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第八話

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「(あれは全部幻想だったのか……未だ信じられない。嘘だろ?こんなの。嘘だって言ってくれよ…………あんなにリアルで、会話もできたのに全部が俺の妄想だった…………)」

「(本当には誰もいないんだ……)」

「(誰もいないんだった)」

「(俺は知ってた。誰もいないってことを)」

 看護師や医者の会話や、テレビの音から自分の妄想に肉を付けていったんだった。

「(誰もいない……)」

「(俺を愛してくれる人は……)」

「(全部ウソだ。俺が俺についた都合のいいウソ)」

「(あー……)」

「浦賀くん。面会ですよ」

 機械的にそう言う看護師。

「(面会?)」

 どういうことだろう。と疑問に思った。一体誰が?わずかに心が跳ね上がるような気がした。

「こんにちわ浦賀くん久しぶりだね」

 この声には聞き覚えがあった。たくさんの生徒の前で教壇ごしに教師が話すような声だった。

「みんなが心配しておみまいに来てくれたぞ!」

「(分かった)」

 とてもがっがりした。中学校の教師だった。だがそれ以上に聞き流せない言葉があった。

「(みんな?)」

 教師の言葉を合図のようにぞろぞろと病室に誰かが入ってきた。体重の軽い歩き方。この歩き方はまるで社会科見学に訪れた生徒たちのような抑制された実に無関心な歩き方だった。そして退屈そうな。

 それから彼らは何か白々しいことを言った。何を言ってるのか理解出来なかった。
 教師が言ったこの言葉は覚えている。

「あんなにいい親御さんに迷惑をかけて、俺は恥ずかしいよ。迷惑ばっかかけて……このクズが」

「(いい親御さん?何言ってんだコイツ)」

「すごい笑える」

「ひっど~」

 十数人の若い男女が病室にいる。彼らは好奇と嘲笑の目線でベッドに横たわる少年を見ていた。彼らは渉の同級生である。

「いや~もともといけすかないやつだったけどさ。こんなふうになるってことはまぁしょうがないことだったよな。やっぱ神様は見るとこ見てるわ」

「だよね~なんつうか自業自得っていうか」

「こいつが廃人になって俺は嬉しいわ~」

「もう目が覚めないでほしいわ~」

「先生が内申にいいこと書いてくれるから来ただけだしねー」

「帰りどこ行くんだっけ?これ学校の行事扱いだから遊んでもバレないし」

「それそれ。浦賀くんにマジ感謝だわ。こういうのたびたびやってくんないかなぁ。そしたら最高なのに」

「つーか早く帰りたいし」

「ちゃんと勉強しとけよな~受験生なんだぞお前ら」

 教師が呆れたように生徒達に言う。
 渉はもちろん高校など行くことはできない。

「(いいから……もういいから……早く出ていってくれないかな……)」

 それだけを考えていた。この場の誰もがもう渉に関心はない。話題はこれからどこで遊ぶかで持ちきりだった。普段は受験生なのでストレスがだいぶたまっているのだろう。

「(しょうがない。しょうがないんだ)」

「(みんな遊びたい盛りなんだし……)」
 
 その時だった。
 ガララと引き戸が開く音がした。新たな面会者が訪れた。
 
 クラスの人間達が新たな面会者の事を見て、ぺちゃくちゃと勝手に喋っていた口が急に動かなくなった。
 彼らはいっせいに怪訝そうな顔をする。

「誰……?」

 クラスの人間達は息を飲んだ。
 新たな面会者は少女だった。
 誰もが驚き、面食らった。なぜならとてつもなく可愛かったからだ。そしてどこかこの世のものと思えない。男子も女子も教師ですらその少女の美しさに目を奪われていた。

 マリンキャップを被った、オレンジ色の暖かい髪の色の少女。その肩まである髪は絹糸のように美しい。見る者にこの世にあるものの中でで完璧な美しさを持っていると理解させてしまう全体感。健康であるということが少女に人智を超えた瑞々しさをもたらしている。かけがえの無い犯し難いものすべてがその可憐な体に内包されている。

 陶器のように肌は白い。整った顔。ぱっちりとした目に長いまつ毛。クリアグリーンの瞳が対の宝石のように輝いている。少女はまるで異次元からやってきたお姫様のように可愛かった。

 可愛い黄色のコートに青いネクタイ。ショートパンツから続く長めのストッキングに包まれたすらっとした足。足首に紐で止めるタイプのジョドバー・ブーツと呼ばれる靴を履いている。ややボーイッシュなこの格好だが、それでも少女らしさというものが溢れんばかりに全面に出ていて、欠点というものがない。

「ね、ねぇ君誰?浦賀の、友達??」

 普段からクラスで調子に乗っているイケイケの男子生徒が少女に話しかけた。なるほど、自分に自信を持っているだけあってなかなか体格もよく、顔もよかった。
 男子生徒はいつものように女の子に話しかける柔和な顔で声をかけた。絶対の自信があった。それクラスで築いた地位を振りかざすかのように行われた。

 少女は彼らの方を見た。だがほぼ関心というものがないのはその表情から分かった。とても冷たい顔をここにいるクラスの人間達に向けた。
 生徒達は急に恐怖感と自己損失感に苛まれた。この少女からの冷たい視線は彼らから自分の価値に対する信頼を根こそぎ奪った。出会ってしまった事を瞬時に後悔するほどに。
 それから少女は彼らから視線を逸らした。実際には視線を向けていたのは数瞬のことだったがクラスの人間達にはとてつもなく印象深く彼らの中に残ることとなる。
 少女の視線と関心は最初からあるものにしかなかった。

 渉もまた、誰か新たに来たことはわかったが、目を開くことすらできないので誰が来たのか分からかなかった。

「(誰なんだろう……?……新聞社の取り立てか…?保険会社か…?)」

 渉に友達なんていないので父と母の借金の取立て屋ぐらいしか思いつかなかった。

 少女はベッドの前まで歩くとそこで止まった。まるでこの病室の時間が停止しているように人々は見ていることしかできなかった。

 少女はベッドに横たわっている少年を見た。ぴくりとも動かない痛ましい少年。

 ベッドの横で少女はかがんだ。
 それから、少女は少年の唇に自らの唇を重ねた。時間がやけにゆっくり流れ、無声映画のように周りから音が消え失せた。

 周りの人間はハッと息を飲み、絶句した。

「「「(!!!?)」」」

「(ありえねぇっ)」

「(姫が豚にキスをしてる……こんな可愛い子が浦賀なんかと……この女の子は浦賀とどういう関係なんだ…………)」


 次の瞬間。少女と渉の周囲が光で包まれた。小さな目に見えない何かがいるようだった。深い緑色の光が瞬く。
 渉は思った。

「(柔らかい)」

 柔らかくて、暖かくて、確かなものだった。それは全て渉に向けられていた。

 少女は顔を離し、微笑んで渉に言った。

「遅くなってごめんね。迎えに来たよ」
9, 8

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