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曰くヤンキー

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僕は現在、ボロアパートの四畳半の一室を住処としている。
アパートの管理人、曰くどうやら隣の部屋に誰かが引っ越してきたらしい。僕の部屋は203号室なのだが、204号室には確か、美人婦警の山城さんが住んでいたはずだ。したがって引っ越してきた何処かの誰かは202号室にいることになる。
しかし、どうにも様子がおかしいのだ。何やら、キャーキャーという耳触りな声とも形容し難い、鳴き声のようなものが聞こえてくる。時折ドンドンという音が聞こえたりもする。もしかすると子連れで子供が暴れているのかもしれない。そう思っていたがどうやら違うらしく、当の本人はドアをガチャリと開けて外に出たらしい。僕はというと、つい先ほどまで騒音に見舞われて集中できなかった学生の本分、学業に戻ろうとしていた。
しかし、チャイムの能天気な音が鳴ったことによって僕は学業を余儀無く中断させられた。今になって思う。この時、何故僕はもっと集中していなかったのだ、と。
一度では飽き足らず、何度もチャイムを押す隣人に対して僕は苛立ち混じりに力強くドアを開けた。
その先にいたのは、明らかに人間ではなかった。
決して僕が混乱しているわけでもないし、気が狂ったわけでもない。しかしこのようなことがあり得るのだろうか。どうにもこうにも、これはおかしすぎる。何ということだろう、隣人は作業服を着た猿だったのだ。保健所に通報した方がいいのだろうか。私は悩みに悩んだ。彼の胸元に名札がぶら下がっており、それには『ヤンキー』と書かれていた。どうやら彼の名前はヤンキーと言うらしい。昭和なのか平成なのか聞きたいところであったが、奥様が魔女なことよりも衝撃的な展開に唖然とする僕に対して隣人は一冊のスケッチブックに僕にはとても書けない達筆な字で『ギブミーご飯』と書かれていたそれを僕の眼前に突きつけてきた。
何を食べますか? と聞いた僕に対してヤンキーはスケッチブックをめくり、作業服のポケットから取り出した鉛筆でこれも綺麗な字でバナナと書かれていた。どうやら彼には人語が伝わるらしい。実際に人語を理解しているのならいっそ動物と会話する翻訳の役割でもすればどうだろうと思ったが、僕は動物を物のようにするのは如何せんどうかと思うので、それを言うのはぐっと堪えた。
ここまで綺麗な字を書けるのなら動物園に行けばいいぞ、と言った僕に対してヤンキーはまたスケッチブックに文字を書いて突きつけてきた。そこまで近くなくても大丈夫だぞ、と言うとスケッチブックを自らの胸元で抱えるようにして持った。その内容は驚くべきもので『くだらぬ、愚かな人間が為に誰が働くものか』とのことだった。
ヤンキーのその一言(正確には一文だが)に大自然の怒りを感じた僕は恐れを成してどたばたと冷蔵庫まで走り、中から一本のアイスを取り出してまたどたばたと戻ってきてアイスを彼に差し出した。
彼はどうやら何が何だかわからないようなので僕が、失礼ながらバナナは無いのでこちらをお納めください、と言うと彼はスケッチブックに『そうか』と書いてこちらに見せたあと、ニッコリと、ぎこちない笑顔で包装された袋ごとアイスを食べた。
終わった、僕はそう思って彼が噛んだアイスの包装をじっと見つけた。
するとヤンキーはスケッチブックに『なんだこれ? ゴミ袋?』と今度は乱雑に書いた。
ゴミ袋の味がどういったものかわからない私は必死の弁解をした。
違います、それはプラスチックです! と
阿呆かと馬鹿かと。プラスチックもゴミ袋も変わらないだろうに、と思ったが彼は何事もなく包装にかじりついた。わけがわからない僕にヤンキーはまたスケッチブックに『これ、うまいな!』と乱雑に書いた。
違うのです、美味しいのは中身なのです。正式には中身のアイスのバリバリ君なのです。と叫びたかったが、そうですかと引き攣った笑みを浮かべながら返答をするしかできなかった僕は『ありがとな』と書いて喜々とした表情でスケッチブックをこちらに見せるヤンキーに、申し訳ない気持ちになった。
このあと、ヤンキーにアイスの正式名称を言わなかったことでボコボコにされるのだが、これは別のお話。
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