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赤ずきんから逃れて

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おばあさんは孫の赤ずきんを、心の底から嫌っていました。

赤ずきん本人は心の優しいいい子でした。争いごとを嫌い、弱いものを労わり、お母さんの手伝いも忘れない絵に描いたようないい子です。そして、いい子である故に病気になってしまったおばあさんを見舞いに森の中のおばあさんの家に向かっていたのです。
それにも関わらず、おばあさんは赤ずきんのことを憎んでいます。ひょっとしたら、端から見ればおばあさんと赤ずきんは、仲のいい祖母と孫にしか見えないかもしれません。赤ずきんと同様に、おばあさんも優しいおばあさんに見えるのかもしれません。しかし
彼女の心の奥底では、理不尽なまでの憎悪が常にマグマのように燃え滾っていました。

赤ずきんの何がそんなに憎かったのでしょうか。
彼女が道草をするから?少しばかり物覚えが悪いから?溺愛した息子を奪っていった女の娘だから?
理由はたくさんあります。しかし、そのどれもが当てはまるとも言えますし、どれも違うとも言えます。とにかくおばあさんは赤ずきんが憎かったのです。赤ずきんの無邪気な顔を見るたびに彼女は思うのです。「ああ、この腐ったトマトのような小娘の頭を脳みそが弾けるくらいに潰してやりたい」と。

しかしおばあさんは赤ずきんを殺してやりたいぐらい憎んでいても、殺すどころか、いびることすらできませんでした。世の中には二通りの人がいます。悪意を表に出せる人と、それができない人。世の中の大方の人間は程度の違いこそあれども前者なのですが、おばあさんは後者でした。幸か不幸か。

今日もおばあさんのもとに赤ずきんがやってきます。おばあさんはひどく陰鬱な気持ちで、赤ずきんを待っていました。殺してやりたいほど憎む相手が笑顔でやって来るのに、笑顔でやり過ごさなければならない。そう思うとおばあさんの胸の鼓動は、ブレーキの壊れたドイツ車のように速く、高まっていくのです。制御しきれない憎しみは、おばあさんを内からボロボロにしていくように駆け抜けていくのです。

その時、コンコンとドアを叩く音がしました。
「おばあさん、こんにちわ。あけてください。」
赤ずきんが来てしまった―――おばあさんは一瞬そう思ったのですが、ドアの向こうから聞こえたのは孫娘のカンに障る声ではありません。
「おばあさん、私です。赤ずきんです。」
森には腹をすかせた狼が、人を騙してその肉を喰らおうとウロウロしている。そんな話をおばあさんは思い出しました。狼は声を上ずらせ、必死に女の子のフリをしましたがおばあさんにはそれが孫娘の声ではないとすぐに気づかれてしまいました。しかし―――

おばあさんは扉を開け、狼を迎えたのです。口を開き、涎を垂らした狼の牙が刹那におばあさんの喉元に突き刺さりました。おばあさんは抵抗しませんでした。
「あなたのお腹の中でなら、私はあの子に会わずにすむのかしらね。」それがおばあさんの最後の言葉になりました。

しかし二人はドロドロとした死の胃袋で再び出会うことになるのです。
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