3話　エクソダスフォーサンクチュアリ

エクソダス　フォー　サンクチュアリ

　なんということはない。激動という男はひょろひょろなメガネでただの陰キャラの卓球部かと思っていた
が、サンクチュアリの守り手だと言う。桃太郎にはそれ相応の因果がある。とつぶやき意味深な
セリフで自らのキャラ作りに腐心するのであろうか。否そんなことはない。
気をつけなければならないことはいくつもあるが、今は水先案内人の導きにより
その因果を見つけることが目標なのかもしれない。

人とはなんだろうかと壮大な提起にうち克とうと飛び出す夜明けである。
内に秘めたセミダブルな気概は何にぶつけるのかすらわからないままに
『男ならやってやれ』という何をするのかよくわからん根性論を引っ提げて
いざ桃太郎が往かん。
山際の集落に朝陽が舞い込み日の光を背に二人の男のシルエットが、高貴に映し出される。
ウェットスーツを優雅に着こなした逞しい男の隣にはパジャマのようなゆったりとした服を
着た激動の姿がある。濃い紫色の生地の上には星をかたどったプリントがそこかしこに
ちりばめられ、つばの広い尖った帽子の先端にはフワフワとしたボンボンが飾られ、
さながらメリークリスマスと言った様相を漂わせている。
細い目つきをして異物を見つめる視線を傾け、そのダセェ衣装に難色を示す桃太郎。
と、視線に気づいた激動が話しかける。
「なんですか。その、人を値踏みするかのように見つめる視線は。なにか変ですかね。」
「いや、変…　っつーか　なんつーかよぉ」
甚だ自分の衣装に違和感を持たない激動に少し呆れ、頭を抱える桃太郎。
そのジェスチャーが激動のプライドをほんの少し刺激した。
「あなたの言わんとしていることはだいたいわかりました。
ですがね、あなたの狭い感性や常識の中で物事を判断するのは、あまりに浅はかなのですよ。
邪気を振り払い神聖な雰囲気を保つとされる紫色の生糸は職人が手間暇をかけて
1年に1着作れるか作れないか微妙だとされる程に丹念に気合を込めて作られていると聞きます。」
真剣に話している激動の顔を見て桃太郎はニヤニヤが止まらない。
「いや、お前　神聖な雰囲気(笑)　ってさ、ホントにそういう効果があるかどうか微妙なんじゃね？」
嘲笑気味に痛い所を突かれた激動は、さらに憤慨してまくしたてる。
「こんのぉ！世間知らずのガキが！あんたって人は！　」
振り上げる拳が眠っちまいそうな程、緩慢に見える桃太郎は体の重心を若干後ろに置き
その拳に対して容赦なくカウンターを獲り、返り討ちにする迎撃態勢を瞬時に整える。
「見苦しい！」
二人の小競り合いをみかねて一喝。ババアの声が響き渡る。
「こ、これはババ様　申し訳ありません。この桃太郎のヤツめが…」
ハッとして激動は振り返り、アタフタしながら言い訳を並べる。
対して桃太郎は激動と対峙した姿勢から微動だにせず、ジロリと目線のみをババアに向け、傲岸不遜に立ち尽くす。
(いつからそこにいた？激動に注意を注いでたとは言え、ここまでババアに接近を許す程
周りが見えてなかったわけじゃねぇ。)
桃太郎は、このババアの形容し難い超然的な佇まいを警戒していた節があり、
その奥歯に詰まった異物感が具体的な事象として露呈した。
「疾風や。我々の集落で桃太郎のことを、そんな風に呼んだ事はありませぬ。
精進が足らんこと。心得なさい。」
シュンとなって縮こまる激動は桃太郎には新鮮に見えた。
「桃太郎や。自己紹介が遅れた非礼を詫びましょう。深い森林に囲まれ人知れず生まれ来る
桃太郎の子宮となりて、世にあなたを生み落とす聖域の長の役目を受け継いでおります、
鈴木と申します。」
ペコリと頭を下げる。鈴木さんの奇っ怪な文言が桃太郎に雰囲気として伝わり
桃太郎も頭を下げざるを得ない感じにした。
「さて我らサンクチュアリの守り手の主な活動は、桃太郎様の武勇を世に広く伝える事でありまして
昔話桃太郎を初めとする勧善懲悪を主題とした伝説を世界の津々浦々へ流布する活動を積極的に
行っておりまする。近年では『桃太郎危うし！樹上の決闘編』『激突！ヘサフェスタス・フォッサ攻防戦』
『桃太郎外伝・犬神の野望』など多岐に渡る執筆活動が実をむすｂ」
