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最終章

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寝台汽車「彗星」は、身に降りかかる雪らを蹴散らしながら、夜の帳を裂いていく。
"彗星"はベットが一車両4個の割合で配置されており、部屋の中点に、
カーテンが仕切ってある。

酔いどれ親父、今日で別れを告げられた、婦女。色んな人生をがっぽり持って、この汽車はネオン瞬く街へ、
ガッシュガッシュ煙を吐きながら、親父は愛妻のもとへ、婦女は一人身でアパートに戻るのかも知らんが-
終着駅は、いずれ、新聞を読んでいても、虚ろな目で日本経済を憂いでも、いつか着くものなのだ。
これを死と結びつけて-いやいや、そこからは哲学的になってしまうから、ここで思考を停止させよう。

ゆるやかに続く田の路からは、狐の面を被った一群が、ぞろぞろ冥界へ旅立とうとしていた。
蝋燭を持ち、究極に消極的な足取りである。列はしばらく途切れることがなかった。
今日は、祭りか何か執り行われるのだろうか。

終着駅は東堂駅、僕の大学の最寄の駅であり、時刻表に自殺前の遺言が書かれたことで、とても有名な駅だった。
受付の婆は、小・中学生チェックに抜かりがないらしく、もし鯖を読んで切符渡し場をスルーすると、
5倍という切符代を請求されることになる。僕もその被害者であるのだから事実である。
切符を渡した後、恐るべきスピードで僕を追ってきたのだ。

友の談聴くと、なんと婆は小中高一貫陸上部であったらしい。
友は「彼女は戦前・戦後を跨いで、昭和の時代を走ってきたのだ」と語っていた。
ヨーダ、そんな単語が頭をかすめた。

とろんとした眠りが襲ってきて、僕は冥界へと旅立った。
冥界では、真里がキノコ型の建物に立っていて、僕は追っていた。
フォークの箸をかちゃかちゃ渡り、ようやく真里の眼前へ立った時、
「きもちわるい」と耳のそばで呟かれ、僕は奈落の底へと落ちていった・・・

「お兄さん、お兄さん」

隣の老紳士が僕の肩を叩いている。

「終着駅ですよ。乗り過ごしていやしませんか?」

僕は半眼状態で間抜けに声を出した。そうだ。駅の終着駅であり、僕の終着駅。
僕はアイポッドと飲み干した缶ジュースを鞄に入れ、最後の場所へと足を踏み入れた。

午後、10時、45分。

仁王立ちして、無駄だが勇気が湧いてきた。雪はやんでいた。
真里には事前に「11時に大学正門で落ち合おう」とメールで送っておいた。
その真里からの「わかりました」という返信にも、少なからず喜んでしまうのだから、
僕も象に踏ん付けられても、懲りない奴である。

大学までの人通りは、滅法少なく、等間隔的に立っている街路灯が、
しょんべん臭い道路、不法投棄のゴミ、日本文化の荒廃といえるものを、ぴかぴかと照らしていた。
動悸が激しくなってきたので、自販機で炭酸飲料を買うが、手が震えて、結局口を湿らせただけだった。



雪が―降ってきた。


通りを抜け、坂を下りきったところに、正門がある。そしてきっとその前に立つのは、

銀幕の少女。

白い日傘をさして、夜の闇の中で怪しく白く光り、こちらをそっと見て

笑っていた。

「ま、真里さん、こんにちは」
僕はいつものどもり癖で、口火を切った。しばらく真里から反応が無いので、
もしかすると意味を解してないのかと思い、再び「真里・・」と言いかけたところ、

「お久しぶりです、最禅寺さん」
真里の小ぶりな唇が、震えた。
本名で呼ばれたのは、久しぶりのことだった。僕は深呼吸して12月の冷気を吸い込み、
決心したように彼女の顔を見据えると、真里の頬は腫れ、眼は膨らんでいた。

「今日は差し詰め、養育費の奪取にでもきたのでしょう?これ、今までの分。返しますから。」

真里はホイッと胸元めがけて茶封筒を投げつけてきた。随分と厚い。

「真里さん、その顔は、一体・・・?」

「どうでもいいことでしょう。もう養育費は返したんだから、関係の無いことじゃない」
ぐっと顔を伏せ、真里は突然ケタケタ笑い出した。

「笑っちゃうよね」

閑散とした通りでは、真里のけたけた声がいやに響き渡った。

「知ってると思うけど、子供できたなんて、嘘よ。ってことは、あなたってまだ、童貞かしら?
悪かったわね。勘違いさせちゃって。


私ってさ、ファンタジー小説ばっかり読んで自我の殻に閉じ篭もってるくらい女の子って、だいっ嫌いでさ、
もっと、なんていうか、強く生きたかったんだよね。私は。
男なんか関心無い、強くなって、開き直って生きてやる、って、思ってたんだよね。


それがどうなのかしら。私ってば、35歳の会社員なんかに、恋しちゃったんだ。
あの人って、本当にヒドいんだよ。私が一分一秒遅れずに約束の場所で待ったって、ヘヘーンなんて顔で、
堂々と来るんだよ。でも怒っちゃって機嫌損ねたら、もう会えないかもしれないし。
それにあの人、結婚してたんだ。愛妻家ってヤツだったのね。
私、奥さんより胸は無いかもしれないけど、肌は綺麗だし、あんなのよりずっと魅力的だと思うの。

でも・・・なんでかなぁ。あの人って、ちっとも振り向いてくれないのよね。
私も随分貢いだけど、ニヤニヤ笑ってくれたって、何の腹の足しにもならないわよ。

結局、男なんて、体だけなのよ。あんたもそうなんでしょ。
沢山メール送ってきて、正直、気持ち悪かったわ。あなたのどもる癖も、いい加減、直したほうがいいと思うわ。
今日もそうよ。突然私を夜中に呼び出して、ヤッちゃおうなんて、思ってたわけ?
気持ち悪い。あんたなんて、ちっとも好きじゃないわよ!気持ち悪い!」

純白の女は、崩れるように地面に伏せた。
相変わらず雪は降っていたのだ。既に雪は薄い層になって、銀世界を構築せんとしていた。
男は静かにそこに立ち、そして静かに、口火を切った。

「私はそれでも・・・・」

雪がひらりひらりと舞い、白の女の髪を巻き上げ、白い女の眼と、
男の目が、まっすぐに、つながった。
流れる雪の線が、終わりの景色を映し出していた。



男は最後の言葉を紡いだ。

「あなたのことが好きです」

男の頬から、涙が流れ落ちた。

(了)
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