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第十五話 急転すれども直下せず

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「……バレたか?」
「まさか。だが、ヒッヒ…外で起きてる妙な騒ぎで面倒事が増えたのは確かだぁーな」

 寒々しい灰色の倉庫の中で、二つの影が言葉を交わす。外ではサイレンの音がひっきりなしに鳴り渡り、街の人々の不安を煽るのに一役買っていた。
 
「さっさと連れ戻さねえとなあ。ヒヒ、じゃなきゃオレら全員ご破算だぜ、色々とな?」
「わかっているさ。総出で捜索と行こう。アレを失うのは不味い。色々と、な」

 気味の悪い笑みを崩さない男の表情にも、若干の焦燥は浮き出ていた。それを知っているからこそ、特に言及することもせず淡々と目的の達成に向かって動く他ないのだ。

「では我らも行くとするか。…我らが生命線を捕縛しに」
「ああ、金の生る大事なだーいじな木だ。…や、正確にゃ『仙薬』を生む、だがな。ともかく丁重にお連れ戻ししねえと事だ。ヒッヒッ、ざけたことしてくれやがってあの小娘…!」

 彼ら以外は既に対象を追い掛けて出払っている。残るはこの二人のみ。
 男二人は倉庫の外へ歩き出す。




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 旭と日和が目的の地へ到着した頃、既に日は暮れ夜の帳が降りていた。
 大小様々な鈍色の建物が僅かな隙間も無く詰め込まれ、その間を無数の太いパイプが繋がり、そして明らかに有害そうな煙を噴いていくつもの煙突が乱立している。
 工場街というものだろうか。夜間の街灯頼りに見渡したその景色に思わず旭は閉口する。呼吸すら躊躇われる大気の汚染具合もそうだったが、最も旭をげんなりさせていたのは光だった。
 工場街の一角、そこからはオレンジ色の光が煌々を周囲や夜空を照らし出し、さらにその周辺をけたたましいサイレンと共に赤い光が明滅しながら移動していく。消防車、救急車、あるいはパトカー。それらが懸命に仕事している証だろう。
 爆発、火事炎上。それら|原《・》|因《・》|不《・》|明《・》の大惨事に駆り出されている彼らに、旭は少しの同情と多大な謝罪を心中で唱えていた。
 もちろん、あれをやったのは旭ではない。そもそも、この二人が街に着いたのは今から二十分ほど前であって、そんな短時間にあの規模の破壊は不可能なのだ。
 ただ非常に申し訳ないことに、身内がしでかした惨事であることは間違いないことだった。本人の口からそう聞いたのだから疑うべくもない。
「晶兄ぃ、やりすぎ」
「うるせぇルーキー。仕方ねぇだろ。文句はあのクソ妖精に言いやがれ」
 呆れを隠そうともしない日和の声に、苛立ちを返す同輩の声。惨事から視線を逸らし旭は身を半回転させてゆっくり嘆息。
(予感はしてたけど、遅かったな……)
 現地にて合流した陽向晶納の手綱を握るには、実に数時間は遅かったことを旭は深く悔やんだ。
 事態は予測を遥かに超えた速度で急転を迎えていたのだ。



「つまり話を纏めると。『仙薬』に関して情報を集めようとしていた時、人外の気配を掴んだからそこへ向かってみたら妖精種がいて、怪しいから襲い掛かった。ってことだね?」
 背後で天を焦がす勢いで燃え盛る大炎上を極力視界に入れないようにしながら、小規模工場の屋根の上で集まった退魔師三人が顔を突き合わせ情報共有を図る。
「そういうこった。のらりくらりと攻撃を躱しながら、大きな反撃もしねぇで逃げやがった面白味のねぇ野郎だったぜ」
(なんてこったい)
 顔こそ微笑みを形作ってはいたものの、既に心労で吐血寸前だった。ストレスが頭痛と腹痛となってダイレクトアタックを仕掛けてきている。
「…ち、ちなみに。その妖精は何か言ったりしてきたりしたかい?敵と判別できるような何かを」
 救いを求めるように問うた言葉にも、返ってきたのは残酷な返答のみで、
「あ?人外なんだから殺すべき敵だろ」
 何を言っているんだお前は、とでも言いたげに鼻を鳴らす晶納にいよいよ旭は心臓まで悲鳴を上げ始めたのを自覚する。旭の身体は過度のストレスに耐え切れるような器ではなかったのだ。
(えらいことになった、ちょっと合流が遅れただけでこの有様…!その妖精種ってのはたぶんこの『仙薬』絡みとは無関係じゃないかな、確証はないけど)
 色々と冷静になって熟考したい気持ちはあったが、既に賽は投げられてしまったのだ。それも最大限盛大に。
 もはやこれは事態収拾も速度の問題となってきている。出来るだけ速やかに事を片づけねば問題は引き伸ばしにされ取り返しがつかないことになる。明らかに初手を誤った。そう晶納が。
 だがそんなことを今更掘り返したところで何が好転するわけでもない。
(ともかくまずはその妖精との接触が先決か…誤解を解かなきゃいけないし、もしかしたらこの街の事情を何か知っているかもしれない)
 決断を下し、立ち上がる。
「晶納!おかしな気配なり人影なりがいないかどうか、この辺りを見回って。僕は日和とあの現場付近まで行ってみる」
 犯人は現場に戻るとは昔から言われている心理構造だ。正確には別に妖精種は巻き込まれただけであって犯人ではないのだが。
 ともかく晶納を引き離す口実が欲しかった。
「何かあればすぐ君を呼ぶ!むしろ可能性としてはあんな炎上して人目に付く場所よりもこの辺りの方が身を隠すには適しているはず。だから晶納には一番確率の高いここを任せる!」
 文句が飛んでくるより先にそれっぽい理由をこじつけて晶納をこの場に縫い止めることを画策する。第一関門がここなのだ。
 旭の必死の丸め込みに、文句を言い掛けた口を数秒半開きにした晶納は釣れた。
「上等だ、わかってんじゃねぇか旭。任しとけ」
(うん、大嘘なんだけどね)
 これに関しては罪悪感など抱かない。むしろ安心の方が大きいくらいだ。
「…相変わらずの、単純馬鹿」
 ぼそっと呟いた日和の声が聞こえたかどうかひやりとしたが、どうやら人影を見つけることに意気込む晶納の耳にまでは届かなかったらしい。ほっと安堵の吐息を漏らし、着物姿の日和を引き連れて旭は炎上を続ける工場へ向け走り出した。