饒舌に語り始めたババアに激動がまったをかける。
「ちょ、ちょっとババ様。恐れながら、随分と話が逸脱しているのではないでしょうか。」
ふむ、と一息ついたババアは、さらりと提案を受け入れ思いついたように話し出す。
「こほん。　疾風や。老い先短い者の話は黙って聞くものですよ。」
つっかけを履き腰が曲がったおばあちゃんは杖をつきつつ近寄り
魔女が持っているような木製の古びた貫禄のある杖を、ひょいと持ち上げ器用に
先端で激動の頭を小突く。
ジャラジャラと首回りを賑やかに飾り立てているオーナメントには、これまた年季が
感じられ、赤を基調とした大き目の貝殻にはなにやら、造形が施されているようだ。
桃太郎からの視線に気づいたのか、片目でチラリと桃太郎へと視線を飛ばす。
「ふむふむふむ。　桃太郎や。　そなたの、その眼の先に映るは、まさしく
ババの胸であろう。　ヌフフ、桃太郎と云えども男は男ということぢゃな。」
と勝手に自己完結する始末。　老女ボケ易く、コミュ(ニケーション)とり難し　ということわざの
起源ともなったとされる。
ブワッと全身の体毛と頭髪は天を衝かんばかりに逆立ち、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム
とは、かの如くと語り継がれそうになった。
思考よりも体が素早く反応する。
邪悪に目を光らせ口から有害そうな吐息を放ちつつ暴走機関車よろしく
クソババアに突進する桃太郎はウエスタンラリアートの構え。
クソババアのその首根っこに剛腕を勢いにまかせてぶつけ、そのまま地面に叩きつけるという算段だ。
御老体には絶対しちゃいけない系の技だ！
んがしかし、その刹那、桃太郎は怒りに身を任せて我を忘れたことを後悔する。
耄碌して腰の曲がっていたと思ったババアは突如として視界から消える。
否、それは足を折り曲げコサックダンスのポーズで桃太郎の足を躓かせる為に見えなくなってしまっただけだった。
前のめりに転倒する際(きわ)に足払いを済ませたババアがスルリと腕に掴まり桃太郎の地面に倒れこむ慣性を利用し
クルリと腕回りを回転し真上へゲインする。
ビターンと無様に地面に倒れこむ桃太郎に追い打ちをかけるようにババアが上空から十字架に磔にされたポーズで
背中に落下しダメ押しの一発を決めた！
「で、出たー　鈴木純情派ハニカミ流奥義　フィジカル・ラブ・クライシス(危機的肉体愛)！決まったはぁん！」
ズシンと、その小柄な体躯からは想像もつかない重い一撃が背中から伝わる。
インパクトの瞬間には内臓が圧迫され、骨が軋み、体が、Ｖの字に折れ曲がり、同心円状に砂埃が巻き上がる。
そんな致命的な致命傷に至るのは確定的に明らかな一撃を受け、なお
なんとか一命を取り留めたのは、このウェットスーツのおかげでしょう。
ご覧ください。局所的なダメージを広範に拡げることにより、緩和します。
「ウェットスーツが無ければ死んでいた。」と語るのは鬼討伐部隊で活躍していらっしゃる
猿族の３７歳男性アレスさん。
こんな有難い純猿国製ウェットスーツをこの度は２枚お付けいたしまして１９８００円！
そこから、あなたの着ているＴシャツを下取りに出して頂きますと１００００円値引き致しまして
なんと９８００円！※送料別途
限定５０セット！
というような宣伝やってたなーとうっすら思い出した鈴木さん。
シンバルを打ち鳴らした後に響き渡る残響がゴウンゴウンと唸るように
ババアが十字架に磔になったようなポーズのシルエットは、かげおくりの原理で激動の眼球に焼き付き
ババアの背後にその残響を揺らめかせ、さらなる神々しさをトッピングした。
暫くの余韻を楽しむように、静寂が訪れ砂埃が立ち去るまで激動は
涙目になって、その場から動かないし、ババアはラジオ体操でも始まるかのようにのんびりとしたものだ。
「だぁーっくそっ　いつまでのっかってやがる」
しばらくはやられた体(てい)を装っていた桃太郎の我慢にも限界はある。
もちろん、ババアにわざと、してやられて無様な恰好を激動に晒したかったわけではなかった。
しばらく、のんびりと自分の背中に載っているババアを許していたのは、純粋な敬意によるものである。
