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二 頂点を獲る者

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「ちょっと、聞いているの凜太郎!」
 耳元で怒鳴られて、凜太郎は飛び起きる。いつの間にか深い眠りに落ちてしまっていたらしく、瞼を擦りながら凜太郎は小さくあくびをした。
 凜太郎を叩き起こしたのは、横の椅子に座っている女子生徒。
 それを見て凜太郎は、ようやく自分が置かれている状況を思い出した。
 二人がいるのは、夕陽が差し込む教室。そこには学習机ではなく会議用の長机が並べられていて、そのうちの一つに二人は並んで座っていた。
 目の前には、山積みになった書類。
 これを捌いていくのが、生徒会庶務である二人の仕事。
「生徒会の仕事を放置して眠りこけるのが、一体どういう所業か分かってるわね? 決して許される行為ではないわ」
 金色がかった茶髪を揺らしながら、女子生徒――宝条奈綱は凜太郎を睨む。
 どうやらかなり怒っている様子だが、凜太郎は特に慌てた素振りは見せない。
「あー、そうだな。昨日葬儀で疲れたから許してくれ、宝条」
「誰が言い訳しろと言ったのよ、GS」
「何だよGSって。なんかのコードネームか?」
「|光り輝くウンコ《ゴールデンシット》」
「センスねーなその蔑称俺の見た目と何一つ被ってないしセンスねーな」
「いいからとっとと手を動かすことね」
 はいはい、と呆れながら凜太郎は書類に手を伸ばす。なんだそのいけ好かない態度はぶっ殺すぞー、と奈綱は言うが、凜太郎はこれを全て無視する。
 まだ眠気が残っていたが、段々と何をしていたのか思い出した。
 放課後、凜太郎と奈綱は居残って生徒会の仕事を片付けていたのだ。
 期限は今週の金曜日までだったが、奈綱が「今日中に終わらせる」と意気込んでしまった所為で、凜太郎までその巻き添えを喰らってしまっていた。それをはっきりと思い出した凜太郎は、湧き上がる苛立ちを抑えられず、文句を垂れる。
「ていうか、何で俺まで一緒に仕事しなきゃいけねーんだよ。一日で終わらせたければお前一人でやってろよ」
「ふふふ、そうは問屋が許さないのよ」
 卸さないだろ、と凜太郎は声に出さずに突っ込む。
「分かってるでしょ? いずれ私はこの生徒会の覇権を握る存在。その為の第一の下僕として冴えないアンタを選んであげたんだから、むしろ一緒に仕事ができることに感謝してほしいわね」
「デカい事言ってるようで中々に規模が小さいな」
「とにかく! 私がやると言ったことは凜太郎も全部やるのよ!」
「はあ」
 生返事をして、凜太郎は書類の整理を進める。
 この奈綱という女子生徒はどういうわけか、「何事も頂点を目指さなければ嘘だ」というのを信条にしていて、事あるごとにナンバーワンの称号を得ようと必死だった。凜太郎はこの天之宮高校に入ってから、つまりはまだ一ヶ月程度しか奈綱と関わりがなかったが、ある事をきっかけに目をつけられてからは下僕のような扱いを受ける日々が続いている。
 そのきっかけというのが、入学試験の点数。
 奈綱は全ての頂点に立つという目標に違わず、優秀な成績を収めた。ほぼ全ての教科で満点を取ってトップに立っていたのだが、唯一国語だけは九七点と一問だけ間違えてしまっていた。
 そして、凜太郎はよりによって満点を取ってしまったのだ。
 国語は特別得意と言うわけではなかったが、小説や評論を読んだ感想を書くだけの簡単なテストだと思っていたので、入学生の中でも一番の成績を収めてしまった。
 それが奈綱の逆鱗に触れた。
「私より優秀だなんてことは絶対に許されないのよ」
 みたいなことを初対面で言われたのを、凜太郎はまだ覚えている。
 それ以来度々突っかかってくる奈綱ををあしらっている内に委員会決めが始まり、凜太郎は奈綱に強制的に生徒会へ入れられてしまった。
 当初はさっさと辞めてしまおうかと考えていたが、今更別の委員会に所属するのも面倒だったので、仕方なく生徒会に居座ることに決めた。それに、辞めたら辞めたでまた奈綱がうるさくなると思うと億劫だった。
 まあ、今でも十分うるさいのだが。
「にしてもこの書類の量は尋常じゃねえな」
 文字通り山積みになっているそれを見て、凜太郎は溜め息を吐く。
「ふっ……これくらいある方がやりがいがあるってもんよ」
「ってか、頂点を目指すって割には、庶務の仕事もちゃんとやるのか」
「やれやれ、考えが甘いわね凜太郎。仕方ない、卑しい下僕のアンタにこの高貴で崇高な私の計画を特別に聞かせてあげるわ。その名も『ザ・虎視眈々と王座を狙う計画』」
「お前やっぱり色々とセンスねーよ」
 センスの面ではどう足掻いても逆頂点しか取れなさそうだ。
「まずは下から取り入るのが大事なのよ。媚び諂いながら、段々と侵蝕を進めていく。生徒会の中に徐々に『私』という存在を浸透させていって、ゆくゆくは私が居なければ生徒会を運営できないという状態にさせる。ここまで来たら後は消化試合ね。残るは自ずと空席になった王座にどっかり座るだけよ」
 奈綱は身振りを交えながら語る。凜太郎は目もくれない。
 回りくどいことしなくても、三年生になれば自動的に生徒会長になって覇権を握ることが出来るんじゃないかと凜太郎は考えたが、奈綱的にはエスカレーター式に頂点を獲るのは気に食わないということだった。
 自らの手で、もぎ取ってこその頂点だ。
 そんな格闘家のような事を、奈綱は四六時中、下僕である凜太郎に言っていた。
「私はこの手で、天之宮の頂点を掴みとってみせる! そのためには下僕の調教も自ら行うのよ。ああ、なんて心優しい主人なのかしら」
「あっこれって調教だったの?」
 ただ一緒に仕事してるだけじゃねえか、と凜太郎は付け加えたが、奈綱は「ふふふ」と不敵に笑うだけで何も言わない。
 これ以上話すのが面倒臭くなって、凜太郎は再び書類との睨めっこに戻る。
 時計の針はもうすぐ、六時を指そうとしていた。
「笑ってないで急ぐぞ宝条。寮食までもう時間がねえ」
「は……りょ、寮食なんかに私がつられるとでも思ってるの? 馬鹿げてるわ」
「つられてるつられてる。作業スピード段違いに速くなってる」
「か、勘違いしないでよ! 別に今晩の寮食の牛すじ煮込みカレーが楽しみだとかそういうわけじゃないんだから!」
「しっかりメニュー憶えてるじゃねえか」
 頂点目指してるくせに、こういう所はなんか子どもなんだよなあ。
 反論しながらも手際よく作業を進めていく奈綱を見て、凜太郎は笑う。
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