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お買い物 その②

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 その頃、デパート一階の喫茶店ではユウキと達也が一服していた。
 達也は一杯のコーヒーを頼んだ後、スーツケースに入れて持ってきたパソコンを机の上に広げて何かしらの作業を始めた。どうやら何か文章を書いているらしい。カタカタカタカタとキーボードを叩く音が静かに響く。
 しかも、どうやら英語で書いているらしい。時たま手が止まると、一緒に持ってきた辞書を開いて単語を調べたりしている。
 ユウキはそれをジッと眺めながら、さっき宝樹から届いたメールの内容を思い返していた。
 そこにはたった一文簡潔に書かれているだけだった。いわく、「アリスと達也の馴れ初めを聞き出しなさい」。
 正直、面倒だ。
 だが言うことを聞かない方がより一層面倒なのでおとなしく指令に従うことにする。
 ユウキは頼んだサンドイッチを齧りながら達也に話しかける。


 「達也さん」
 「ん、何? ユウキ」
 「ちょっと変なこと聞いていいですか?」
 「いいよ」
 「アリス先輩と達也さんってどうやって付き合うようになったんですか?」
 「ん、聞きたい?」


 そう言って顔を上げる達也。
 ユウキはコクンと頷くと肯定する。
 それを見て達也は一度パソコンを閉じると口を開いた。


 「そうだな、あれは中二の春。転校&引っ越しの初日だった」
 「あ、あの頃ですか」
 「そうそう」


 達也は鮮明に残っているあの頃の記憶を引き出しながら話を始めた。
 始まりはあの白い廊下……ではなく、アリスの住むアパートの前の道路だった。


 「あの日の早朝、俺はそこに引っ越したばかりで、まだ荷物の搬入途中だった。俺は偶然にも、登校直前のアリスと遭遇したんだ」


 ばったりと目が合った。
 意図していたわけではない。本当に偶然だった。達也は最後の荷物であるパソコンを部屋に運び入れるところだった。トラックから黒服が降ろした物を抱えていた。そこに、制服姿でダルそうな顔をしたアリスが来た。髪はぼさぼさで制服も皺だらけだった、下手すれば幽霊に見えないこともない顔で、日光の元を苦し気に進んでいた。
 そこでちょうど入れ替わるような形で達也とすれ違う。
 その瞬間、バッチリと二人の目が合った。


 「あ」


 達也はそんな小さな声が勝手に口から洩れるのを感じた。
 出したくて出したわけではない。勝手にこぼれて出たのだ。
 それはどうやらアリスもそうだったらしい。聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声で「……え」という小さなつぶやきが漏れ聞こえてきた。それにいったいどんな意味があるのかよく分からないが、とにもかくにもアリスはそう呟いた。
 視線と視線が交錯し、お互いがお互いを見つめあう。
 だが、そこで何かがあったわけではない。
 二人はそのまますれ違い、それぞれの進むべき方向へと向かって行った。
 そして二人とも、そのまま一度も振り返ることはなかった。
 こうして初めての出会いは終わりを告げた。
 それは意外とあっさりしたものだった。



 

 「え? それだけ?」
 「そう、初めてはそれで終わりだな」
 「それで……?」
 「それで、次に出会ったのは中学校だ」


 そう言うと達也はすぐに話を始めた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その日、達也は荷物の整理を終えてから中学校へと向かった。
 あらかじめそう連絡はしてあったのだが、どうやら予想外の何かが起きたらしい。達也を案内するはずだった教師が職員室に閉じ込められることとなった。そのため、達也は一人で校内を散策することとなった。
 特にその事については不満はなく、別に正直一人の方が気が楽なので逆にありがたかった。それにもともと教室の構造はすべて頭に入れていたので見て回らなくてもよかった。結局達也が校内を歩くことにした理由は単に暇だったからだ。
 理科室や教室の実物を頭に入れていく。それを見ても、達也は特に何も感じなかった。
 学校に憧れたことなどない。行きたいと思ったこともない。興味こそあったが、そこで終わり。それ以上何もない。大人びているというよりは、こんな教育で頭なんてよくなるはずないじゃないかという思いが心の底に眠っているのだ。
 達也はそんなことを思いながら、最後に屋上へと向かって行く。
 その階段を上っている途中で、あることを思い出した。そういえば先生が「屋上は鍵がかかっているから入れないかも」と言っていたことを。


 「……ま、試すだけ」


 そう呟いて一度止めた足を再び動かす。
 そしてその突き当りにある扉を開く。鍵がかかっていることを前提として手をかけたので、少々力んでいた。そのためカラリという軽い音ともに取っ手が動いたので、かなり拍子抜けしてしまった。
 どういう訳か分からないが、どうやら開いているらしい。
 それなら好都合だ。
 達也は何の躊躇もなく屋上に入った。


 扉が開くと同時に風がブワッと吹き込んでくる。
 それを全身で受け止めながらも、ゴミが入ってくるかもしれないので目を閉じる。最近散髪に行っていないせいで伸びきった髪の毛がブワッと舞い上がる。外のほんの少しだけ湿った空気がほんの少しだけ空いた唇から肺の中へと入りこんでくる。
 あまりいい気分とは言えないが、文句を言う相手もいない。
 達也は風が治まったのを感じると、ゆっくりと目を開き、屋上の風景をその目に入れる。


