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覚醒

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 塔を昇って一時間。
 約七十五階まで昇った段階で異変に気がついた。
「師匠……この塔はどこまで続いているんですか」
「うむ、それなんだが」
「はい」
「どうやらさっきから僕らはずっと同じフロアにいるらしい」
「どういう事ですか?」
「この階段を昇ればわかるよ。行こう」
 僕らは目の前にある階段を昇る。広い部屋に足音が反響し、幾度も呼応する。その先に広がる風景は先ほどと同じだだっ広い部屋に階段が一つだけと言う光景。
「キト、僕らが昇ってきた階段を見てごらん」
 キトは言われたとおり振り返り、そしてあっと声を出す。
「階段が、階段がありませんよ師匠!」
 広がるのは四角い穴のみ。
「恐らくこの下は一階だ。だから下りの階段が溶けてなくなってしまっている。どうやら魔法で僕らは同じフロアを何度も昇っていたらしい」
 通りでさっきから景色が低いと。そうだよね。普通に考えたらそろそろ雲と同じくらいの高さまで行けていても不思議ではないもんね。
 雪のロース、どうやら設計の才能はなくても罠を張るのは上手いらしい。危なかった。もうすこしで罠にかかるところだった。いや、まだかかっていない。実に危なかった。
「僕らが今までやってきたことって」
「足腰の鍛錬だ……」
「そんな、明日筋肉痛になってまた師匠におぶってもらいながらユルユルと眠りに誘われなきゃ駄目じゃないですか」
「何が不服だよ!」自分の師を既に足扱いしている弟子。
「でも師匠、上のフロアに行くにはどうすればいいんでしょう」
「ここに張られている結界は非常に緻密な物だ。何せ僕も気付かなかったくらいだからね。ここを抜けるとなると魔力を駆除する事が出来る強力なアイテムが必要だ。脱臭剤みたいなの」
「脱臭剤が必要なんですか。コンビニあるかなこのへん」
「人の話を聞け」
 閑話休題。
「この近くの雪山に聖なる脱臭剤型魔力駆除アイテムがあったんだ」
「じゃあ取りに行かないと」
「いや、もうない」
「何故です?」ぎょっとする我が弟子。
「実は昔ここに来た時、ここを支配していた魔女が同じような罠を張っていたんだよ。それで取りに行った」
「そのアイテムは今どこに?」
「王様に旅の貴重品として謙譲したんだけど、財政赤字で勇者の装備全部売ってるくらいだからキーアイテムも全部裏社会に流されてると考えるのが妥当だろうね」
 魔王復活が数百年後とかならアイテムも何らかの形で見つかるのが王道だ。人々の手に落ちたアイテムは年月を経て再び在るべき場所に戻り、時が来るのを待っている。
「これだけ復活のスパンが短いと宝箱はのきなみ開いてるしキーアイテムはもうとりきってるし各方面でタンス泥棒とか言われる事もあるし世界グッチャグチャだよね。あっはっはっは」
「じゃあもう世界は滅びるしかないんですね。残念だなぁ」
 世界の崩壊を残念と言う簡単な感想で締めくくる我が弟子。
「まぁ待ちたまえよ。塔ごとダンジョン破壊できる僕がいるんだから脱臭剤なんてなくてもどうにか出来るさ」
「どうするんですか?」
「この塔全体に状態異常を無効化する魔法をかける」
 僕がちちんぷいぷーいと手を捻ると塔にかかっていた怪しげな魔力は消えうせた。
「これであと二、三フロア昇ったら頂上だよ、多分」
「さっすが師匠! でもどうして最初からその呪文を唱えなかったんですか?」
「たまには足腰の鍛錬も必要かなって」
 そう、僕は修行がしたかったからわざと罠にかかっていたのであって決して気付かなかった訳ではないのだ、いやもう本当にそうなのだ。
 こうして僕らは難関を乗り越え次の階へと進んだ。
 ちなみにキトはまだ気付いていない。売り払われた勇者の装備品は全て彼専用の物だという事に。

