清掃員広平第2話(最終話)
その時期の東京では、気が狂ったように晴れが続いていた。
大勢の人々が行き来する東京は、まるでプールの更衣室のような湿気が漂っている。
息をするだけで、その強烈な湿気が肺に絡み付き、そこにいること自体に嫌気がさすような環境である。
そのうだるような暑さの中、一人の男が歩いていた。
彼の名は、そう、広平だ。彼は先日、とあるビルをそのおびただしい量の精子でコーティングしたのだ。
あのビルの壁を伝い、下へ下へと流れ落ちてゆく精子のぬらぬらと光る様子。
それを思い出すだけで広平のチ●ポは濡れた。つまり、カウパー汁である。
広平はコンビニで買ったアイスを股間に当てて、アソコを冷却しながら歩いていた。
「出そうだ。」
彼は小さく呟いた。
周りには大勢の人がいる。まだ昼間の午後1時だ。
会社の昼休みで、昼食をとりに行く途中のサラリーマンや、これからアルバイトに行くのであろう学生など、多種多様な人々が広平の周囲をまるで何かに追われるようにせわしなく歩いている。
どこかで精子を放出できる場所はないか。
広平はあたりを見渡した。
だがあたりには人、人、人で、どこにも精子を放出できるような場所はない。
仕方がないので、その場でスボンを下ろし、溜まりにたまった精子をその場にぶちまけた。
周りの通行人がまるで何か化け物を見るかのような目で広平を見た。
だが彼にはそんなことは関係ない。ただ、精子を出す。それが彼の生き甲斐であり、また存在の理由なのだから。
ひとしきり精子を放出し終えると、広平は、茫然自失としている周囲の人々など気にかける様子もなく、チ●ポをズボンにしまい、再び颯爽と歩き出した。
その歩調に合わせて屹立したチンポが揺れ、またもや射精感を覚えた。
だが、まだ先ほどの放出から1分もたっていないのに、もう一度精子を放出することは彼のプライドに反することだ。
目的地に着くまで我慢することとした。
広平が目的地に着くと、そこには精子のコーティングがほとんどはがれ落ちてしまったあのビルがあった。
それを見た瞬間、広平は激しい怒りを覚えた。
「俺の・・・俺の精子が・・・・」
歯ぎしりをし、彼はその怒りによっていっそうビッグになったチ●ポをビルに向けた。
そして烈火のごとく、高速でしごいた。しごいた。しごいた。出た。
彼の尿道から射出された精子は美しい白濁色をしており、さらに美しい放物線を描いてビルの壁面にブチ当たった。
みるみるうちにビルが真っ白にコーティングされてゆく。
その様子に広平はさらなる興奮を覚えた。今自分が激しく欲情しているのが分かる。それが先ほどの激しい怒りによるものなのか、それともこの美しい光景を見たことによるものなのかは判然としなかったが・・・
いったいどれほどの間精子を出していたのだろうか。気がつけばそこには、先日と寸分違わぬ精子コーティングビルが出来上がっていた。
広平は満足げにうなずくと、社会の窓から飛び出した3.5mほどのチ●ポをそのままに、鼻歌まじりに歩き出そうとした。
「麗らかな日差し」とはこのことを言うのだろうと、広平はその真っ青に晴れ上がった空を見上げた。
その時である。何か警察のサイレンのようなものが聞こえ、そして広平の視界に機動隊の車両が飛び込んできた。
彼はその状況を理解するのに、わずかに時間を要した。
その車両からは、盾を構え銃で武装した警察隊が降りてきた。
彼らは一斉に盾を構えると、その銃口を広平の方へと向け、スピーカーで彼にこう呼びかけた。
「お前は完全に包囲されている!抵抗はやめ、そのチ●ポをしまって、おとなしくその場にひざまづけ!」
広平は目を剥いた。
この気高く、美しいチンポをズボンにしまえと言うのか。彼らには美的センスというものが感じられない。
広平はその点に対して激しい怒りを覚えた。だが相手は銃を構えて、鋭い猟犬のような目つきで広平を狙っている。
少しでも妙な真似をすれば、すぐに射殺されてしまうということは、いくら世間に疎い広平といえどすぐに理解できることであった。
だが彼には即座にある妙案が浮かんだ。
こいつらに、俺の美的センスを教えてやろう。
広平はその場にひざまづいた。警官隊の雰囲気からわずかだが、確かにほんの一瞬、緊張が消えたのが分かった。
今だ。
広平は目にも留まらぬ、まさに人間とは思えないようなスピードで立ち上がり、左右にステップをふみながら警官隊が作る盾の方へと駆け出した。
だが警官隊も馬鹿ではない。即座に狙いを広平に定め、銃を乱射した。だがそんな弾丸など、今の彼には通用するはずがなかった。
もはや広平のスピードは人間の目で捉えられるスピードでは無くなっていた。
文字通り目にも止まらぬ早さで左右にステップを刻みながら、かすかに、しかし確かに彼は警官隊の方へと近づいていった。
