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7月

7月の朝は晴れ模様。鬱陶しい目覚めで文字を書く。生きてるのは何故かとか、僕とは何なのか、とかそんなのは気にせず今日はくしゃみが異様に出て鬱陶しい。
そして気づけば6月は終わって7月。言葉のサラダとともに歩めばひと月はあっという間。こうして僕も彼らもどんどん老けていく。
ゴミだらけの街の通路にも陽は舞い降りて、夜はただのすえた臭いのそれを街とともに溶けた風景にしてくれる。こういうものを見るために僕は毎日歩いている。
それなりの毎日は楽しいけれど、それだけじゃ飽き飽き。美しさと汚さが一緒にないといけない。
そうして海を見れば海底には変な蛇。最近警告されてるやつだろう。あんな風に海を動ければ自由なのに、と思うけど、彼らも僕らを見て多分、あんな風に陸を歩ければ自由なのに、と思っているはずだ。たぶん、世界に満足なんてものはないんだろう。
川沿いや海沿いを歩いていると、たまに空から歌声が聞こえてくる。曰くそれは天国での宴がこの街に響いているからだそうなんだけれども、複雑怪奇なリズムでどうも天国っぽくはない。かといっても地獄でもないような音楽なのは、きっと天国と地獄の間で僕らが聴いているせいなんだろう。
雨の合間に道に顔を出せば空は灰色で道と地続き。
道に灰を落とせば煙は空に昇る。
この煙がそのうちに土になって、僕を耕す。海は怒涛のような流れでそれらをそのうちに流し去る。知り合いの錬金術師が「タバコは四元素が入り混じってるんだ」なんて言ってたけれど、そういうことなのかもしれない。
海の底は象たちの墓場で最近は数万年前からの骨がとうとう積み重なって、水域を侵しているらしい。このまま変なカタチの魚たちが生きる場所は無くなるのかも。鯨みたく空を飛べればいいのだけれども。
91, 90
内臓の重さが気になって最近は眠れない。僕の五臓に鬱を投げ込む誰かがいるからだろう。
霧雨が降る街角では晴れを願う花と、水に感謝する草が入り混じっている。彼らは常に生きるのに必死で、その気持ちをちょびっとでも分けてほしい。
曇り空は僕の心。雨模様は誰かのせい。そして考えすぎるのは僕のサガ。
美しさの間で揺蕩えば朝はもうすぐそこ。
近頃は妙に忙しくて自分を見失っている。そもそも、自分なんていたのかも怪しいけど、こんなことを考えているあたりはいたんだろう。
街ではラジオだけが正確なことを言っている。「このラジオの放送は全て間違っています」と放送前に留意してくれるから。だから、この全て間違いというアナウンスも間違いだ。
街を歩く人々はデタラメばかり。顔をなくした病人や、目だけが妙に大きな牛頭馬頭。人混みの中は恐ろしくうるさくて僕の精神をイライラとさせる。快活な地獄といった風情。だから僕はゆっくりと動いて、ゆっくりと歩く。他の人にはリズムを合わせたくないんだ。
93, 92
暑くてとにかく暑くて頭がおかしくなりそうな夏の日。これ以上おかしくなったら大変だけれどそれも止められないほどの状況。
たがらの鳥、水無月の半月。
溶けそうなのは僕の心と頭の中。日差しはじんじんと照りつける。
こんな日は今まで無かったと思う。少なくとも、こんなに毎日は。
城郭都市にもイルカたちが画策する温暖化がやってくるわけで、これは世界的影響。他の魚たちは環境に適応できなくなって大変だろう。
水はお湯になって、お湯は空気になる。這い出るような水の中でも昇華はあって僕をイラつかせる。そんなものがなければ、もっとゆったりと過ごせるんだけど。
鼻血が午後を示せば空は藍色でもう帰る時間。そろそろ散歩をしよう。
今はもう覚えてない言葉がいつも僕を苦しめるから、なるべく思い出さないようにしている。けれども、思い出さないように意識することがそれをより際立たせて僕を苦しめる。例えば、あの時彼女にあんな言葉を吐かなければとか、彼を殴らなければとか。
後悔をするのはきっと、まだ希望を抱いてるから。自分自身にまだ救いようがあると思っている時点で僕はもう救いようがない。日差しは今日もますますジンジンと照りつけて、鬱屈とした心の中まで照らしだす。
階段をひたすらに昇って日陰を探すけれどもそんな場所はないし、ちょっとした木陰で休めば余計に暑くなる。街の上に上に行けば行くほど涼しくなるけれど、その労力に見合うほどの対価は貰えない。
土から這い出てくる変な虫と戯れてそんな想いを閉じ込めていたら夕暮れはすぐそこ。普段翡翠のように輝く海も、魚たちの死骸で今は土留色。過ごしやすい日々なんてものは、この街には年に数回もないわけで、そんな日を逃さないように人々は生きているみたいだ。
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