 しばらくは何もないフロアが続いた。いや、正確にはちょこちょこ魔物がいたわけだが、そんなたいした敵ではない。身長五メートルほどの氷の像が十体くらい襲ってきたくらいだ。
「まぁ僕にとってはどうって事のない化物だったよ」
「さっすが師匠。実は僕も今回、パンツを濡らしませんでしたよ」
「やるじゃないか」
 むしろ今まで漏らしていたという衝撃の事実がここで露呈してしまっているわけだが、あえてそこには目を向けてやらないでおいた。魔物にビビッて漏らすなど、人として可哀想すぎる。
 しかし僕はそれよりももっと気になる事があった。
「どうしたんですか、師匠。さっきから地面をトントンして」
「いやね、氷の塔だから滑るフロアとかあってもいいと思うわけだけどさ、足場も安定しているし違和感を覚えてね」
 スニーカーの僕が一度もスリップを起こさないのだ。ここまで摩擦度の高い氷と言うのはそうないだろう。
 階段を昇るとやがてそれまでとは比べ物にならないくらい広い部屋へと到達した。どうやらここが頂上らしい。天井が高く、円錐のように塔の先端は尖っている。
「いよいよですね、師匠。作戦とか立てなくて良いんですか」
「大丈夫だ。今は深夜バラエティですら既に終了の兆しを見せる時間帯。奴がアニメオタクか海外ドラマオタクでなければとっくに眠っているはずだ。このまま寝込みを襲って亡き者にしてくれる」
 すると突然キトが体をビクッと震わせて天井を指差した。
「し、師匠! あれ」
「静かにしなさい。ロースが起きちゃうじゃないか」
「でも師匠、天井に」
「ツララでもあったか」
「ミロさんが吊るされてます」
「あ、ホントだ」
 見ると天井から一本伸びたロープにつながれ、氷となったミロちゃんが吊るされていた。
 まさか氷にされているとは。街の自警団が氷らされている時点で何となく察しはついていたが、くそ、何で彼女はカーゴパンツなどはいているのだ。さらわれた時はどこぞの女子高生みたいな格好をしていたと言うのに。ここはミニスカートで絶望と共にセクシーな色も取り入れたいところではないのか。いや、そもそも着替えていると言う事は着替えさせたという事か? するとなんだ、僕ですらまだ拝んだことのないミロちゃんの爆弾おっぱいをロースは見たと言うことに……。
「雪のロース、もはや生かしておく事は出来んな」
 僕たちが天井を見上げていると「ふふ、綺麗だろう?」とどこからかいけ好かない声がした。見ると部屋の隅で壁にもたれた男がこちらを見ている。真っ白な中世的衣服を身にまとい、その肌も透き通るほどに白い。
「お前は、イカのロース」
「雪のロースだ。久しぶりだな、勇者よ」
「一週間も経ってませんけど」
「師匠、あの小麦粉にまみれた様な顔の男が?」
「魔王四天王の一人、雪のロース」
「食品会社が提供している牛肉みたいな名前のやつですね」
「僕もそう思う」
「おしゃべりはそこまでだ。勇者とその弟子よ」
 正確には勇者とその師匠なわけだが、まぁそのあたりの細かい突っ込みはしたら可哀想である。僕が。
「決着をつけようではないか」
 奴はそう言って地面に手をかざし、氷の剣を作り出す。かなり大きい。大剣と言うやつか。結構格好良いじゃん。剣の作りかたもイカす。
「街の人々やミロちゃんをこんな目に遭わせて、許さないぞ」
 僕が睨みつけると奴は不敵に笑い剣を構える。途端、空気に緊張が混じった。張り詰める。すごい殺気だ。やはりただものではない。
「……魔王はどこだ?」
「それが知りたくば私を倒すことだな。武器を持て。丸腰相手に戦うつもりはない」
「いや、僕根本的に剣すら持ってないんですけど……」
 そういえば今まで全部素手か魔法で倒してきた。
「大体お前は何でこんな夜中に起きてるんだ」
