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もう一人の怪物

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第2話 もう一人の怪物


  ~甲子園開幕~

八月六日、開会式はジャニーズJrのコンサートで幕を開けた。これから始まる死闘を前に選手たちは冷たい目で彼らを見たことだろう。

大会が始まり明徳義塾、智弁和歌山、京都成章など名門高は次々一回戦を突破していく。
そして大会四日目、私は自分の地元青森の出場校、八戸工大一の選手宿舎にいた。テレビではちょうど横浜高校と柳ケ浦高校の試合が行われている。
「さすが松坂といったところかね、中山君」
私は八戸工大一のエース中山茂選手に話しかけた。
「んだ、確かに玉ははえぇげっちょそない大したもんでなか、おらなら二点も失点やらん」
試合は6-2で横浜高校が危なげなく勝利した。これで八戸工大一が一回戦勝つと二回戦で横浜高校とあたることになった。
「それより中山君、明日対決する名門鹿児島実業との試合の意気込みについて教えてもらえるかな。鹿児島実業の杉内は自由自在の変化球を投げることから鹿児島では魔術師とよばれているらしいが」
私が質問すると中山は少し表情を険しくなり答えた。
「鹿児島実業はたしかにつえぇチームだが。鹿児島の決勝の杉内と木佐貫の投げあいを見たが確かにすげかった。魔術師だと、おらの魔球にくらべりゃあたいしたことなか。とにかく西の連中にはまけられんげっちょ」
さすがというべきか、この中山茂は魔球ナックルを使い青森の魔術師といわれている。それだけ杉内に敵対心があるのだろう。
中山は予選の青森大会で完封三試合、失点たったの二点のみごとなピッチングであった。しかもその失点は予測不可能なナックルでキャッチャーが捕球ミスしたものであった。次の試合は魔術師対決の投手戦となることは必至であるだろうと思った。

次の日の試合前、私は八戸工大一の中山に最後の取材をした。
「中山君、どうだね調子は。鹿児島実業の杉内投手はこの試合で「20奪三振と完全試合をやる」と宣言したらしいが・・・」
すこし間をおいて中山が答えた。
「そっが、杉内がそういうならおらは「27連続三振の完全試合」をやっでやる」
中山はそう言って球場の中に入っていった。

私は青森に初の優勝旗が来るかもしれないと思った。



  ~ 鹿児島実業対八戸工大一 ~


試合は八戸工大一が先攻、鹿児島実業が後攻で開始された。一回、中山の魔球ナックルで凡打を築きあっという間にチェンジすると、今度は杉内の切れのあるカーブ、シュートであっという間にチェンジとなった。予想通りの投手戦となり試合はお互い譲らない状態となった。
試合が動いたのは7回裏、鹿児島実業が連続ファーボールと盗塁でランナー2,3塁となった。打者はピッチャーの杉内、一球目ナックルが低めにきまりストライク、二球目ナックルが揺れすぎたためストライクゾーンからはずれボールとなる。続く三球目、外角に外れたボールは揺れによりキャッチャーが捕球を失敗した。その間に三塁ランナーがホームに帰り、試合の均衡が崩れた。
中村は焦っているように見えた。打者杉内に対して投げた四球目、ナックル。いや、棒球だ。

カキーン

ボールは遥かスタンドの上段まで運ばれた。
そのあと一点追加され4-0となってしまった。
八戸工大一は依然杉内の変化球の前にヒットさえままならぬ状態が続いた。そして、9回表最終回八戸工大一の攻撃は依然沈黙していた。しかし一人だけ杉内のボールに食らいついている打者がいた。中山である。
「やっと目がなれてきたげっちょ。もうお前の変化球は読めるだぎ」
カウントはツースリーとなった。中山が粘ったためすでに投球は8球目となっていた。
続く9球目を投げる前に杉内は挑発するように中山にボールの握りを見せ付けた。
ボールはカーブの握りであった。そして杉内は全力でキャッチャーミットに投げつけた。
「カーブだと。とんだ魔術師だべ。おらはだまされんと、この回転は、この回転は、シュートだがやー」
中山はボールがシュートであるとよんで、思いっきりバットをスイングした。
しかし、ボールははるか右にまがっていき、中山は豪快に空振りをした。無残にもボールとバットは1メートル近くも離れていた。
「な、なぜだ・・・」中村は信じられないという表情であった。

専門家が言うには、杉内の本気のカーブは回転が速すぎて回転が逆に見えてしまうというのだ。みんなも車のタイヤが高速回転により逆に回転しているように見えたことがないだろうか。杉内のカーブはまさにそれであり、錯覚を起こすというのだ。

試合は打者三人三振で打ち取り、杉内が第69回大会の帝京・芝草宇宙以来、11年ぶりのノーヒットノーランの大記録を達成して鹿児島実業の勝利となった。

中村の敗因はナックルに頼りすぎたことだろう。ボールの動きを読めない、魔法に操られた魔術師とはなんと滑稽なことか・・・。

こうして、大記録とともにもう一人の怪物杉内俊哉が生まれた瞬間であった。

4, 3

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