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心移り

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目を覚ますと、そこはよく知った部屋の中。
私の「心」が見るのは初めてなのだが、記憶には鮮明に残っている。
白を基本とした綺麗な部屋で、無駄なものは一切無く、見事に整頓されている。前回の宿主となった男とは大きな違いだ。
私は一通り辺りを見回した後に、自分自身に問い掛ける。
「私は誰だ?」
膨大な量の記憶の中から、自分に関する記憶を探す。
大変な作業のようの思えるかもしれないが、案外そうでもない。慣れてしまえば、昨晩の夕食を思い出すように簡単なことだ。
今回の私は「相沢 ゆい」年は17歳。まだ高校生だ。現在は母と二人暮らし。父は物心付く前に他界しているようだ。可愛そうに。
しかし今回の宿主はまだ高校生だとは。しかも記憶をみる限りでは成績優秀、家庭円満、人当たりも良く友人も多い。前回のようにギャンブルに狂い借金まみれ。性格も顔までもが歪んだ駄目人間ならば、心が痛むこともないのだが…。
今回の相沢さんのように将来有望な人間の未来を摘み取ることは非常に気が引ける。また残された母親や友人の気持ちを考えると罪悪感を感じずにはいられない。
しかし私も目標達成の為には、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。心を鬼にして、私は行動に移った。
今回はリストカットに決めた。手首を切るだけなのでさほど痛みはないし、準備もいらず手軽に行うことができる。
私は部屋を出て台所へと向かう。今が何時何分かはわからないが、徐々に窓から明かりが差し込み始めているところを見ると、そろそろ母親が起きてきても不思議ではない時間帯だろう。邪魔をされると面倒だ、急がないと…。
私は台所から包丁を一本拝借すると、懐へ入れた。そしてそのまま足早に風呂場を目指す。その歩みに迷いは無い。
風呂場に着くとすぐに洗面器に水を溜める。熱すぎず冷たすぎず、ぬるま湯程度が丁度いい。
ある程度溜めると、左手首をその中へ沈め、包丁の刃を当てた。
―――自殺するのは、これで何回目なのだろうか?
25回目の自殺までは数えてたのだが、それ以降は面倒になって数えていない。
最初にどうやって自殺したのかさえ覚えていないのだ。
死んでは蘇り、死んでは蘇りともう何百年繰り返してきたのだろう。何度死のうが、心だけが別の生物へと移り、また生きることになるのだ。
私はただ休みたいのだ。もう生きていくのには疲れた。
私はできるだけ深く手首を切った。一瞬にして洗面器の水は赤色に変わる。
初めは痛みもあったが、次第に何も感じなくなる。どこか遠くのほうで母親の声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。ほら、もう、何も聞こえない…。



案の定、私の心は別の体へと移り、蘇った。
これはきっと神様からの罰なのだろう。せっかく授かった命を無駄にした私に対する戒めに、「死」という平穏を与えてくれないのだろう。
そんなことを考えながら、私は一度「わん」と吼えた。
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