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ドラえもん声優問題に見る日本人の議論の仕方の変容について

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 しばらく、この『自説自論』から離れていたのだが、今回あることでたいへん憤り、憂慮したので再び投稿したいと思う。

 今回取り上げる問題はアニメ『ドラえもん』の声優交代問題、いや、正確にはそれを巡って九年間ずっと非難の応酬を繰り広げている人々の問題である。

 きっかけは、VIPのスレでドラえもん声優問題についてのtogetterを引用していたことである。僕は「ああ、なんか未だに『声優交代は許せない』『今のドラえもんが好きだという子供が許せない(注)』とか言っている人がいるんだよな。確かに、交代後の声優に違和感はあるけど、もう九年も経ったんだしいいじゃないの……」という軽い気持ちでそのtogetterを見た。

注:下記のYahoo知恵袋を参照のこと。
「昔のドラえもんを知らない今の子供たちが許せません。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1024393975

 しかしながら、そのtogetterの中にはそれらの「新ドラ否定派」と同レベルの、大変不快感をもよおすものもあった。以下、いくつかのツイートを引用する(発言者の名前は伏せておく)。もちろん、togetterのURLも貼っておくので、そちらも是非見てほしい。

「アニメ・ドラえもんリニューアルからもうすぐ7年。未だに文句を言う人達について考える」(注:このtogetterは二〇一一~二〇一二年のツイートを元に作られたものである)
http://togetter.com/li/145878

「「大山のぶ代ファン」と「『ドラえもん』ファン」と一体どっちが多いんだよw と言いたくなるようなこともしばしば。」
「@****** 大山のぶ代(の声)ファンだと思います。大山後期~末期の時々見捨てながらも見続けて耐えた日々は何だったのか虚しいです…。大山ドラを過剰に賞賛する連中は「末期の惨状を目にする前に"卒業"した癖に今になって文句を言っている」としか思えない時があります。」
「末期の惨状」とはどういうことだ? 僕は大山版『ドラえもん』の末期がそれほどひどいものとは思えない。それに、大山ドラの支持者だって『ドラえもん』ファンのはずである。それを「裏切り者」「獅子身中の虫」かのように言うのはどうなのか?

「あれは本当だったら結構大きな問題だと思います。RT @******: 大山のぶ代さんの自伝やインタビューに、シナリオに含まれていた「子供にはよろしくない」表現を現場のアドリブで和らげていったというエピソードが出ていますね。「ああ、こうやってあのシーンやあのシーンが改竄されちゃっ」
 ひどい言い草である。改竄! 大山のぶ代さんがアドリブで表現の仕方を変えたのは「『ドラえもん』は子供の見るもので、アニメは子供の成長に大きな影響を与えるものだ。だから、子供に悪影響をおよぼすような表現は良くない」と彼女なりに考えた結果だろう。そこに悪意はなかったはずだ。なのに、「改竄」などとあたかも検閲か何かのような悪いことが行われたかのように言っているのである。だいたい、原作とアニメに(別物ほど違いがあってはいけないだろうが)多少の違いがあって何が悪いのだろうか。完全に同じものでなければ認められない、違いを楽しむということを知らない人たちなのだろうか。

「こっから先は個人的な好き嫌いの話になるけど、大山のぶ代さんの『ドラえもん』という作品に対する理解は、けっこう一面的で浅いというか、かなり自分なりの解釈があって、原作の良さを表現できていなかった面も多いと思ってる。役者として、それは悪いことではないけれど。」
 何様のつもりなのだろうか。自分が「世界で一番『ドラえもん』を読んでおり、完全に理解している」とでもいうのだろうか。そもそも、『ドラえもん』に対する理解なんて人それぞれ、十人十色の違いがあるはずだ。だから、大山さんの解釈が「一面的で浅い」ものだとしても、別に問題ないのではないか。

「「昔のドラを再放送!」とかおっしゃる方々にはサブタイトルの背景がピンク色でデジタルペイントになってからの大山ドラをじっくり観せてやりたいものです。当然、OPは東京プリン、EDはナマズでしょう。」
「ぼくには耐えられないwww RT @******: 「昔のドラを再放送!」とかおっしゃる方々にはサブタイトルの背景がピンク色でデジタルペイントになってからの大山ドラをじっくり観せてやりたいものです。当然、OPは東京プリン、EDはナマズでしょう。」
 これまたひどい発言だ。サブタイトルの背景がピンク色でなぜ悪い? デジタルペイントでなぜ悪い? 「いつまでもセル画を使ってろ、アニメーターの苦労なんて知ったことか」とでもいうのか。東京プリンのOPでなぜ悪い? 僕は結構好きだったぞ。いつまでも初代のオープニングテーマを使っていろというのか。

