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8月

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抜け目のない盗賊が昼間を盗んだせいか、最近は夜が妙に長くなってきている。夜が長ければ長いほど太陽はより輝いて僕らを苛む。薄暗がりの雲は素早く流れて空の獣たちを包み隠す。魔女たちは一苦労だろう。
夢は朝方に踊り出すから警察官も近頃大変だ。いつもより早起きをして、取り締まりをしなきゃならない。
僕はというと、何も変わらない日々が続くせいで退屈ばかり。どうせなら何かが、欲を言えば楽しいことが起きて欲しいけれど、そんな事が起こっても動ける体力がなさそうだから、どうでもいいやって感じで。結局いつも通り。
暑さのせいで空気まで溶けるから、風を呼び込むために扇風機を買ったくらい。どうせなら、風を操る術でも習っておくべきだった。
涙は人の澱のようなものだから本来僕みたいな人間が流すべきなのでは? なんて思う。というのも、また身近な人が亡くなったのだけれど、ショックは受けていてもそれを俯瞰して何もない僕がいるから。
僕は冷たい人間だと思うし、損得で物事を測る人間だと思っている。けれども、こんなにも冷たい人間だったとは自分自身で驚きだ。
もちろん、涙を流せばいい人間なんていうワケはないんだけれども。ただもっと何かができたはずなんて相変わらず部屋の中で自問自答。
そんなことを考えつつも僕の心は平坦で、山もなく谷もなく。ある有名な行者なら「それはどこかへの旅」とか言うかもしれない。ただ、僕は彼の言う縁起とか云々は一面的だと思っている。
平穏とは張り詰めた糸で、結局は何かですぐブレる、平穏とは無縁な緊張の糸なのかもしれない。緩んだ僕は何にも動じない。きっと自分自身が死んでも。
97, 96

  

親切心ほどタチの悪いものはない。悪意なら対処できるけれども、親切心はワケがわからないし、しかも善意でやっているから相手は止まらない。
黄金律は自分が欲するところを他人に施せという。他人の気持ちなんて分からないのに、図々しく。
結局、されたくないっていう否定の方が言葉として、思念として強いのではと思う。

閑話休題。

恐ろしく暑い日と恐ろしく寒い日が続いて、僕の体はもう季節についていけない模様。ギリギリ、尻尾を掴んで引き摺られているような有り様だ。
ワインを片手にあたりを徘徊すれば世間は病気持ちばかりですぐに退散したい気分。ガスマスク越しに人に話しかければ皆嫌な顔をして。
まあ、コミュニケーションの断絶は上等だから、僕としてはいい気分。自分自身を考える時間と思えばそれなりだ。
若草の香る葉巻を口にして。
99, 98

  

気味が悪い暑さはもう十分で颯爽と陽は沈む夜。涼しさは望んだところだけれど、少し急すぎて風邪をひきそうだ。
謎の風邪は今も城郭都市どころか、全てを覆っている。
見たことのない土地さえ病魔に苦しんでいるのだから、僕も自粛して、自省しなければいけない。おそらく。
ピアノをかき鳴らして正午の鐘。いつのまにか部屋にあったやつだけれどなかなか音は鳴る。誰かから酔っ払って借金のカタにしたのかも。ホンキートンクを奏でれば歌い出す。
ガスマスク越しに世間に話しかける。みんな暇そうで羨ましいけど、僕ほど暇なのだろうかって。
僕の知り合いの話をしようと思う。
彼は狂気に怯えていつも生きていて、その結果狂って入院してしまった。
狂わないように、毎晩頭に電気を放ったり支離滅裂な言葉を放っていたけれど、結果的にそれが狂気を加速させたらしい。
今は完全におかしくなって、孤島で1人「自分はおかしくないから、さっさと船を寄越せ」って石に向かって言っているらしい。
そもそも、狂いたくないって信念の時点で狂っていたし、そのためのおかしな行動の数々はすでに狂っていた気がする。
僕はもう狂っているって自覚している。その自覚がある時点で、まだ狂っていないのかもしれない。僕の正気は誰が保証するんだろう?
101, 100

  

ウイスキーの海で踊るとそこは白夜。
それは意味もないことの積み重ねで、そうなったせい。
乱菊が乱れぬままに落ち着かないままに見聞すれば
一向に見えないものが私を見ろと主張する。
あるはずのものがない海で、そこで泳ぐだけでキミは満足して、僕はぬるぬると溶けて。
生きることの積み重ねのサンドイッチを食べて。
僕らのワルツ。
102

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