vs ヒトガタ その①
暗雲が立ち込める夜の荒野。そこが今回の戦場だった。
この間のサーカス団のヒトガタとはまた違い、今度は周囲に切り立った山がそこに集う者どもを逃がさぬようにそそり立ち、冷たい空気が肌を切り裂いてくる。哀愁漂う月の光がほんの少しだけ雲の隙間から差し込んでくるが、それはまるで一筋の涙のようだった。だがそれにどんな意味があるのか、それは誰にも分らなかった。
その荒野にただ一つだけある建物。
それは巨大な廃校だった。
窓という窓は砕け散り、壁には大きなひびがいくつも入っていた。照明はついていないのだが、不気味な青白い光を放ち辺りを照らし上げていた。
そしてその光の中で異形の敵が暴れていた。
理科室に飾られているような人体標本が歩き回り、テケテケという妖怪によく似た姿をしたヒトガタがその鋏を振りかざして暴れている。学校の七不思議やよくある怪談。それらに出てくる怪物。今回のヒトガタはそれらを模した姿をしているようだった。
魔法少女たちはそれらを相手に果敢に挑んでいた。
次から次へと敵を切り伏せ、吹き飛ばしながら蓮華と朱音の二人は背中を合わせながら会話を交わす。
「あのさ、朱音」
「何だよ蓮華」
「私さ、お化けとかあって苦手なんだよね」
「お前そんなに強気な癖してなんだよそれ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「ん? 苦手だぞ」
「人のこと言えねぇじゃねぇか」
「ハハハハハハ、ま、腐ってもしょうがねぇだろ」
「そうだな、まぁ、ぶった切ればいいんだよ、うん」
「その通りだ。吹き飛ばせばいいんだよ」
そう言いあった直後、二人は同時に地面を蹴ると敵に向かって突っ込んでいった。
「ううー、ヤダー、怖い」
「うるせぇな、マリア」
「何よ。ユウキはどうなの」
「こんなの屁でもねぇな。所詮空想だ」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
「ん? 弱気だな」
「普通、こういうのって怖い物なの」
「あ、そう」
「むー冷たい」
「悪かったな」
軽口を交わしあいながら、向かってくる敵を殲滅していく。
二人ともしっかりとした戦いぶりだった。
戦いを続ける魔法少女達
どうにもこの不気味な怪物相手にやる気がわかない様子だった。
何となく適当に向かって来る奴を潰しているだけ、といった印象だった。それはある意味では勝てる自信があるからこその態度と言える。だがそれではいつまでたっても戦いは終わらない。
グダグダと引きのばしているだけだ。特にお化けが怖くない宝樹やフレイヤは積極的に戦っているもいかんせん敵の数が多い。面倒なことこの上ない状況だ。
ただなぁなぁで戦っている状況。
それをガラリと変える声が彼女たちに降り注ぐ。
『あなた達、下がって』
「「「「!?!?」」」」
思いがけない人物の声が脳裏に響いてくる。
全員はほとんど反射的に反応すると、一斉に宙を舞うとその場から離脱する。
その直後。
荒野にアリスが降り立った。
彼女は周囲にうごめく異形たちにちらりと目を向けることなく。その場に立ち尽くす。一瞬、何が起きたのか分からず動きを止める。しかし、次なる得物、アリスの姿を目にするとそこに向かおうとする。
その時だった。
アリスがサッと腕を天高く上げると剣の先で雲を指さす。
すると、偶然にも一筋の月光が差し込むと刀身を輝かせるその瞬間にアリスは高速で腕を振るう。
その瞬間
荒野にいたすべてヒトガタが真っ二つに切り裂かれた。
「「「え?」」」
魔法少女たちは空中でそれを見て呆気にとられる。
宝樹は口を開くと隣にいたフレイヤに話しかける。
「今、何が起きたか分かって?」
「……たぶん、蓮華の切断の範囲を広げた?」
そこまで推理したところで、隣から蓮華と照が口を挟む。
「いや、あそこまで結界は広がってなかった」
「たぶん、優希ちゃんの能力で一気に広範囲に拡散したんじゃない?」
「それでもそうなると斬撃の数が大量に増えているのよ」
「まぁ、でもアリスだし」
「「…………」」
それを言ってはおしまいだ。
誰も何も言うことができない。
雑魚を一掃したアリスは顔を上げて中央に立つ廃校に目をやる。
あそこにラスボスがいる。
アリスは遠く離れた場所から手をかざし、廃校の姿を掌で覆い隠すと手を振る。
するとどういう訳か再びアリスの目の視線が廃校の方に向いたとき、それは跡形も無く消えてなくなっていた。空間削除を応用して消し去っただけなのだがはたから見ると何が起きているのかさっぱり分からない。
消えた廃校があった場所には、全く別の物が存在していた。
それは巨大な鎧武者だった。全長十mを超えているだろうか、手にはボロボロの日本刀が握りこまれ、兜の隙間からは赤い人魂のような目が輝いているのがはっきりと見て取れた。低いうなり声のような声を上げながら、そいつはゆっくりと起き上がった。
そして、唯一地に足をつけているアリスを捉える。
「あら、やりがいがありそうね」
ウウウウウウウウ
地鳴りのようなうめき声
だがアリスは怯まない。
負けるはずがないからだ。
「…………」
アリスは無言のまま動く。
と言ってもやることは単純。
両腕を前に突き出すと指をパチンと鳴らした。
そう、それだけ。
それだけで終わった。
いつもの空間削除能力。
たった二撃で鎧武者の体の九割を持っていったのだ。
ガオンッという轟音が重なって響く。
欠片だけが残った鎧武者は、そのまま無残にも崩れ落ちるとその内部から淡い緑色をした煙のようなものを吐き出した。霊魂のような姿をしたそれは、そのまま空中をフワフワと漂った後、真っ直ぐアリスに向かって移動を始めた。
それを見て、ほんの少しだけ意外そうな顔をする彼女。
あれが本体、というよりは中身らしい。
空間削除で死ななかった辺り、どうやら一度で全て消さないといけないタイプらしい。
率直に言って面倒だが、あまり関係はない。
アリスはちらりと一瞥した後、さもつまらなさげに「ふぅ」と息を吐いた。その直後だった。
突如アリスは霊魂の目の前に現れると形のないはずのそれをがっしりと掴み込んだ。
「逃がさない」
悪魔の宣告。
アリスは魔力吸収能力を発動すると、一気に霊魂を自身の体へと吸い込んでいった。
「…………」
弱い。
あまりに弱すぎる。
これがラスボスということにアリスは違和感を抱く。魂を吸収したせいで感じる嫌な感覚を飲み込みながら、ゆっくりと地面に下りる。そしてあたりを見渡し、他に魔力の反応がないかを確かめる。
この程度のはずがない。ということはまだ別にいるはずだ。