開幕
街中の一つのビルの上
そこに二人の少女が立っていた。空中にぽっかりと浮かんでいる月からはそこに向かって青白い光が降り注いでおり、くっきりとした黒い影がそこのコンクリートの上に焼き付けられていた。それは中々不気味な絵面だったが、それに対して文句を言う人間はどこにもいなかった。
一人の少女は夜の闇に溶け込むような黒いローブのような服を着ていた。全身を包み込むそれは、六月のこの少しジメッとした気候にはあまり合わないが、そんなことは彼女にとって少しも苦ではないようだ。黒く長い髪は、美しいものだったが、黒い服と同化してあまり目立っていなかった。
もう一人の少女は学校の制服を少し派手にしたような、しかし、あまりパッとしない服を身にまとっていた。また、両手には薄く日光を反射する日本刀によく似た刀がしっかりと握られていた。
隣の少女と対照的に髪は短く切り揃えられている。
彼女たちは二人そろって屋上のギリギリのところに立って、数十m先にある向かいのビルの壁をジッと眺めていた。
その視線の先には青色の淡い光を放つ黒い円がくっきりと浮かんでいる。それはそういう訳かその向こう側につながっているかのように、奥行きがどこまであるのかさっぱり分からなかった。
彼女たちはそれを魔方陣と呼んでいた。
暗い目でそれを見ながら二人は静かに言葉を交わす。
「遅い」
「…………確かに」
約束の時間をとっくに過ぎていた。
腕時計こそ持っていないが、目に見える範囲に時計が付いている街灯がある。
それを見れば時間は分かる。
もうすでに仲間は全員目の前の魔方陣内部へと入っている。
残るはこの二人と、遅刻している一人だけだ。
既に向かっている少女達でも十分対処できるはずなので、そこまで急ぐことはないだろうと判断し、もうしばらく待つことにした。ジッと沈黙が支配する中、言葉なく一点を眺め続けている。それは何となく異様な光景だったが、この二人が一緒にいる時はいつもこんなものだった。
一分、二分と無意味に時間が過ぎていく。
いい加減我慢の限界が来たのか、短い髪の方の少女は視線を移すと話しかける。
「………もう行きません?」
「もう少し」
「…………でも……」
ここまで話したところで
背後から何かが落ちるトスッという軽い音が聞こえてくる。それを察した二人は、同時にバッと振り返ると何が来たのかをその目で確かめる。外に出ていた敵が戻ってきたのかもしれない、可能性は低いとはいえそういう些細な事にも警戒せねばならない。
だが、そこにいたのは息を切らせている一人の少女だった。
まるでセーターに長方形をしたネクタイを引っ付けたような独特な形状の上着を着て、対照的に短めのスカートを履いていた。黒いローブを着ている少女とよく似た顔立ちで、同じように髪を伸ばしていた。しかし、頭の上にアホ毛が一つぴょこんと生えていることと、優しげな顔をしていることからはっきりと別人であると分かった。
この少女は急いで息を整えると二人に向かって話しかけた。
「ごめんなさい!! 遅れました!!」
「いいのよ」
「…………ま……いっか」
「先輩、怒ってます?」
「…………少し」
「お姉ちゃんは」
「怒ってない」
「よかったー」
「でも、気を付けてね」
「うん、ごめん」
「いいのよ」
和やかな会話を交わす三人。だが、黒い少女は一段落したところで話をいったん切り上げると、一歩前に出て屋上から半身を乗り出す。後ろの二人もその背中にピッタリと張り付くと、いつでも出れるようにする。
そこで、黒い少女は二人に向けて話しかけた。
「行くよ。アリヤ、マリア」
「うん、行こう!! お姉ちゃん!!」
「…………はい……アリス先輩」
次の瞬間
三人は黒い円に向かって、真っ直ぐ突っ込んで行った。