その間、わずか10秒程度だっただろうか。
広平は警官隊の盾の目前まで詰め寄った。
そして一気にチンポにエネルギーを集中し、一気にその精を放出した。
うつくしく、麗らかな日差しの中で彼の精子達は元気よく警官隊の盾に激突した。
ゴウゥン
という鈍い音とともに、警官隊の銃撃は止んだ。
周囲にいた人々は、何がおこったのかを知ろうと、目を凝らした。だが、当たりには白く濃い霧、つまりは広平の精子の霧がうずまいており、何が起こっているのかを知る術はなかった。
その状況をただ一人完全に理解していた男はただ一人。広平のみである。
彼は何をしたのか。
その答えはきわめて単純なものだった。広平は警官隊の鉄製の盾に尿道を隙間なく密着させると、一気に彼のエネルギーを放出したのだ。
彼の尿道から出ようとした精子は、盾により再び広平の精巣に帰ろうとするが、その途中で同じようにやってきた精子とぶつかり、さらに跳ね返されて警官隊の盾にぶつかり・・・というループ現象が起こったのだ。
それはつまり、彼の精子砲の威力の倍加を意味する。
そして、通常の300倍以上のエネルギーを持った精子砲は、放出された瞬間、辺り一帯に爆風(精子による)を巻き起こし、そこにいたすべての人間を卒倒にいたらせたのである。
いや、しかし「すべての」というには語弊がある。正しくは「広平以外のすべての」だ。
ようやく精子の霧が晴れたとき、そこにはただ一人、巨根を携えた男が立っていた。
その様子を見た、警視庁の小沢捜査部長は開いた口が塞がらなかった。
さらに驚いたことに、その爆風の中から唯一生還した男は、微笑んでいたのである。その微笑みは、まるで何か美術的なものに陶酔しているような、高尚な微笑みであった。
小沢は大急ぎで無線をつかみ取り、自衛隊の出動を要請した。
自衛隊の戦車が到着するまでの数分間、広平は微動だにせず、ひたすらにその微笑を保ったままそこに立っていた。
戦車の走行する轟音が響き渡り、広平からやく30メートルほど離れたところで停車した。
そして、戦車のスピーカーからこのようなアナウンスが流れた。
「お前は完全に包囲されている。逃げ場はない。ただちに降伏せよ。」
その呼びかけで、ようやくその戦車の存在に気がついたのか、広平は一瞬虚をつかれたような顔をした。
だがその状況を即座に理解した彼は、戦車の方をただ一途に見つめ、表情は崩さないまま、おもむろにチ●ポをさすり始めた。
その瞬間、ものすごい轟音をともに、戦車から砲弾が発射された。もちろん広平に向けたものだった。
そして砲弾が着弾した場所ではものすごい爆風が広がり、あたりを一瞬にしてがれきの山をしてしまった。
だが、その時すでに広平は走り出していた。
彼には、すでに戦う術が残っていなかったのだ。すでに3ヶ月分の精子はすべて放出してしまった。
これ以上の精子をひねりだすことは、彼にはできそうにもなかったのだ。
彼は無我夢中で走った。何も見えない。何も考えられなかった。
息も絶え絶えに、彼はとあるドーナツ店に転がり込んだ。その店は、先ほどの出来事など嘘のように、通常通りの営業をしており、そこには何も知らない人々がドーナツを買い求めて列を成しているところであった。
彼らは皆、その広平の異様な容姿を見て、震え上がった。
彼のズボンからは、一つの独立した生物であるかのような性器が飛び出していたからだ。尿道口が、まるで生き物の口のようにパクパクと、獲物を求めるかのように開いたり閉じたりしていた。
広平は、最後の力を振り絞った。
なぜかその時彼の脳裏にはただ一つの言葉が浮かんでいた。
「むへへへへへへへへへへへへへへへへへ」
それが何を意味するのか、彼には到底理解できなかったが、だがしかし、彼が成すべきことは驚くほどすっきりとした形で理解できていた。
そうだ。精子を出すことだ。
彼は渾身の力で、その尿道から最後の精を放出した。周りの人間は泣き声ともわめき声ともつかないような声を上げながら、ドーナツ店を飛び出してゆく。
そして、それとほぼ同時に彼の後を追ってきた警官達がドーナツ店に飛び込んできた。
彼は、すでに全身の力を使い切っており、何の抵抗も出来ないまま警官達に拘束されたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼が連れ去られたその後、ドーナツ店にはほとんど人はいなかった。
が、ただ一人、そこには彼がいた。
彼の名前は北条朋生
そのドーナツ店の店員だ。
彼はその目に焼き付いた映像に、ひたすら心をうたれていた。
あの、渾身の力を振り絞って自分の精を最後まで出し切ろうとする男の表情。
その表情は、この世のなによりも美しく、かっこよく見えた。あこがれとも言える。
朋生は感涙の涙を流し、その場にうちひしがれた。
完