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陰茎☆骨折

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私は、この春から性風俗業界で働くことになった。
その理由は説明しないけれど、不可抗力(人間の力ではどうにもさからうことのできない力や事態)であると言う他ない。

お店の名前は『M'irc〜en〜Gel ミルク・アン・ジェル』
オシャレな隠れ家的性風俗店であり、本番行為は無く、ソフトなサービスを提供する。
暴力追放宣言を掲げ、取り揃えた姫達は皆大卒で固められている。
勿論従業員は全員が日本人。お値段良心的。入店には身分証の提示が必要です。

私――車田雅美(24)もまた、国立大学出の才女であった。
艶やかな黒髪と、赤いフレームのメガネ。ボディラインには気を使い、メイクやファッションは下品にならない程度に流行を追い、肌の露出は極力抑える。
その、清楚で控え目で知的な佇まい故か、痴漢の食い物にされる事が多く、性的な事象全てを心から憎んだ十代を乗り越えて、今、何の因果か性サービス店に勤め、初めてのお客様と対面する事になった次第である。

「安房姫(雅美の源氏名)。指名来たよ。よろしく頼むよ」
オーナー兼支配人兼雑用係の加藤健二(40)が声をかけてきた。
その手には、お店のマスコットキャラクターが抱いてる風にデザインされたクリップボード。
ルームナンバー3の伝票が止められている。
「…はい」
返事した声と、ボードを受け取った手は、震えていたかもしれない。

廊下を歩む。
先にお部屋で待っていてもらい、そこに私達が訪ねていくスタイル。
ここのお客さんは、女性慣れしてない男性が多く、ハードな事をする店ではないために、ガツガツした人も少ないという。
暴力沙汰が起きたことも無い、とオーナー加藤は胸を張る。
しかし、見ず知らずの、素性も知らぬ男性と密室で二人っきりにならねばならないのだ。
突然怒鳴られたら?不機嫌になられたら?手をあげられたら?サービス外の行為を求められたら?
不安は抑えられない。緊張は隠しきれない。

ドキンドキンと鼓動が強まり、胸が跳ねているのではと錯覚する程全身を叩く。
この私、男性経験は…実体験は無いが、知識は豊富にあると自負している。
つまり、1の経験から10を知ることが可能であるし。
10を知ったなら100の応用も容易く行える……はずである。
論理的思考で、自らを説得し、納得させ、交感神経を抑え、副交感神経を優位にする。

いつしか扉は、目の前にあった。

ドドッドドッドドッドドッドドッ
体温は顔から上がり、熱を帯びて脳へ纏わりつき、全身へ下る。
その凄まじさに『顔から火が出る』とは古人も良くいったものだと、その場で三度頷いた。
膝も叩いた。

ドドッドドッド ドッドドッドドッドドドッ
不整脈すら出始める。
心的ストレスはやはり器質的にも身体への変調をきたさせるものなのだ。

ゴクっと唾を飲み込み、今一度手鏡で容姿を確認する。
見なければよかったと思うほど、顔は赤かった。
「……えい、や」
最後の1ステップを乗り越えるのに、気合の声が必要だった。グッとチャイムを押す。
キンコーン♪と軽い音色。やや腹立つ。
ぎゅううううううう!と両脇下から胸を締め付けられる様な、精神的閉塞感。
ぞわぞわっ!と項を駆け上がる緊張感。

「あ、ど、どうぞ!」

.。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+.。  *゚+.*.。   ゚+..。*゚+  .。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+
部屋の向こうから響いた、気の弱そうな、優しそうな招きの声。
良識の有りそうな、気遣いを知っている人の声。
暴力的だったり、不潔だったり、生理的に泣きだしたくなるような怪物だったり…。
心のどこかに重くのしかかっていた、不安と拒否感が、和らぐ。
何より『男の人も緊張してるんだ』と思えた事が、固まっていた私の全身を嘘のようにほぐした。

そうだ。
この人は私が来るのを知っているのだ。指名したのだから。
フォトショも何も使ってない、ついこの4月に撮影したばかりのありのままの私の写真を見て、お相手として選んだのだから、好意的に迎え入れてくれるはず―。

楽しくおしゃべりしつつ、その、裸になって、つまり、ちんちんをしごけばいいのだ。

殺されるかもしれない、そんな過度の抑圧を受けた脳は、麻薬物質を分泌し、精神を保護していた。
裸になる事、見られる事、触られる事、そして裸の相手に触れることは、最早『二の次』であり、この時点でそこまで意識が回らない。

「おじゃましまーす……」
御対面の直前に『はっ!お客さんが知り合いの男性だったらどうしよう!!』みたいな妄想が沸いて来て、あああああああああああああああああ!となるも、既にお部屋に入って扉を閉めていた。
「あ、はい。よろしく……」
目の前にいたのは、私よりも年下に見える、学生さんらしき男性。
あえて言うなら男子。
シュッとしたイケメンではないけれど、濃くもなく、薄すぎもしない。
ごめんなさい、強がりました、シュッとしてはないけれど、私は彼をイケメンの範疇に分類してもOKです。
変な匂いもしないし、ラフに成りきれてない服装もとても似合っている。
そんな彼が、控え目に盛ってる茶髪をペコン、と下げている。
心なしか、顔が赤い。

勝った!
慣れてない!この子慣れてないぞぅ!
私は確信した。彼に対して精神的に優位に立ったのもそうだけれど、何より運命に勝った!と、そんな高揚感が身を包んでいた。


<第一部 完>
9

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