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UNDER MY SKIN

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「カレシくんとは、もうキスした?」
 俯く彼女の耳元でそう囁くと、一瞬のうちに目の前にある耳は赤に染まった。濃紺のカーディガンの上からでもその大きさを主張してくる胸元の曲線を指先でそっと撫でると、彼女の息はどんどん荒くなる。柔らかな感触が指頭から脳へ。さらさらとしたニットの肌触りも合間って、私の指は止まることなく、何度も何度も衣服の上にいびつな円を描いた。
「まだ、です」
 消え入りそうな声。だけど私の耳にははっきりと届いた。
「ふーん。付き合ってどれくらいだっけ? その初めてのカレシと」
 胸から首へ。
 少し涙を溜めて、ぎゅっと目をつむるその姿に嗜虐心を覚えそうになる。
 態とらしく感じるほどの呼吸音。
 彼女は首が弱い。きっと恋人はまだ知らない。私だけが知ってる彼女の女になるスイッチ。
「えっと、二ヶ月……」
「私とはもうしちゃったのにね」
 唇に指をあてがう。つるつるしていて柔らかなそれ。右から左へ、口角に辿り着くと反対へと指を滑らせる。次第に彼女の口は緊張を解かれ、ゆっくりと開く。その隙間に私の親指をあてると、何の抵抗もなくするりと侵入することができた。
 ざらざらとした感触。それをじっくり味わうように、指は口内を忙しなく移動する。
 唾液が私の指先を湿らす。
 指を少し引くと、追うように舌が奥から出てきた。私の味を覚えさせるように、舌の上を親指が踊る。
 彼女の瞳がそっと息を吹きかけた水面のように揺れた。頬は紅潮し、とろんとした顔でこちらを見つめる。
 あぁ、私だけが知る彼女のこんな表情。
 他の誰かが知る由もない彼女の姿。
「あの、今日は」
「ちゃんと覚えてるよ。焦らないの」
 なんだかほっとした表情をして、彼女はゆっくりとカーディガンを脱いだ。



 窓から室内に鮮やかな緋色が差す時間。私はひとり、文芸部の部室で暇を持て余していた。中央に置かれた長机の上には文庫本が数冊積まれていたけど、それに手をつける気分でもなかった。
 私は本を読むことが特別好きではないし、書くこともそれと同じく。なら何故文芸部に入ったのか、という話になるのだけれど、理由は綱引きのルールより単純明快。この学校では生徒はなにかしらの部活動に所属しないといけないルールになっており、運動が好きでも得意でもない上に、特別秀でた能力を持っていない私は、必然的に文化部を選択することになる。とりあえず所属できるならどこでもよかったので、一番最初に目に入った文芸部に入部届けを出した。
 部員数が少なく、変な押し付けがましさもない。仕事じゃないんだから、合わなければ辞めればいいと考えていたにもかかわらず、比較的緩い活動内容で、気がつけば私も最上級生になって副部長という大層な肩書きまでついてしまった。
 相変わらず読書に熱を上げることはないけど、以前の私と比べて、ずいぶん本を読むようになったんじゃないかと、そうおもう。
 気を抜くと寝てしまいそうだ。退屈は人を殺す。クラスメイトが休み時間になると一斉に始めるソシャゲは、ゲーム性のなさから一生見向きもしないだろう。確かに携帯を持っていないと不安にはなるけど、四六時中触っているのは理解できなかった。
 バイブ音。足元から。
 筆記用具と必要最低限の教科書、ノートしか入っていないカバンから携帯を取り出すと、ショップからの興味ないメルマガが届いていた。中身も確認しないままそれを削除。そして未読がもう一通、「部活に遅れます」とだけ書かれた短いメール。三〇分前に受信していた。
 了解。と今更返事を書く。
 送信すると、出入口の扉の向こうから振動音が届いた。もしや、ともう一度同じ文面でメールを送ると、やはり部室の外から音が聞こえた。
 扉を開けると、そこには携帯片手に座り込むかわいい後輩の姿があった。
「そんなところに座って、どうしたの?」
 そう声をかけると、彼女の目には涙の跡が残っていた。その光景に困惑するも、そのまま放っておくわけにはいかないので、手を差し出して立ち上がらせる。
「ほら」
 椅子に座らせてポケットティッシュを渡すも、彼女は無言のまま。
 対面の席に腰を下ろして、一体どうしたのか、と聞いた。
「怒ってるのかと、おもって」
 室内が静かでよかった。少し震えた口調で彼女はそう答えたけど、納得できる返答ではなかった。
「怒ってるって、誰が?」
「先輩が……」
「怒られるようなことしたの?」
「メール……」
 そこでようやく気づく。我慢できずに笑いが漏れた。
「あぁ、メール。気がつかなかっただけ。別に怒ってもないし、嫌いになってもいないよ」
 そう言った瞬間、体中の空気を全部抜くかのような大きいため息。そして彼女は目の前の机の上にうつ伏せた。
「よかった……返信なかったから、嫌われたとおもって」
「もう泣かないの。ほら、顔上げて。鼻もずるずるだし、ひどい顔」
「だってぇ」
 最後まで口を動かす前に唇を塞いだ。彼女の唇は、少しだけ涙の味がして、いつもよりも味わい深く感じた。
「そういうの、卑怯です」
「でも好きでしょ?」
 私の問いに少し考えるように間をあけて、一度ゆっくりと頷いた。頭を撫でると彼女の頬はあっという間に赤くなって、えへへとはにかむ。
「素直な子は好きよ」
 今度は不意打ちじゃないキスをする。深い、深いキス。



