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第14話 聖剣シャズナ (4/30)

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 高らかに宣言した高橋の様子は、先ほどまでとは明らかに違った。
「イザムさん、紙と鉛筆を貸してくれ」
 高橋が考えていること――米欄ではすでに気付かれた方もいるようだが――それは、同人作家の原点であった。
「まさかアナタはここで……!?」
 紙と鉛筆を渡すイザムの手は、小刻みに震えていた。
「なければ描く、それだけのことだ」
 高橋は先ほど拾ったロディアをめくる。そこには通勤途中に思いついた漫画のネタがぎっしりと書き込まれていた。
 高橋は決して裕福とはいえない家庭で育った。父はヒラの公務員、母はパートをしながら三人兄弟を育て上げた。もちろん小遣いをもらったことなど一度もない。
 単行本など買えるはずもなく、高橋は月に一度買ってもらっていたコロコロコミックをボロボロになるまで読み、模写をして、最後は塗り絵にして楽しんだものだった。
 やがて少年は、なければ自ら描けばいいのだと漫画を描き始める。
 コピー用紙に鉛筆で描き、ホッチキスで止めた漫画。それこそ高橋の原点だったのだ。
 高橋はロディアの紙片に目を落とす。
 ここでは詳しく書けないようなエロいネタが、ハイテックの細い文字で記されている。
 高橋の握る鉛筆がすらすらと動き出す。女子校に通う美少女がなぜか薬を盛られ、なぜかちんこが生えてくるという漫画でしかありえない……いや、エロ漫画では王道ともいえるシチュエーション。
 さらに粗削りで決して上手いとはいえない、しかし個性的で情熱的なタッチの絵がスパイスとなり絶妙なエロさを醸し出す。
 高橋の漫画は、高橋が描くからこそピュアでエロいのだ。
「くっ!」
 ガキン、と金属の鈍い音がする。
 壁際に追い詰められたアンリエッタが、アイリスの一撃により剣を弾き飛ばされていた。
「さようなら、お姉様」
 アイリスは短く言うと、剣を振り上げた。
 しかし。圧倒的なエロスを感じて、彼女は思わず振り返る。
 そこにはガリガリとエロ漫画を描き続ける高橋の姿があった。
「待たせたな」
 ふと顔をあげた高橋が、にやりと笑う。アンリエッタと視線が合う。絶体絶命のはずの彼女もまた笑みを浮かべていた。
「この圧倒的なピュアエロスは……!」
 高橋とアンリエッタ、そして描きたてほやほやの漫画を見てイザムは愕然とした。
「少しだけ思い出してくれ、ピュアなあの気持ち」
 そんなイザムを横目で見ながら、高橋は呟いた。
 人からどう思われようが関係ない、自分だけのために描いたピュアなエロ漫画。この世で最も尊く、純粋なエロス。
「メルティ・ラブ!」
 今日のアンリエッタの決め台詞は、一段と気合が入っていた。
 鳩尾を抉る拳、アイリスの体は背中から床に叩きつけられていた。
 一瞬のことに何が起きたのかわからず、アイリスはただ目をしばたかせていた。
 丸腰のアンリエッタが拳ひとつで勝負を決めてこようとするなどとは、思いもしなかったのだ。
 そして高橋のしぼりたて生ピュアエロスを乗せて放たれたアンリエッタの一撃は、斬撃を凌駕するほど重かった。
 やがて全身を包み込む淡い光を見て、彼女は自分の敗北を悟った。
「お見事でしたわ、お姉様、お兄様。お二人ならばこの世界も救えましょう」
 一層強くなる光の中で、アイリスが微笑む。それはとても穏やかな表情だった。
「えっ!? なぜ君まで消える必要があるんだ!?」
 高橋が駆け寄るが、遅かった。光が収まるころには、アイリスの体も消えてしまっていた。
「ええー!!」
「やらなければやられていたわよ」
 声を上げる高橋とは対照的に、イザムは静かに目を閉じた。
 アンリエッタもまた、うずくまったままじっと床を見つめていた。

 未だ呆然と立ち尽くす高橋の肩に、イザムが手を置く。
「マスター高橋……アナタがアイリスを打ち負かすこともできないような男なら、アタシは手を貸すつもりはなかったわ。
 理解しがたいとは思うけど、アイリスは死んだわけではないのよ。彼女はアタシたち人間とは違う存在なのだから」
「しかし、彼女もまたピュアエロスの乙女。こういう時普通の漫画なら、共に戦う仲間になっていたはずです。消えてしまうなんて、あんまりじゃないですか。
 この話を書いているやつがいるとしたら、絶対頭がおかしいですよ」
 高橋はドスンと椅子に腰を落とすと、頭を掻きむしった。頭では理解していても、納得ができなかったのだ。
「アナタの力の源は、そのピュアな優しさなのかもしれないわね」
 イザムは高橋からアンリエッタへと視線を移す。
「アナタに渡すものがあるわ」
 そう言ってイザムが工房の奥から持ってきたのは、一本の剣だった。
 月のように輝く銀色の刃、控えめだが繊細で美しい彫刻の施された柄、そこに埋め込まれた碧い宝石はアンリエッタの瞳を思わせた。
「イザム様、これは」
 アンリエッタは震える手でその剣を受け取る。存在感のある重みが、両手から伝わる。彼女のためだけに作られたかのように、その剣はしっとりと手になじんだ。
 高橋も思わず立ち上がり、吸い込まれるようにアンリエッタの手元にある剣を見つめている。
「これはピュアエロスが込められた聖具。アタシが打った最高の剣、聖剣シャズナよ」
 イザムの言葉に、アンリエッタと高橋は驚愕した。
 神聖なるピュアエロスの乙女にのみ扱えるという聖具。それが今、アンリエッタの手の中にあるのだ。
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