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(やりすぎちまったな)
 すぐ近くに見える炎の柱を横目に、妖精アルムエルドはこめかみから流れる血を拭って払う。
 突然何の謂れも無く理不尽な嫌疑を吹っ掛けられ、流れるように交戦したあの男は普通の人間じゃない。おそらくは本人の名乗り通り退魔に連なる者なのであろう。でなければこの手傷はありえない。
 滅茶苦茶な攻撃のせいで付近の工場が大破、しかも運悪く油か何かに引火したらしく炎上を始めてしまいアルムエルドは慌てて撤退を選んだ。
 確かにあの男との戦闘は技能を高める経験値稼ぎとしても有意義なものではあった。だがそれだけだ。
 アルムエルドは別段、闘いというものに悦を見出しているわけではない。あくまでより純度の高い強さを手に入れる為の手段として効率が良いからという理由、それだけだ。
 そもそもが通常の妖精種に、荒事を愉悦として捉える気性は存在しない。それは少し特殊な出自由来を持つ彼という妖精にとっても同じだった。
 鮮やかな朱色の髪を、額から滴る血液をワックス代わりにして掻き上げ後ろに撫で付ける。
(さて、この辺りにいるっていう人外はー……あー、もういいか。目的の大部分はあの退魔師野郎との闘いで果たせた)
 無理して死んでは元も子もない。喧嘩をするという目的は達した。ならもうこの街に用は無い。
 さっさと立ち退こうと踵を返そうとした時、すぐ近くで物音を聞いた。ゆっくり顔を上げ、腰を僅かに下げる。
 立ち昇る火柱の目に痛い炎光を真横に受けて、それは無警戒に眼前に現れた。
「…、お前は?」
「…………」
 古ぼけたカーテンを引き千切ったかのようなボロ布を纏った小さな影が、炎の光量に白銀色の頭髪を煌めかせてよろりと一歩踏み出でる。
 明らかに染めた色ではない、自然な白銀が肩口までの長さで揺らめく。天然にして人ならざる髪色の少女は、妖精種のそれに近いがまったく別種でもあると感じ取れる気配を内包していた。存在としての格だけで見ればアルムエルドなどは比較対象にすらならない程の。
 しかし彼の気を引いたのはそんなものではなかった。
 布一枚を羽織る少女の目の下にある隈は濃く、髪と同色の雪原を思わせる丸い銀の瞳は力なくおぼろげに視界を薄く確保している。青白い肌も、おそらくは生まれ持ったものではないはずだ。
 弱りに弱った人外の少女が、混濁した意識の中でアルムエルドを見上げていた。それは決して助けを乞う眼差しではなく、ただ進路の先にいた障害物を確認するかのような無機質で緩慢な確認行動。それが少女の最後の余力だった。
「…ぅ…ぁ」
 手をつく動作もなく顔面から前のめりに倒れかけた少女を無言で抱き留める。仰向けに抱え直してみるが、かくんと脱力し切った四肢からは意識の断絶が容易に窺い知れた。倒れると同時に気絶したらしい。
「……ああー、クソ」
 少女を両手で抱きかかえたまま、天啓に打たれるが如くピクンと眉を跳ね上げた妖精は静かに察した。
 嫌な予感がする。
 そして根拠のない確信があった。アルムエルドは自身の『嫌な予感』が高確率で的中することを知っていた。
「くそ、クソが」
 だからこそ悪態を吐く。
 この予感はどう見てもこの白銀の少女絡みだ。
 それがわかっていて尚、この不器用な妖精は見捨てるという選択肢を浮かべられない。脳内に広がるいくつかの選択肢はいずれも『どう助けるか』にのみ帰結する形で繋がっていた。
 無関係であろうと、幼い少女に目の前で倒れられて見て見ぬ振りをするような薄情な真似は出来ない。
 そもそもがこのアルムエルドという男、数多の妖精種の中においても一際情に厚い妖精なのだった。
 かくしてこの一連の事件の渦中に、一つのイレギュラーが紛れ込むこととなる。
 
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