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第13話 妹はお嬢様 (4/23)

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 アンリエッタによく似た乙女が、一歩こちらに踏み出す。
「初めましてマスター高橋、そしてアンリエッタお姉様。わたくしはイザム様の乙女、アイリスと申します」
 鈴の鳴るような声で言葉を紡ぎながら、乙女は腰に差した剣の柄に手をかける。
「本当にやるしかないのか?」
 高橋はアンリエッタをかばうように手を広げながら、アイリスの隣に立つイザムに問いかけた。
「素手で戦えとは言わないわ、これを使いなさい」
 そう言うとイザムは壁にかけてあった剣をアンリエッタに投げてよこした。
「これは……」
「アタシが打った自慢の剣の一つよ」
 それは柄に美しい模様が彫り込まれた細身の剣だった。
 アンリエッタは剣をしっかりと握る。羽のように軽く、それでいて長年愛用してきた物であるかのように手になじむ。
 剣を手にした彼女には、それが逸品であること、そしてイザムが一流の刀鍛冶であることが理解できた。
「マスター高橋、エロスの戦乙女は戦うことでしか分かり合えない存在よ。アナタも覚悟を決めるべきじゃないかしら」
 椅子に腰かけたイザムが高橋をにらみつける。強い決意の光が宿った赤い瞳に、高橋は何も言い返せなかった。それはイエスマンの悲しい性だった。
「マスター高橋、いえ、よしのぶお兄様。わたくしにすら勝てない乙女に聖具を手にする資格はございません」
 アイリスは剣を抜き放つと、切っ先をゆらゆらとアンリエッタに向ける。
「私ならとうに覚悟はできています」
 アンリエッタも剣を構え、アイリスに応じてみせる。
 高橋は小さくため息をついた。初めから選択肢などなかったのだ。
「いくぞ、アンリエッタ!」
「はい!」
 高橋の言葉を待っていたかのように、アンリエッタが飛び出す。
 アンリエッタが上から繰り出した一撃を、アイリスは剣を横に構えて受け止める。
 均衡を破ったのはアイリスである。アンリエッタの剣を撥ね退け、後ろに跳び間合いをはかる。
 アンリエッタは踏み込み、剣を突き出す。アイリスは軽く体をひねり、これをかわす。
 アイリスの動きは、まるでアンリエッタの剣筋が見えているかのようだった。幾度も剣を振るうアンリエッタに対して、アイリスは最小の動きでそれをかわしているのだ。
「つ、強い……お嬢様と妹、二つのキャラを同時に持つだけのことはある……!」
 高橋は歯噛みしながら乙女の戦いを見ていた。
「感心している場合かしら、マスター高橋」
 その声にハッとして高橋が振り返ると、イザムは満足げに自分の同人誌を眺めていた。
「アタシのジャンルはお嬢様百合エロよ」
「アイリスを見てお嬢様は想像していたが、百合と来たか」
 高橋も強いあこがれを持つお嬢様百合エロ。清楚を維持したままエロく見せるテクニックは、まさしく職人技と言えるだろう。
 じっくりとめくられる同人誌。イザムからほとばしるピュアエロスが、アイリスに注がれる。
 防戦に徹していたアイリスが攻勢に転じる。勢いをつけた突きがアンリエッタを襲う。
 飛び退くアンリエッタに、畳みかけるように連続して剣が突き出される。
 アンリエッタがバランスを崩すのを見計らい、アイリスは斜め上から剣を振り下ろす。
 間一髪、それを剣で受けるアンリエッタ。先ほどまで使い慣れた剣のように手になじんだイザムの剣が、今はただ重い鋼の塊になっているようだった。
「わたくし不器用ですので力を加減することができませんの。本気で来てくださらなければここで命を落とすことになりますわよ」
 お兄様、とアイリスは付け加えた。
「マスター、ピュアエロスを!」
 アイリスの圧倒的な力と技術に押されて、アンリエッタが悲鳴にも似た声を上げる。それは普段冷静な彼女が追い詰められている何よりの証拠だった。
「わかっている、しかし……」
 そう、高橋は自分のエロ同人誌はおろかエロ漫画雑誌も持参していなかったのである。
 まさかイザムがピュアエロスの乙女のマスターで、戦うことになろうとは思ってもいなかった。それに外出の度に同人誌やエロ漫画を持ち歩く方が社会人としてどうかしているだろう。
 革の鞄をひっくり返すが、官能小説の一冊も出てこない。落としたスマホとロディアを拾い上げ、高橋は黙り込む。
 そうしている間にも、アンリエッタはアイリスの剣技に翻弄され壁際へと追い込まれていく。
「ここが腕の見せ所よ、マスター高橋。これくらいの逆境、乗り越えてみせなさい」
 優雅に同人誌を読みながらイザムが言う。
「腕の見せ所、か……イザムさん、貸してほしいものがある」
 真剣なまなざしでイザムを見つめる高橋。
「アタシの本なら貸さないわよ」
 がっかりしたと言わんばかりの表情でイザムが答える。
 しかし、高橋が望んでいたのは同人誌やエロ漫画雑誌ではなかった。
「俺が貸してほしいのはそんなものじゃない。見たことのないピュアエロス、見せてあげますよ」
 ぞっとするほどの不敵な笑みを浮かべ、高橋が言った。
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