 僕が尋ねるとロースはフッと笑う。
「実は水曜の夜だけ見ているアニメがあってな……」
「ネタバレはするなよ」
「保障は出来んな」
 水曜の夜といえばアレか。僕も見ている。早くこいつの口を黙らさないと内容を全て言われかねない。僕はさっきからハエみたいに僕の回りを飛んでいた光の精に命令をする。途端、雪の様に輝いていた精霊が鋭い剣へと姿を変えた。
「光の剣か、こしゃくな。だがそんなもので私に勝てると思うのか?」
「あ、じゃあ火の剣にしますね」
「その剣でかかって来い」
 僕達はじっと睨み合った。部屋の端と端、月明かりのおかげで視界は十分明るい。
 キトは階段に身を隠しこちらの様子を見ていた。あの位置なら巻き込まれることもあるまい。逃げるのだけは一丁前に上手くなったな。
 一瞬、不吉な気配を感じて僕は体を反らせた。一瞬遅れて鼻先を剣がかすめる。キトに気を取られているうちにロースが向かってきていたらしい。なんと言う早業。ロースの姿を視認しようと剣が向かってきた方向に視線を走らせるがそこに奴の姿はない。
「運がいいな。だが次はない」
 背後から声がして振り向くとロースが氷の大剣を振り下ろそうとしているところだった。こんな重量のある武器を軽々と振り回すとは。
 僕はロースが剣を振り下ろすタイミングを見計らって真横の空間に体ごと飛び込む。刹那、先ほどまで僕のいた地表を大剣がえぐっていた。なんちう破壊力。
 だがスピードではこちらとて負けてはいまい。僕は足に思い切り力を込め、クラウチングスタートの要領で地面を思い切り蹴飛ばす。
 想定外の反応速度で距離を詰められたロースは僕の剣に反応できず、そのまま一閃される。
 はずだった。
 予想外だったのは、氷に滑った事だ。
 バランスを失いその場にこける。
 ロースは──
 考える前に大剣は目の前に迫っていた。
「死ね、勇者よ」
「師匠!」
 ロースの冷たい笑みとキトの叫び声がこだまし、僕の視界は巨大な剣で埋め尽くされた。僕の見ていた世界が、急に冷静さを帯びる。
 肉体にぶつかる剣。鈍い痛みが全身を襲って息が出来なくなった。剣の圧力で氷の地面にヒビが入り、やがて割れ、僕はそのまま下のフロアへと墜ちた。
 痛みに顔が歪む。でも大丈夫。回復魔法を使えばどうにでもなる。
「師匠!」
 キトが階段を降りてこちらに駆け寄ってくる。来るなと言いたいが背中を強く打ったためか声が出ない。
 僕が落ちてきた穴からはロースが冷たい微笑を浮かべていた。
「まだ生きているか。しつこいやつめ」
 嫌な予感が全身を巡った途端、天井から大きなツララが落ちてきて僕の胸を貫いた。
 世界が真っ白になる。
 何本も、何本も、氷の針が僕の肉体を貫いていく。あ、もう無理だわ。死ぬわ完全にこれ。全身氷に射抜かれているにも関わらず意識だけは飛ばない。無駄に高い防御力と体力がここであだになるとは思わなかった。
「師匠! 大丈夫ですか! 師匠!」
 ようやく攻撃ラッシュが終わり、僕が崩れ落ちると同時にキトが寄り添ってきた。目に涙を浮かべ、僕を見つめている。
 さぞかし僕は酷い格好をしていただろう。内蔵や脳が飛び散っているかもしれない。歯が折れ、目も片方やられた。喉に穴が開き、肺ももう機能しない。魔法はもう無理だ。何故自分がそれでも生きているのか不思議でならなかった。
 最強を追求した、これが結末なのか。
 無駄に死を長引かせ、苦しむためだけに僕は強くなったのか。
「死なないで下さい、師匠」
 キト。
 意識が薄れる。世界が白くなる。
 キトの姿も、ぼやけていく。
 でも僕が死ねば、キトは覚醒するはずだ。強くなる。ロースなんぞに負けないくらいに。
 意識が消える。僕は死ぬ。
 瞬間、僕は見た。