「部長さんは?」
「デートだって。今日は私たちだけ」
 彼女のシャツのボタンを下から順に外していく。隙間から水色のブラがちらりと覗く。肌色の部分を人差し指で押すと、その弾力に我を忘れそうになるも、なんとか意識を引っ張られずに持ちこたえた。
 初めて彼女とキスをしたのはこの部室だった。
 キッカケはなんだったか忘れたけど、私から先にしたことだけは覚えている。
 彼女は驚いていた。
 それもそうだ。同性の先輩からいきなりキスをされたのだから。でも彼女は拒まなかった。いや、拒めなかったのかもしれない。唇を離すと、彼女は照れながらファーストキスだと言った。
 それから私たちは部室で二人きりになるたびに唇を重ねた。
 文芸部と大層な名前がついているけど、現在部活動と認められる定員の三人しか所属していない。私と彼女と、もう一人。もう一人の部員である部長ももちろんこの部室に顔を出すし、本を読んだり、コンクール用に作品を書いたりするけど、私たちに比べてこの部屋にいる時間は多くなかった。顧問の先生も気まぐれで様子を見にくるくらいで、密会をするのにはこれ以上ない場所だった。
 全体の三分の二ほどボタン外して、そこから彼女の地肌に手を伸ばす。すべすべとした感触。女性らしい丸みを帯びた体。顔は真っ赤で熱を帯びているのに、体はひんやりとして気持ちがいい。
 お腹を撫でると彼女は少し体を震わせた。くすぐったいって、そう感じるように触っているんだから当たり前じゃない。
「……気持ちいい方がいい?」
 そう言ったけど、彼女の返事を聞く前にブラを上にスライドさせた。まだ誰にも踏まれていない初雪を思わせる色をした二つのお椀が軽く揺れながら姿を見せた。その先端には大きすぎず、かといって小さすぎないピンク色の新芽があった。
 覆うようにそれを掴むと、私の肌に吸いつくように形状を変えた。強くすればするほど胸は自由に変化していって、まるで別の生き物のようにおもえて仕方なかった。自分についているものと比べてしまい、惨めな気持ちが余計力を入れさせた。
 掌中に硬い違和感。そこを中心にぐるんと手を動かすと、彼女の真一文字に結んだ口から声が漏れた。
「我慢しなくていーのに」
「んっ、だって」
 すっかり硬くなった乳首を指先で弄ぶ。それに呼応するようにこぼれる甘い吐息。
「その表情、すごいエロい」
 いじめればいじめるほど、ぎゅっと噛んでいた彼女の唇は少しずつゆるんでいった。そこからせき止めるものがなくなった唾液が胸元に落下する。それを指ですくいあげ、肌色とピンク色の境目の上をゆっくりとなぞる。切なそうにぷっくりとした乳首。愛おしさを感じるその存在を口に含むと、彼女の下半身が勢いよく浮いた。
 イっちゃった、と彼女は弱々しい声でそうつぶやき、ますます顔をりんごよりも赤くする。
 もっとしたい。
 もっといじめたい。
 もっとよがらせたい。
 私の中にある感情の風船は今に爆破しそうなほど膨らんで、様々な彼女の姿が頭の中を支配する。
「はい」
 湿った指先を目の前に出すと、彼女はなにも言わずに咥え込んだ。当たり前だけど、私に棒はない。だから指がその代わりになる。
