三回飛んだ犬はベテランで、チキンだという。
狭い空間に俺一人。当たり前だが、静かだ。現在待機モードの戦術機コクピットには最低限のハムノイズだけが満ちている。俺はグラブの中に冷たい汗を感じ、触る必要も無い操縦桿を何度も小指から握り直す。
──高度500km、地球低周回軌道。再突入殻に押し込められ、薄暗い地球を頭上に眺めながら、俺は人生三度目の軌道降下突入、いわゆるオービットダイブを毎度変わらぬ恐怖心で待ち続けていた。
手首から先が小刻みに震えている。誰が見てるわけでもないが、俺はさっきから操縦桿を握り直してそれを誤魔化し続けてるというわけだ。
(ったく、新兵だってこんなにはビビらねえだろうよ……)
自嘲気味な思いが呟きとなる。ベテランなんて言われても所詮はこのザマ、大体たった三度目の出撃でベテラン呼ばわりされるコト自体が果てしなく間違っている。
おお我ら選ばれし四人、「二戦」練磨の古強者。……何のこたぁない、軌道降下兵団の作戦生還率が20%を切ってるってだけの話だ。ルーキー犬百人集め、百人が二十人、二十人が四人、そして仕舞いの四度目にはゼロ人って寸法だ。犬としちゃルーキーとはいえ、ほとんどが歴戦の──こっちは文字通り──戦術機乗りから選抜されてるってのにだ。なんとも目出度いベテランである。
ため息が白く散る。体温調節は強化服に任せてあり、コクピット内には防霜用の最低限のヒーターしかついていない。もちろん寒さは感じないが、呼気の曇る様がモルグみたいで辛気臭い。ただでさえ「空飛ぶお祭り男」などとありがたくない渾名を持つ再突入殻だ。俺たちを背負う駆逐艦自体、昔は「空飛ぶ煉瓦」なんて呼ばれてたらしいが……再離脱もフライバイもできない棺桶に較べりゃ白鳥の如しだ。
嗚呼落ち往く棺桶、目指すは回廊どん詰まり。重金属の雲の下、ゴールで待ってる素敵なハイヴ。突入失敗火葬場送り、着陸失敗完全土葬、BETAに食われて鳥葬三昧。どれを選んでもジョン・ドゥ直行、死体袋の出番すらないクソったれ───
(チッ、いい加減にしねえかこの野郎、目の前の電話に集中しろ)
脳裏で延々と続く愚痴に我ながらうんざりし、軽く舌打ちして辛気臭い発想を頭から振り払う。
網膜投射されたコンソールを再確認。ステータスモニターチェック、コネクション・グリーン、バイタル・ステーブル。……ま、集中といったところで、軌道待機中の戦術機にやる事なんてほとんど無い。そもそも、戦術機の主機は酸素なしには回せない。再突入殻を通して駆逐艦から供給される動力で細々と通信系と生命維持系を維持している状態だ。つまり棺桶が放り出されるまで、ただこうしてへその緒の安定を確かめるぐらいが関の山だ。
ひとたび駆逐艦から分離されても、更に外殻から開放される高度二千メートルに到るまで、雀の涙のサイドスラスタと重心移動で僅かな姿勢制御が出来るぐらいのもんだ。まったく、放り出された棺桶の中で転げまわる死体と変わらない。