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彼女の携帯がぶるぶると机の上で震えた。この一時間で、何度目だろうか。
僕が顔を上げると、ソファーに座っていた彼女はため息交じりに手を伸ばす。
「誰から?」
僕が尋ねても彼女は口を開かない。無表情で顔で携帯をいじりだした。
僕は肩をすくめて、読みかけの雑誌に再び目を落とす。
五分ほど沈黙が続き、
「ねえ」
と携帯をいじりながら彼女が不意に口を開く。
「なに?」
「携帯って、面白い?」
「え、それ俺のセリフ」
一時間、僕のほうを見向きもせず、そのくせつまらなそうな顔で携帯をいじっている人が、僕に対してよくもそんな言葉を投げかけられたものである。
僕が呆れていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私は、全然面白くないの。でも、メールが来たら返信しないとでしょう? 適切なコミュニケーションって、大切でしょう?」
「はあ」
まあ、それはそうだ。
「だからね、私は送られてくるメールに丁寧に返信するの。バカみたいな言葉遣いで、絵文字もちゃんとつけるの。そういうのが、人間関係で大事なことなの」
彼女は携帯の画面を見つめながら、淡々と言葉を吐き出す。
「そういうのって、面白いの?」
「だからさ。それは俺に聞くことじゃないよ。俺が聞きたいよ」
僕は雑誌を閉じて、彼女に向き直る。
「わかってる。でも、私、わからない」
「なにが?」
「人間関係とか、コミュニケーションとか、そういうのが大事なのに。それを大事にすればするほど、ほかに何もできなくなる。そういうものに縛られて、動けなくなっていく」
僕は頷く。彼女が、ようやく顔を上げる。
「私、自分じゃ決められない。ほかの何かを犠牲にしてまで、大事なものなんか、わからない」
僕はため息を吐いて、彼女の携帯をそっと奪う。
「回りくどいね」
「こんな顔でも、かまってちゃんなの」
彼女は無表情という言葉を絵に描いたみたいな顔で、口元だけをゆがめる。
僕が笑うと、
「顔文字なら、簡単に笑顔になれるのに」
と少し彼女は拗ねる。
「不細工で、かわいいよ」
僕はそう言って奪った携帯を放り投げる。ゴミ箱に入ったそれを見て、彼女は少し上手に笑う。
「こっちのほうが、ずっと、面白い」
彼女の腕が僕の首に回る。
「どうかな」
僕はそっとキスをする。
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