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どうてい(h31.02.15)

童貞は過酷だ。
「セックスがしたいけどできない」というジレンマを抱えた瞬間から、古今数多の男たち苦しめた懊悩の連鎖に巻き込まれ、精神的な意味合いとして熾烈極まりない環境に童貞は立たされる。サバンナとか北極とかそんなところに例えるとすると、童貞はサボテンくんとか、ペンギンさんとかシロクマくんとかそういった愛らしい側面を持っていると思う。
もしくは、吹雪に晒される白樺、熱砂漠に立つヤシの木のような逞しささへも感じる。
しかし、目の前にいい歳の童貞がいるとする。白樺でもなく、ペンギンでもない、人間だ。

そして彼らの多くは夢や妄想の中ではセックスをしているということを忘れてはならない。コミュニケーションによる、あるいは金銭的肉体的コンプレックスなどあらゆる一切の精神的負債を気にする必要のなくセックスが出来るとしたら彼らは間違いなくセックスをするだろう。
つまり性的な抑圧からの解放は常に欲しているわけで、状態であって男性の本質ではない。

ならばセックスができずに懊悩しようが、童貞を捨てるための対処をするところが真っ当な筋書きとなろうが、それが容易く出来たら童貞は苦労しない。童貞の価値は高まらない。文学性も帯びない。
「セックスがしたいけどできない」という明らかな屈折した世界で男たちが七転八倒し、ねじ曲がりひしゃげて潰れ、あるいは跳ね上がり回転し無差別に爆撃するということが実際に起きていたということを思い出して欲しい、ともすれば今も周りで起きていないか。
今日もどこかで間違いなく男子中学生は絶叫している。
童貞は抑圧されいるという点から過酷なのである。

この視点からいくと性的な抑圧から解放されない限りは童貞であるといえる。そして大概の男の中に童貞性を見ることができるはずだ。モテモテおちんぽ盛りの人たちもその時は通じ合えるものはないかも知れないが、気に入った女寝取られたり、浮気されたり、好きでもない女を抱いて自分を慰めている内に童貞性とは言えないかもしれないが、童貞性と通じ合える悲哀を帯びていくと思う。余談だったかも知れない。

だが、もし信じられないのなら、身近な子持ちのおじさんの、それも拗れを感じない人格整頓された印象を持つおじさんに童貞だったころの話を聞いてみるといい。きっと爽やかな一笑を与えてくれることだろう。
そしてそのおじさんの中に自身と同じ童貞性を見るはずだ。

抑圧されていない童貞というのはどうか。
これには身体的精神的な疾患欠陥のある者や、宗教や信条、健康法に徹している者もまた別の哲学であろうということで除かれる。フェチズムに没頭する者などは信条に徹すに当たるだろう。でも本当の本当に倒錯没入していないと抑圧されていないとは言えない。この娯楽が氾濫している時代にそういう童貞がいたらニホンオオカミより貴重かも知れない。
寺山修司はエロ本などを一切見ず、「想像の中で自分を自由にするのが僕のオナニー」というようなことを言っていたそうだが、こいつは結局プレイボーイだったのであてにならない。だが、どこかにそんな自慰を続ける童貞はいないものか。

こんなところで最後に一つ上げたいのは、その抑圧を意図的に認識しない者、童貞故の過酷さから目を背け、一切の性的接触への関心を捨て、覇気なく惰性で自慰行為を行う者のことだ。
こいつほんとにワシは許さん、安易に劣情をドブに捨てることはまかりならん、オナ禁しろ、もしくは歯を食いしばって抜け、世の中と自分の運命を呪いながら人に危害を加えない方向で社会に復讐しろ、金を出したら風俗にいくのか?自分で稼いで女を買え、告白して玉砕してラジオ番組に投稿しろ、オナ禁してなんか創作しろ、試しにケツでも売ってゲイになってみたら?
というようなこと思って私は申し訳なく思う。
でも爆発する童貞が見たい、「童貞。をプロデュース」の舞台挨拶すごくよかった、爆発する童貞が見たい、でも生きてるだけで大変なことだし無理は言えないけどアメリカに元気な童貞を沢山投げ込んで爆発させたい。

何が言いたいのかというと、童貞というのはエネルギーの塊であり、煩悶は原動力として超高効率であり、自身の本質からかけ離れた地点に達する跳躍をも備えていると信じている。
ただチンケなセックスでも握りしめていた方が、余計な一言を飲み込む容量も増えるはずなので、捨ててしまった方が生きやすいのは間違いないのだと思うが、元気な童貞を見なくなって私はさみしい。
スマートフォンの普及のせいなのだろうか。
今の童貞は自転車で山を越えてエロ本を買いに行ったり、河川敷のエロ本投棄スポットでホームレスと出会ったり、学校での貸し借りにスリルを感じていないのだろうか。
酒を飲んでヤリたいとさめざめ泣いたり、男同士でトライアングルになったり、泥酔しておかん張りのおばさんを口説いたりしていないのだろうか。

きっと今もどこかで行われていて、これはただのおじさんの憧憬かも知れない。
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