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父の光

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人間は光り輝く。これは比喩的表現だとか、格言だとかいう類のもない。食う、寝る、排泄する、死ぬ。これらと並列する生理現象として、人間は光り輝くのだ。そして強い光ものには弱い光しか放てない人間は本能的に逆らえない。そのように人間は、僕たちはできている。

僕の父親は太陽のような人だった。太陽のような、眩しい光を放つ人だった。一般的に輝きが強い人は何かしらの才能がある人で、父もその例に漏れなかった。父は優秀な獣狩りだった。獣を狩り、その毛皮や肉を売って生きていた。光の強い人間は光の弱い人間を従わせることができる。しかし獣は人ではない。いくら光が強くても、獣はお構いなしに襲いかかってくる

「獣のなかにも、輝きが強い奴がいる」
父はよく言っていた。
「そいつを倒せば他の連中もワケなく狩れる」

父のもとには多くの人が訪れていた。誰よりも眩しい光を放つ父は一目置かれる存在だった。父の光の前では、誰一人逆らえない。そんな父の光を利用したがったのだ。選挙があれば多くの候補者が父の支援を求め、様々な争いがこじれれば調停役として必ずとして父は頼られた。しかし父はこうした面倒事には興味がなかった。父の獣を狩ることしか興味がなかった。ある時を境に父に群がる面々は凪のようにぱったりといなくなってしまった。父が役人たちに働きかけ、こうした面々が父に近寄らないよう条例を作らせたのだ。煩わしさから開放された父は、狩りに益々没頭するようになった。

父がイエスと言えば何でもイエスとなるし、父がノーと言えば何もかもがノーになる。シロをクロにすることもできる。誰も父に逆らうことができない。

父は一度だけ、僕を狩りに連れて行ってくれたことがある。父が出かけるのは夜で、夜行性の獣を相手にしていた。

「怖くないか」
父は言った。
「怖くない」
僕は本当に怖くなかった。父が放つ光が、闇を照らしていた。獣の姿もはっきり見えた。獣は大きさは大型のバイクくらいはありそうで、爪は鋭く尖っていた。しかしどんな凶暴そうな獣でも、父の光で照らされると怖くなかった。父が頼もしかった。
しかし父にはそれは分からない。人は、自分自身の放つ光は見えないのだ。父が暗闇の中で獣を狩り続けていた。僕はそのことに気付かなかった。それに気づいたのは、その数カ月後に父が獣に襲われ命を落としたときだった。

ハゲタカが肉を啄みつくし、文字通り父は骨だけの状態だった。役立たずの猟銃も転がっていた。
誰もが逆らえない、誰よりも眩しい光を放つ父。父は闇の中にいた。父の光では照らせない闇に飲まれて命を落とした。闇は父から光を剥ぎ取り、ついでに肉や臓物もどこかへ持ち去っていったのだ。

父ほどの光を放つ人なら、獣狩りなんてしなくたって生きていけるはずだった。
父から光を受け継いだ僕は、生前の父に群がろうとしていた連中を従え、選挙に立候補した。父ほどの光は放てないが、僕の光も誰よりも眩しかった。開票はまだだが、当選は確実だろう。
僕は自分が輝ける場所で生きていく。父のように、光の届かない闇の中で骨にはなりたくはない。
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