 今まで見たことないほどの不気味な笑みでこちらを見つめるキトの姿を。

 ああ、そうか。
 何で気付かなかったんだ。こんな単純なことに。



 目を開くと体が重たい感覚に襲われた。あたりを見回す。血溜まりの中に僕は横たわっていた。天井には大きな穴。先ほど僕が殺された場所だ。
 手を二、三度、ぐっぐっと握る。感触はある。体に穴も空いていない。
 何で生きてるんだ? と疑問を浮かべてから自分に復活の魔法をかけていたのを思い出した。まさかこんな場所で役に立つとは。
 僕は静かに体を起こす。傍には驚いたように僕を見つめるキトの姿。でも今までとは違う。凶悪な魔力がそこで渦巻いている。肌が全身粟立ち、第六感が警告をあげていた。体を起こすと全身が酷く軋み、思わず「イテテテ」と声が出る。
「師匠!」
 どうやって、と言おうとする彼に向かい「魔法だよ」とだけ答えておく。
「はったりだったんだな……」
 再び光の精を呼び出して剣にした。ロースが上の階からこちらを見て驚いたように目を見開く。
「お前……何故生きている」
「この世には蘇りの魔法ってのがあってね。使う限り死なないのさ」
「化物め」
 僕は立ち上がった。首をひねるとゴキリと音が鳴る。氷の塔に漂う独特の冷気が空気をより張り詰めたものにしていた。
「まさか殺されるとはね。四回も世界を救った勇者の名折れだ」
「減らず口を。死ぬまで何度でも殺してやる」
「お前には無理だ」
「何?」
「僕を殺したのはお前じゃない。これから大事な話があるんだ。悪いがお前には退場してもらう」
 僕がそっと念じるとロースの周囲の空気が爆ぜた。轟音が響き、熱を孕んだ黒い煙と共にロースがその場に崩れ落ちるのが確認できる。そこでようやくやれやれと伸びをした。
「すごいや! さっすが師匠! 一発だ!」
「油断さえしなけりゃこんなもんだよ。さて、ミロちゃんを助けなきゃ。上の階に行こう」
「はい!」
 階段を上って再び最上階へと舞い戻る。階段を上りきった場所に下の階まで貫く大きな穴が開いていた。先ほどロースの大剣が叩きつけられた場所だ。見ると床になっている氷は結構な分厚さであり、奴の攻撃がいかに強力であるかを物語っていた。普通の人間なら穴が開く前に真っ二つになるか潰れていただろう。
「死んでるんですか?」
 穴のそばで黒焦げになったロースを見てキトが言う。
「いや、気絶しているだけだ。こいつが死ぬと今いるこの塔が崩壊しかねないからね。でも魔力は弱まっているから街の人たちの呪いは直解けるはずさ」
「殺さなくて良いんですか?」
 殺さなくて、か。そんな言葉お前の口から聞きたくなかったよ。
「僕はすっかり騙された」
「騙される?」
「脳ある鷹はなんとやら。船で使われた魔法や塔の罠から、僕はこいつが幻術を得意とする魔導師系の敵だと思ってしまったんだ。それに戦闘時、大剣を持っていたというのもある。本当はスピードが強みだったんだ」
 僕がどれだけ早かろうが、全く意識外の部分からされる不意打ちに反応するのは難しい。早すぎる動きに焦り、それまで滑らなかった摩擦度の高い氷の床が突如として滑るようになった。ここぞと言うポイントで罠を張る。すっかりやられた。
「でも魔法で師匠を殺すなんてやっぱり強力な魔力を持っていたんですね」
「さて、そこが問題だ」
 僕はキトに向き直る。
「実を言うと僕を殺したのはこいつじゃない。こいつの魔力じゃどうあがいても僕を殺すことは不可能だ。傷一つ負わせられない。だからわざわざ自分の隠しダネである剣を使ったんだ。最大のダメージを与えるために」
「じゃあ師匠を殺したのは誰なんです?」
「お前だよ、キト」
 するとキトはギクリと体を強張らせた。ほんのわずかな変化だったが、僕は見逃さない。
「キト。覚醒した気分はどうだい?」
19, 18

  