 すると、一人の少女が手すりギリギリのところで佇んでいるのが見えた。
 彼女は同じく風で髪の毛をなびかせながら、ジッと下界を見下している。どうやら達也の事に気づいていないらしい。そのどんよりと濁った眼で、熱心に何かを見ている。それが何なのか、ほんの一瞬興味を覚えるがそんなことはあっという間に吹き飛ぶことになった。
 なぜなら、その少女が異変に気が付き達也に顔を向けたからだ。
 急いでではなく、ゆっくりと。
 そんな彼女はやって来たのが教師か何かだとでも思っていたのだろうか、達也の姿を目にした瞬間、その目はまん丸に見開かれることとなった。


 「…………」
 「……えーと……」
 「…………」


 アリスは無言で身をひるがえすと達也の脇を通り校舎内へと逃げようとする。
 だが、その前に声をかけられてしまう。


 「ちょっと待て!!」
 「――ッ!!」
 「君は…………」
 「…………」


 呼び止めてみたはいいものの、なんといえばよいか分からない。
 片腕を上げた形のままピクリとも動けなくなる。仮に、この隙にアリスが逃げたとしたら達也には追いつくことができなかっただろう。しかし、どういう訳かアリスは顔を達也の方に向けたままピクリとも動こうとしない。それに、どういう訳か達也の目にはアリスが話しかけられるのを待っているかのような印象を受けた。
 それを不思議に思いつつも、何とか頭を整理して言葉を見つける。
 達也はゆっくりと口を開くと話しかけた。


 「……名前は、何?」
 「…………」


 それを聞いた瞬間。
 アリスの顔がサッと曇った。
 それは非常に悲しそうな顔だったが、達也はあまり気にしないことにした。


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 二人の間に沈黙が横たわる。どうやらアリスは返事を返すことに躊躇しているらしい。名前を教える程度のことにそこまで悩むのか、と達也は思うのだがそこら辺は人によって違うので何とも言えない。
 一分ほど経ってから、アリスはゆっくりと口を開くと言葉を発した。


 「…………アリス」
 「え?」
 「……赤城アリス」
 「アリス」
 「…………」


 そう答えた直後、アリスは再び顔を背ける。
 それはどうやらこれ以上話してくないという意思表示らしいのだが、マイペースの達也はそんなこと一切意に介さない。普通に話を続ける。


 「何年生?」
 「……二年生」
 「あ、じゃあ同じだね」
 「……で?」
 「いや、それだけ」
 「…………」
 「ところで、こんなところで何してるの?」
 「…………」


 こっちは話したい気分ではないのだ。
 そう言った思いを込めて冷たい目を向ける。しかし見事にそれを受け流す達也。


 「俺は瀬戸達也、よろしく」
 「…………」


 無視。
 でもめげない。


 「そういえば、今朝アパートの前にいなかった?」
 「…………」
 「俺さ、あそこに引っ越してきたんだ。これからよろしくな」
 「…………」
 「何号室に住んでいるの?」
 「…………」


 ここまで無視しているのにグイグイとやってくる。
 嫌気がさしてくる。
 だが、何となく相手をしてしまう。
 アリスは小さくため息を吐いてから答える。


 「一〇一号室」
 「あ、じゃあ隣じゃん」


 こんなうるさい奴が隣になるのか。
 アリスはちょっと暴れたい気分になった。
 達也はここまで話したところで少し真剣な顔をするとこう切り出した。


 「ところで、お願いがあるんだけど」
 「…………何?」
 「実はさ、俺、引っ越してきたばかりで右も左も分からないんだ」
 「へー」
 「でさ、アパートまでの道を教えるついでに一緒に帰ってくれないかな?」
 「は?」
 「頼むよ」


 そう言って両手を合わせてくる。
 面倒だが、何となく拒否する気になれなかった。アリスは少し悩む。正直、この達也という少年について気になってはいる。それ以上に面倒くさいことは否定しないが、いうことを聞いても良いなとは思ってきている。
 これはアリスにしては珍しいことだった。
 悩みながらも、目を閉じて意識を集中させる。
 そして町中の魔力を探知する。
 どうやらヒトガタの出る気配はない。
 ならば、今日は暇だ。
 そう判断したアリスは目を開くと答えた。


 「いい」
 「マジで?」
 「ありがと」
 「ん」

 こうしてアリスは達也と一緒に帰ることになった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「で、仲良くなった」
 「え? それだけですか?」
 「んー、ま、出会いはね」
 「その後、どうして二人は付き合うことになったんです?」
 「……そうだな、それを話すと少し長くなるんだが」
 「良いっすよ。どうせ暇なんですし」
 「分かった。でもちょっと小腹がすいたな」
 「なんか頼みます?」 
 「そうだな」


 そう言って達也はメニューを手に取るとじっとそれを眺め始めた。
 まだまだ時間はある。二人はゆっくりとお茶を楽しむことにした。


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