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6:父への恐怖

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 まるでゴキブリの背中のように黒みの中に不気味に光る茶色い屋敷の廊下は
私の心臓を蝕んでいた。圧迫されたような切られるような……痛みだ。喩えるなら鉤爪で心臓を鷲掴みにするかのようにと
言った方が正しいのか……仮にもし私が男だとして睾丸が存在している筈だ。
だとしたらおそらく心臓ではなく、睾丸を鷲掴みにされるような痛みを覚えていたことは確実だろう。
女の私でも確固たる自信を持って言える程の苦痛だった。


一歩また一歩と父と母が居る寝室に歩みを進める度に心が痛む。
もう何度、逃げ帰ろうとしたのだろう。でも、逃げられなかったのは
ある幻想に囚われていたからだ。
ここで逃げたら 今にも父が背後から追いかけてくるかもしれないというものだ。
今までの病気というのは実は演技で、反抗的な私を陥れるための罠だったのだという筋書きだ。
ここで、もし私がこの家の娘としての生き方を放棄すれば
父は私を即座に親不孝者として排除し、殺しにかかってくる。
そう、娘として父を尊敬しなかった報いを受けさせるために。
今や病魔に蝕まれた父のことだ。何をしでかすか分からない。
私は父から逃げる……だけど、それは叶わず私は父に追いつかれる。父は後ろから私の肩に手をかけ、
私を振り返らせようと試みるだろう。そして私の振り返りざまに「おまえは家族だったのに」と恨み事を吐きながら
私を殺そうとするに違いない。

………何を考えているのだ。
それだとあのケイトの言葉は嘘だったとでも言うのか?
だけど、私の信頼を裏切り父と母に私の苦しみを密告したような女だ。
父と結託していないという保証がないとも限らない。
病魔に侵されていた筈の父が見せた私に向けた表情……未だに思い出せないが
あの表情からはとても一人の病人が放つような死のオーラは感じられなかった。
そこにあったのは確かな生のオーラ。生きる力に溢れたエネルギッシュさだ。
もし、あの父の病魔が嘘だと仮定するのなら あのエネルギッシュさも合点がいく。

かつて、父も油断がもとで破滅の人生へと足を踏み入れた。私も同じ運命を辿るのだろうか……?

恐怖に支配されていた私はここから逃げ出すことを許されなかったのかもしれない。
だけど、私は一つの感情を拭いきれずにいた。
本当に恐怖のために 私は父を遠ざけていたのだろうか?


いずれにせよ、私は気が付けば寝室の前へと立っていた。
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