「な、なんで僕が師匠を殺すんですか! 有り得ないです。出来るわけないでしょう!」
「勇者として覚醒したら、それも可能だ。お前が本物の勇者ならそれだけの力を得られる」
「仲間が死なないと僕は勇者として目覚めないっておばさんも言ってたじゃないですか。目覚めなければ力もないんだから、師匠を傷つけるなんて出来るわけがないです」
 うろたえているのは演技なのか、素なのか。
「さて、そこが問題なんだよ。キト、就職センターに行った時の事を思い出すんだ。あの時おばさんはこう言ったね」
 ──キト、あんたは時が来たら運命に導かれる事になる。そして望んでも望まなくてもあんたは勇者になるんだよ。
「そしてこうも言った」
 ──例えば大切な仲間が傷ついた時、この子はずっと強くなるよ。
「つまり誰かが死ねば目覚めるなんて彼女は一言も言ってないんだ。そう定義付けたのは僕の勝手な勘違いだよ。僕がロースの剣に叩きつけられた時、あるいはミロちゃんが氷になっている姿を見た時、お前はもう既に覚醒していたんだ」
「でも僕は魔法なんて使えません」
「覚醒したら魔力だって跳ね上がるさ。魔力さえあればあとは感覚で魔法なんざいくらでも使える。僕が今までそうしてきたように」
 そう、ロースの魔法の威力を何倍にも増幅させる事だって簡単に出来ることだ。
「だからって、何で僕が師匠を殺すんですか」
「ふむ……」僕は少しばかり首を捻る。剣をぶら下げ、夜空を見上げた。
「キト、この世界の真実を知ってるか」
「真実……ですか?」
「僕は今まで四回、魔王を倒してきた。どの魔王も凶悪な力を秘めていた。でも、それは違ったんだ」
「違った?」
「僕が倒してきた魔王はどれ一人として本物ではなかったんだ」
 旅の随所で耳にした『魔王は作られた存在である』と言う噂。
「どういう事ですか?」
「話を整理しながら進めよう。魔王の特徴って何だと思う?」
 キトは困惑した顔で口を開く。
「えっと、魔王は魔族を統べる者です。魔物を生み出せ、統轄し、従わせる事が出来ます。魔王が死ぬと魔物も消えます」
「うむ。でもおかしいと思わないか? 何で魔王が死ぬことによって魔物が消えるんだ? 親が死んだとしても、子供は消えたりしないんだよ。物理的に。ここから考えるに、魔族って言うのは種族の名前じゃないんだ。魔族は、魔王とリンクした魔物の群れを指す総称なんだよ」
「全部の魔物が魔王にリンク? よく意味が分からないんですけど」
僕は頭を掻くと「これはちょっとした仮説なんだけど」、と付け加えて続けた。
「例えば大きな動力があって、そこから鼠算式に増えているとすれば。魔王は四天王を、四天王は有望な部下を、部下は小隊のリーダーを、リーダーは小隊を。魔力を与えるのは直属している部下のみ。こうすれば多くの魔物を生み出すことができるし、統制もしやすくなる」
「魔王が生み出したのは強力な四匹だけってことですか?」
「そういう事」
そしてこの魔王と魔物の関係、勇者に置き換えるとどうなるか。
「勇者と精霊。召喚師と召喚獣。それと同じ方式が魔王と魔物の間で行われているんだ。そして、『魔王』と『魔王』の間でも」
 大元である術者が死ねば呼び出された者は消える。すなわちリンクしている。
「勇者の命がなくなれば精霊は消える。魔王が死ねば魔物は消える。それと一緒で、今まで倒してきた魔王も召喚されていたんだよ。『本物の魔王』に」
 魔王が復活するまでの期間はどんどん短くなって来ている。でもそれは不思議じゃない。祖となる者が生きているのだから。先手を打って対策することもできただろう。
「その『本物の魔王』はどこにいるんですか」
「さぁ?」
「さぁって、師匠!」
「怒るなよ。知らないものは仕方ないだろう。今まで世界を幾度となく巡ってきたけど姿すら見た事ない相手なんだ。場所がわかっていたらお前に言う前にすぐ倒しに行くよ」
 何か言おうとしたキトに「でも」と僕は言葉をかぶせた。
「『本物の魔王』と同等の存在ならここにいる」
 まるで整理がつかないと言った様子のキトを指さした。
「僕が、魔王?」
「いや、お前だけじゃない」
 僕は自分自身を指さす。
「僕も魔王だ」




「どうして師匠と僕が魔王なんです?」
「覚醒しても鈍いな。キト、今まで奇妙に思った事はないか? 闇の象徴である魔王、それに対して光の象徴とされる勇者。それが『職業』って事に」
「言われてみれば……」
「勇者って言う職業は本当に謎が多い。僕も色々な職を試してきたけど、勇者ほど特性が見えない職業も珍しいよ。勇者と魔王を光と闇に例えるのはあくまで比喩表現であって、元々人間に属性をつけることは出来ない」
 僕はずっと勇者として旅を続けていた。
 そして、一つだけ答えに行き着く。
「僕が勇者として魔王を倒してきた時、ずっと違和感を覚えていたんだ。さっきも言ったように僕は偽者の魔王を倒してきた。だから本物の魔王は生きている。その脅威を僕はどこかで感じていたのかもしれないな」
 信じられないくらい空気が張り詰めている。緊張した糸が今にも切れそうだ。
「お前が覚醒したことで確信したよ。僕達は『同種』を感知する事が出来る。僕達はなった途端に精神や肉体、第六感にまで影響を与える、そんな強力な職業についているんだ。今まで倒してきた相手が偽者だと気付いたのはそこだ」
「何が言いたいんですか? 師匠」
「ここまできたらもう分かるだろ?」
「というと……」
 言葉のつづきを汲み取るように、僕は頷く。
「つまり、勇者は魔王だ」

