目の前だ」
「はい! 師匠」
 僕達は光の精を頼りに悠然と道を進んだ。
 この二分後、ヒグマがまだ去っていなかったことに気付き慌てて僕らは塔へ逃げ込むこととなるが、それはまた別の話である。
 
 ヒグマが森へ帰っていくのを僕達は塔の二階から眺めていた。
「どうにか助かったみたいだな。塔の異様な魔力に気圧されたんだろう」
「師匠、どうして倒さなかったんですか? 人喰い熊なんでしょ」
「山のしきたりで殺した熊の肉は喰わないと駄目だからね。以前クマカレーを食べた事があったんだけど僕はどうやら熊肉が嫌いらしい」
「あの熊は今後も人を襲うのでしょうか……」
「多分ね」
「師匠がクマカレーを食べていなければ、それは未然に防げたんですよね」
「うむ」
「くそう、クマカレーが憎い」
「まぁそう落ち込まないでいいよ。あとでヒエデにでも頼んでおこう。凄腕の狩人みたいだし。クマが出没する位置さえ分かれば狩れるだろう」
 一階への階段はヒグマが上って来れないように光の精が熱源を放って溶かしてしまった。
「ここからもう逃げ道はないぞキト。覚悟はいいな」
「よくはないですけどこれもミロさんの蹂躙シーンを拝むためです! 頑張ります」
不純な動機しか持ち得ない我が弟子には尊敬の念にも似た愛着がわく。実を言えば後戻り出来ないこともないのだがここは戻れないほうがなんだか盛り上がる気がしませんか。
 氷の塔。文字通り全部氷で出来た、火の魔法で崩れるという構造上に致命的欠陥のある塔である。さぞかし迷路みたいな内装で多くの魔物を配置しているだろうと予測できたが、実際に中にはいるとだだっ広い部屋に階段しかない。
「雪のロース、どうやら設計の才能は一切なかったらしいな」
 ダンジョンを攻略するつもりがこれでは工事着手前に行う内装見学である。
「魔物の姿が見えませんね」
「夜だからか寝てるのかもしれないな」
「魔物って夜行性じゃないんですか?」
「彼らは基本的にはサラリーマンだよ。昼間働いて夜は家に帰る」
 広い室内は光の精が放つ輝きですっかり見渡す事が出来る。よく見ると氷の塔は非常に透明度の高い氷で作られているらしく、わずかながら外から月明かりが氷を突き抜けて室内に射し込んでいた。先ほどは空に月など出ていなかったので驚く。
「そうか、魔物にも家族がいるんですよね」
 幻想的な光景に見とれているとキトがボソリと呟いた。考えていることは手に取るようにわかる。僕も同じ事で迷った経験があるからだ。
「キト、勇者は時に残虐な心を持たなければいけないんだよ。父親目指して修行している子供、妻と二人の子供を抱えた出稼ぎの夫、いつも民や国の事を考え必死に守っている国王、魔物って言うのは人間とさほど変わらない。僕らはそんな彼らの体を引き裂いて臓物をぶちまけ、お金を取り、装備品を奪わなければならないんだ」
「魔物と共生することは不可能なのでしょうか……」
「難しいだろうね。魔物の中には人間を主食にしているやつもいる。スライムだってそうだ。人間が牛や豚を食べるように、彼らも生きるために人を食う。その中には僕らの言葉がまるきり伝わらないやつだっているんだ。魔王がどうやって統制をとっているのかは知らないが、さっきのヒグマみたいなのがそこら中にいたらおちおち暮らせないだろ?」
「勇者って職業も、綺麗なだけじゃ通らないんですね」
「幻滅したか?」
 するとキトは強く首を振った。
「逆です。そこまで血に染まっても世界を救おうとする師匠の覚悟はすごいと思います」
「キト……」
 自分は良い弟子を持った。それにしても可愛いメスの魔物は眠らせてセクハラしているという話はしなくてよかった。危なかった。

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