第4ドロー
リザナ、 (頭部5[NEW!]-左腕2-右腕1-左脚1)
慶、 (胸部3-右脚5)
そう、セオリーで、常識で考えれば、これは必要のないドロー。
慌てずとも、わざわざ切札を明かさなくても、何一つ問題のない一手。
愚手ですら、ある。
だがエンプティは思う。リザナに誰より近く、カードを渡している彼女にはわかる。
これはリザナの、勝とうとするかたち。
自分は攻める。それで、あなたは?
――そう問う一撃。
レイズデッドを狙うには、まだ種札が二種しかない慶には、苦しい。
現状、ホットハンドでは僅差で慶がフルハウスで勝っている。だがリザナがこれから頭部や、左腕を伸ばしてしまえばあっという間に逆転される。それどころか、リザナは種札四種。まだ4枚もドローを残しているが、レイズデッドなりホットハンドなりどちらにせよ強化されうる有効札は、頭部、胸部、左腕、右脚。六種中四種も有効札がある。認めるしかない。
圧倒的に、リザナが有利なのだ。
(慶様……)
ありえない戦い方から逆転の法則を引きずり出す。
これは、真嶋慶の戦い方にそっくりだ。
ここから慶が戦況をひっくり返すには、流れを止めるしかない。
リザナの『首狩り戦術』に楔を打ち込むしか、ない。
だが、できるだろうか?
もしもレイズデッドを狙うなら、現状、もっとも消費されている『頭部』を、リザナから一枚でもいい、引かなければならない。
たった二種から、あと4ドローで、四種引く……エンプティは息を呑んだ。
冷静に考えれば、その確率は絶望的なまでに低い。
都合よく、綱渡りのように、すべて違うカードを引く。
そんなことが――
「エンプ」
「…………」
「エンプ!」
「……はい?」
慶がこちらを見ていた。
「カード、配ってくれ」
「あ、……はい」
いつの間にか、
第4ドロー。
エンプティは一つ呼吸を置いてから、半分に分けられたデッキからリザナへカードを送った。カウンターテーブルの斜向いで、ヴェムコットもなにを考えているのか、荷が重そうに顔をしかめて慶へカードを滑らせた。
結果、
リザナ、頭部引き(頭部6-左腕2-右腕1-右脚1)
慶、右腕引き(胸部3-右脚5-右腕1)
――リザナの首狩りは、止まらない。
ここは慶も頭部を引きたかったところ、種札の右腕を引いたはいいが、それでも援護射撃としては弱すぎる。
もうすでに頭部は、全12枚中の6枚がリザナの手中にある。
もしこのまま流れが変わらなければ――
(……自分がやったことは)
(いつか、誰かに、)
(やられる)
(それが、)
(ギャンブル……)
ついにホットハンドで、リザナが慶を逆転した。予測され得た結果とはいえ、もう慶は、逃げ切りではなく逆転を目指さなければならない。
残されたドローは、あと3回……
これは、オールインのポーカー。
たとえ相手の切札がわかっていても、前哨戦のこのボディポーカーで勝たなければ、決戦の電気椅子で放つ電流がない。
慶は苦しい。
苦しい……
それでも、
(信じてる。いつだって)
(この人を)
(この人だけを)
負けたところを見たこともある、接戦に痺れたことも、折れて立ち上がれそうもなくなったところも見てきた。
それでも慶は、いまここにいる。
自分自身ではない、誰かのために――
それは間違っているのかもしれない、
赦されないのかもしれない、
それでも――
「ま」
リザナとヴェムコットが、第5ドローを配ろうとした時、
真嶋慶が、それを片手で制した。
「待っ……てくれ」
その横顔には、溺れかけた人間のような、脂汗が浮かんでいた。