 勇者=魔王

「そうすれば全ての説明が上手くつくんだよ。勇者は伝説とまで言われる職業だ。そんな稀有な職、名前だけが一人歩きしていても不思議じゃない。有名だけどその本質は誰も知らないんだよ。憎むべき魔王、それが実は勇者と同じ職業だと言う事も気付かれないほどに」
「だから僕も師匠も魔王だと言ったんですね」
「ああ、そうだ。とどのつまり、いまこの世界にいる『本物の魔王』、つまり『勇者』って言うのは三人しかいない。僕と、キトと、そして今の魔王軍を統括している偽魔王を生み出した『誰か』だ」
 神と呼ばれていた存在はそいつの事を指すのだろう。
「勇者による魔王討伐の構図って言うのは、究極の同種殺しだ」
「そんな……」キトはめまいがしたように頭を振ると、僕に向き直る。「でも、そんな話を僕にしてなんになるって言うんですか」
「分かってないな。そこで最初の話に戻るんだよ」
「最初の話って言うと……」
「もう忘れたか? お前がどうして僕を殺したのかって話だよ」
 僕は光の剣にそっと魔力を込める。剣を変質させる必要があった。火と、水、地、それに風の力を均等に孕ませていく。
「少し想像してみたんだ。自分が急に絶大な力を持った時の事を。不意に全てを凌駕するほどの力を持たされたら人は何をしたいと思うか」
「ど、どうするって言うんですか」
「試したいと思うんだよ。一体どれほどのものなのか実験してみたくてうずうずするんだ。でも普通なら、普通の分別のついた人間なら誰かで試そうとはしない。結果がどうなるか分からないし、危機回避能力と言うものが最低限備わっている。それに与えられた力をすぐ使いこなすのは難しい。ついつい頭で考えちゃうからね。でも、それが感覚的に出来る存在って言うのがあるんだ」
「子供、ですか。僕みたいな」
「うん」
 キトが僕を殺す理由なんて、キトが勇者であるということだけで十分なのだ。
 そもそも勇者が魔王を倒しに行く理由は、自分の生存本能から来るものだろう。脅威に感じるからこそ、相手を排除したいと思うようになる。魔王を倒せるのが勇者だけだと紐付けられるのは、魔王を殺しうる力を持った人間が勇者しか存在し得ないからだ。
 僕らの職業は、勇者にも、魔王にでもなる事が出来る。選択次第だ。
 ではこの職業になった人間がどうしようもない破壊衝動を制御できない精神能力だとしたら。
 アキが船で僕に渡した指輪。あれは僕が身につけるために渡されたのではなく、キトに身につけさせるために渡されたとしたら。
 彼女は一言もあの指輪は僕の物だとは言っていない。
 勇者と言う名目を手に入れた魔王の誕生。同種殺しを厭わない生存本能、及びそれに伴う破壊衝動を抑えられない化物。
 それがキトだ。
 ここでキトを止めなければどの様な災厄が起こるかわからない。
「師匠、僕まさかあんなことになるなんて思わなくて。人があそこまで脆いものだなんて、知りませんでした」
「でもお前の中に、殺意はあった。確実に」
 僕が死んだ時に見せたあの笑顔がその証拠だ。
「僕が死んだとき、よっぽど嬉しかったんだな。いや、安心したのか。もうこれで殺される事がないと思って」
 僕の言葉に、キトは何も返そうとしない。
「キト、いま何を考えてる?」
「師匠。また旅をしましょう。僕と師匠とミロさんで、旅の続きを。僕も強くなったし、これからは師匠の負担もぐっと減るはずです」
「それは出来ない」
「どうしてですか?」
「お前は魔物に故郷を潰された深い憎しみを持っている。そして同時に僕を平然と殺すことの出来る無邪気な残虐さも。力が覚醒してお前の中にある感情も目覚めたんだ。このまま行けばお前は着実に人間も、魔物も滅ぼすただの破壊者になる。今の状態のお前をこのまま野放しには出来ない」
「師匠……」
「それに」
 キトの発言に言葉をかぶせ、僕は目一杯の笑顔を顔に浮かべて、こう断言する。
「僕と魔王の『ごっこ遊び』にお前は入っちゃ駄目だよ、キト」


21, 20

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