 もちろん、こんなひどい発言を「(笑)」とか「w」といった人を馬鹿にする言葉をつけて言っている人だけではない。ちゃんと真面目に「新ドラの良さ」を訴えている人もtogetterにはいる。だが、上記の発言をした人たちの印象が頭から離れない。

 つまり、彼らの発言をかいつまんで言うとこういうことになる。
「大山のぶ代版のドラえもんは大山のぶ代独自のアドリブによってドラえもんの『毒』が抜き取られていた。また、末期になるとお涙頂戴的な感動話や、PTAの影響を受けたのではないかという話が増え、見るに耐えなかった。それに対し、今の水田わさび版新ドラえもんは原作重視のストーリー展開になっており、旧作に比べ素晴らしい」

 確かに、彼らの言わんとすることはわかるのである。だが、こんな乱暴な言い方で言うか、普通?
 そりゃあ、今まで大山派に罵倒され続けたのだから恨みつらみはあるだろう。しかし、それに同じ言い方で返せば、ますます大山派の反発を買い、争いは激しくなるはずなのだ。「確かにあなた方の言いたいことはよくわかるが」などという枕言葉があってもいいはずだ。いや、そもそも旧作に対する批判すら必要ない。「新作は原作に忠実で、旧作とは違った良さがある」こう言えばいいだけの話だ。なのに、なんで「改竄」なんて言わないといけないんだ?!
 もはや、僕には彼らが「旧作を非難すれば相対的に新作の価値が上がる」などと考えているのではないかとしか思えない。しかし、そんなことをしたところで価値は上がらない。旧作ファンが新作を罵倒することで旧作の価値が上がることがないように。僕は今まで「一部の旧作ファンのみが過激な言動をとっており、新作ファンはそれに虐げられている」と思っていたのだが、どうも違うらしい。新作ファンの中にも過激派がいて、旧作ファンの神経を逆なでしているようだ。
 こんな人々が「藤子・F・不二雄のファンです」などと言っているのはどうなのか? F先生は、こんな不毛な争いを望んでいなかったはずだ。草葉の陰で泣いているだろう。

 もはや、このような喧嘩腰の発言が続くのは、日本人の議論の仕方の変容が影響しているのではないだろうか。このドラえもん問題に限ったことではない。今やネットでの議論は、非常に暴力性が伴うものなのだ。2chでの「議論」と呼ばれる罵り合いをはじめとして、Twitter、facebook、LINE、まとめブログ等々……。ありとあらゆる場所で行われる「議論」は、非常に残忍で、暴力的で、相手の精神をへし折ってしまおうという悪意に満ちている。
 かつて、思想家の内田樹は文章で、現代は「呪いの時代」だと述べた。以下に彼の発言を抜粋する。
(断っておくが、僕は彼のファンでも何でもない。むしろ、彼と僕の思想は真反対であり、彼の思想を全て支持することはない。ただ、この問題に対する彼の発言が非常に興味深い、参考に値するものだと思ったからである)

「現代日本社会は「呪い」の言葉が巷間に溢れ返っています。さまざまなメディアで、攻撃的な言葉が節度なく吐き散らされている。
 現実に、ネット掲示板に「死ね」と書かれ、それにショックを受けて自殺する人たちがいる。これを「呪殺」と呼ばずにどう呼べばいいのでしょう。
(中略)
 憎悪や嫉妬を撒き散らすこの風潮は、ネット世界から現実の社会全体に広がっています。テレビ番組に出てくる政治家を見ていると、平気で他人の発言を遮り、切り捨てて、大声で自説をまくし立てるだけ。相手の主張に耳を傾け、落としどころを探るというような政論番組はどこにも存在しません。まくし立て、揚げ足を取り、論点をずらすことに長けた脊髄反射的な政論家たちしか、テレビにはもう出てきません。
 このように貧しく刹那的なやり方が、今は「ディベート」と呼ばれて話し方の標準になっています。隙あらば相手の話の腰を折り、どれだけ事実誤認や推論上の間違いを指摘されても自説を撤回しない。相手を絶句させるタイミングだけを窺っている。私たちの社会からはもう、「情理を尽くして説く」という作法が失われてしまっています。」
「内田樹「呪いの時代に」ネットで他人を誹謗中傷する人、憎悪と嫉妬を撒き散らす人・・・・・・異常なまでに攻撃的な人が増えていませんか」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/28694 より引用

 彼の言うことがある程度当たっているのではないかと僕は思う。今回のドラえもん問題に関しても、旧ドラ派・新ドラ派の両方が「呪い」の言葉を相手にぶつけている状況だ。旧作ファンは「あんなのドラえもんの声じゃない」、新作ファンは「原作の改竄」と言って、お互いに罵っているのだ。

 一体いつになったら、この問題は解決するのだろうか。もしかしたら、どちらかが死滅しない限り、いつまでも罵り合いは続くのかもしれない。
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