 いつも真面目そうな雰囲気をまとっている彼女が、今目の前で下品な音をたてて、まるで嬉しそうにキャンディを舐める子供のように、一生懸命擬似フェラをしている。その情けなくて、おかしくて、キュートな顔を知っているのは私だけ。恋人も知らない彼女の姿。
 生暖かい口内から指を引き抜くと、まだしたりなかったのかもう一度口に入れた。敏感になったところにまとわりつく舌。おもわず遊んでいる手を自分の下腹部に持っていきそうになった。下半身の閉じ込められた不満感に、触らなくても濡れているということがわかる。
「もう、がっつきすぎ」
 ようやく解放された指はすっかりふやけきっていて、その犯人は満足げに舌なめずりした。彼女の唾液でコーティングされたからなのか、脳が溶けるような甘くて淫靡なかおりがしていた。においにやられてなのか、今度は私の口に指を入れる。
 ぴちゃぴちゃと態とらしく音をたてて、指に塗りつけられた彼女の分泌液を舐めとる。二人のものが混ざり合って、本来なら無味なはずなのにハチミツのような甘さと濃厚さを舌先で感じ取れた。
「んふふ、やらしー味がする」
「あっ」
 気がつくと私の手は彼女のスカートの下に潜り込んで、太ももの内側を撫でていた。無意識とは恐ろしい。お互いの呼吸が重なり、静かな放課後の部室に響く。
「本当に、いいの?」
 自分から言い出したこととはいえ、急に不安に襲われた。私はしたくてしょうがない。ただ事を前にして彼女はどうおもうのか、確認がしたかった。無理矢理できないことはないけど、それだとレイプと変わらない。
 両手で顔を覆った彼女の髪が縦に揺れた。それを確認して再びお腹へ、へそを覆うように手を添える。心臓が動く音が外にまで聞こえているんじゃないかと考えるくらいうるさい。体の奥底から今まで感じたことのないなにかが出てこようとする。ゆっくりと呼吸を整える。二度、三度、四度繰り返す。
「もう我慢させないから」
 指が下着の中に入り込むと共に、侵入を許した彼女は声にならない声をあげる。ふわふわとした塊の向こうに水源を見つけると、そこに向けて指を滑らせる。さらに大きくなる声。両手で口元をしっかりと押さえつけるように塞いでも漏れる大きな喘ぎ声は、私の鼓膜を揺らし、全神経に電気が走った。



 オレンジが黒に変わる。外も室内もすっかり薄暗くなっていた。電気をつけて窓を開けると、少し冷えた空気が顔にまとわりついてきた。
 遠くから私を呼ぶ声。その方向に視線を向けると、先ほどまで私と部室にいた彼女が無邪気に大きく手を振っていた。
 その隣にはエナメルバッグを下げた男子生徒。こちらに向かって一礼したように見えたので、私も軽く手を振ってそれに応える。

 心は繋ぎとめられても、体を繋ぎとめる術を持っていない。
 私は女で、彼女も女なのだから。

 二人の姿が見えなくなると、私の意思とは関係なしに涙が溢れ出た。拭っても、拭っても、止まるどころかその量は増すばかりで、どうしようもなかった。
 気がつくと声をあげていた。嘔吐のように。何度も。なにもかもが枯れるまで。



(了)
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