桃太郎は自分の身体能力を鼻にかけ、驕っているわけでは全くなかったのだが、
頭に血が昇っていたのと、老いぼれと思って見くびっていた節も相まって
(完全にしてやられた)と刹那の攻防を省みる。
ふわりと浮くように桃太郎から降りるババアには重力が働いていないかのようだ。
「にゃかにゃかに桃太郎殿も筋が良いが疾風に毛が生えた程度かにゃ」
急に猫撫で声でそんな事を言われるのも気味悪いが、それ以上に桃太郎は
ババアの喋った内容に激昂する。
「なんだと　このクソババア　俺がこの眼鏡の貧弱体質と似たかよったかだと？」
いつも以上にものわかりのイイ桃太郎が出た。
「左様。　桃太郎殿の言うところの眼鏡の虚弱体質にはワシが1から稽古をつけて…
えーっと　　何年になるかのぅ？」
激動は完全に眼鏡の虚弱体質というレッテルを貼られて涙目だった。
「ババ様　かれこれ１５年になります。」
「ふぇぇ　疾風ちゃんももうそんな歳になるのかい。大きくなったねぇ」
「ババ様　そういう話をしてるんじゃないんです。」
激動は(こんのクソババァ)という言葉を飲み込んで話を元に戻す。
「要はそなたら二人はまだまだひよっこ。だが水先案内人の命を激動疾風に授け
　この場よりそなたら二人は旅立つことになる。」
きょとんとする桃太郎と目を瞑ったまま頷く激動の二人の反応は対照的である。
「旅立つ？どこへ？」
あっけらかんと桃太郎が思ったことを口にする。
「それは水先案内人が知っておる。ただこの村から脱出するのは骨が折れるぞよ。
　覚悟していきなされ。ひよっこ達。」
キヒヒと邪悪な笑みを浮かべ魔術の類を使う魔女のようにババアが言う。
ウゲェーといった面持で気味悪い物を忌避するように顔を歪める桃太郎。
「そ、そんな気味悪いこというなよなバァさん。」
ゾワゾワする気持ちを抑えて桃太郎は言った。
反面、覚悟を決めて男性ホルモンが高まっているような感じの激動は微動だにしない。
「桃太郎さん。　あなたは当たり前かもしれないが桃太郎なんだ。
　この森を抜けるっていうことは死ぬかもしれないっていうことを覚悟して行くっていうことなんだ。
　覚悟はできてるか？俺はできてる。」
急に死という現実的なワードを聞いて桃太郎にも緊張が走る。
そして、それ以上に眼鏡で虚弱体質なヤツに先を越された感が否めずに
同調して躍起になった。
「て、てめぇにそんなことを言われるまでもねぇーんだよ。
　覚悟はできてるか？だって？端からできてるわい」
おもむろに腕を組んで付け焼刃な体裁を整える桃太郎はダサかったが
負けん気の強い桃太郎の自尊心は保たれた。
「ふむ。準備はできたようだね。ではこれを渡そう。」
と桃太郎に渡されたのは桃とど真ん中に書かれその背後に桃が三つ、それぞれ別方向に
あしらわれたワッペンだった。
いぶかしげにそのワッペンとババアを交互に睨み、怪しんでみせる桃太郎。
なにかよほど厳かな品を賜られると思っていたのか拍子抜けするように、それを受け取る。
「それはそなたが、そなたの目で見て、信頼に足りうると思った人にだけ渡しなさい。」
さっきまでとはうって変って慈愛に満ちた表情で優しく手渡されたワッペンは三枚。
「ぼーいずびーあんびしゃす！ｂ　古い言葉で『さよなら　また逢いましょう』という意味よ」
と言って握った拳の親指で天を指し朗らかにババアが言う。
なにか途方も無い道のりを暗示させるような気持ちがババアの無邪気な仕種によってかき消されるようだ。
手を振って大声で
「いってくるぜ！ババァー！」
と桃太郎も晴れやかに自らの船出を彩った。もう振り返りはしない。
さわやかな別れだった。晴れ渡る胸の高鳴りを噛みしめ、しばらく歩くと。
「ババ様が『ボーイズビーアンビシャス！』って言ってましたよね。」
腫物に触るようにおっかなびっくり激動が喋りだす。
「あれホントは『少年よ　大志を抱け！』って意味なんですよね。」
と激動がボソッと言う。
シャッとカーテンが勢いよく締まるように感動が薄れる。
一体今の晴れやかな気持ちはなんだったんだろうと虚無感に襲われる。
なんとも締まりの悪い旅立ちだ。
「ほんっっと、テキトーなバァさんだなぁ～」
と桃太郎が両手を後頭部に回し呆れた。