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第十一話 刹那の死闘

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 しかし、天馬はこの状況に対して絶望的な気分に襲われていた。
 相棒の背中に疑惑の視線を送らずにはいられない。
 シマはなにを考えていたのだろう。その場の空気に流されてしまっただろうか。だとしたら情けなくて泣けてくる。
83, 82

  

 四 ①①① ⑦⑦⑦ 666 777

 この四暗刻のなにが問題か。
 フリテンかつ純カラなのである。
 四萬はすでに一枚シマが切り、場にも二枚見えてしまっている。
 リンシャンツモで7ソウをアンコにしたのはいいが、どうして南を切る必要があったのか。
 これではツモることすら不可能。まったく無意味な張子の虎ではないか。
 ただ、それをわかっていない雨宮たちには脅しとしてこれ以上ないほど効いている。
 倉田は何度も何度も手中の牌とシマの河を見比べて、ようやく五萬を切った。
 どうしてこんな……。

<シマ 手牌>
85, 84

  

 ③ ①①① ⑦⑦⑦ 666 777

 ……③ピン!?
 心臓が跳ねた。もうさっきから、なにが起こってるのやら天馬にはわからない。
 と、シマの手が③ピンを一瞬覆うと

87, 86

  

 4 ①①① ⑦⑦⑦ 666 777

 まるで魔法がかかっているようだ。シマが手を重ねるたびに単騎待ちは②ピン、5ソウへと変化し、再びフリテン四萬へ戻った。
 一体、なにが……あっ!!
 天馬の脳裏に稲妻走る。シマの持つ牌、その共通点に気づいたのだ。

<南三局 シマのアガリ>
89, 88

  

 七八九 ①②③ 45 789 北北
      ↑↑ ↑↑

 元からあった四萬以外、②③ピン、45ソウは前局のシマの手牌の中身……。
 つまりシマはアガったあと、いくつかの手牌を卓に流し込まずに持っていたのだ。
 すべては、この時のために……。
 シマ、渾身の秘策……。


 四暗刻多面待ち――!!


 だが、妙だ。
 こんな簡単なイカサマがあるというのに、どうして雨宮たちはこのサマをしないのだろう。これをすれば、いくらでも待ちを変化できるというのに。
 このサマをすれば次の局は牌が足りないヤマが出てくるとはいえ、そんなものは卓を開けて直せばいいだけ。誰がやったかは不明なんだから、これほどいいイカサマはない。
 なにか、そうできない理由でもあるのか……?


 
 シマのアガリは確実かと思われたオーラス……。
 しかし誰も、シマも、待ちである②③ピン、45ソウを出さない。
 これは読みではなく、単純に引いてこないのだ……。
 いくらシマといえども、運命ばかりは変えられない。ただその前に立ち尽くすだけである。
 いまや、場に諦めムードなどはない。
 シマ・天馬はアガリに賭け、雨宮チームはただただ逃げ切りを狙う。
 そんな時……緊張の糸が一瞬切れたのか、八木が王牌を崩してしまう。

<崩されて見えた王牌>
 ②②中

「あ、悪い……」
 ここで雨宮は異端の才覚、その片鱗を見せる。
 一瞬で、あることに気づいたのだ。

<雨宮 イカサマする前、本来の手牌>
91, 90

  

 ②② ⑥⑥ ⑧⑧ 33 77 東東 南

 シマは今、恐らくは四暗刻単騎待ち。つまり②ピンは決して待ちではない……。
 ②ピンを引ければ……。
 そして雨宮は、自分が神に愛された男だということを再び自覚することになる。
「リーチ!」
 倉田がリーチしたのだ。恐らく、回しているうちにチートイを張り直し、その待ちがションパイなのだ。だから自分でこの半荘を終わらせようとした。リーチは恐らく気持ちが動揺して、思わずしてしまったのだろう。
 素人は駆け引きしているフリをして、意味のない行いをする。
 ここまで雨宮の思考、倉田の放ったリーチ棒が卓に着地する前に完了。
 そしてリーチと来た以上、シマも、無論天馬も、一瞬は倉田に注目せざるを得ない。
 その隙、見逃さない。
 雨宮は次の自分のツモと王牌の②ピンを入れ替える。
 これで俺のツモはラスト。鳴きが入ることもない。
 今度こそ終わった。

 届かないのさ……。
 どれだけゴミが手を伸ばそうと
 奴隷は王を倒せない。

 雨宮ツモ:②ピン

 終わりだ……虫ケラ……!

 打:②ピン







「 ロ ン … … !」


<シマ 手牌>
93, 92

  

 ② ①①① ⑦⑦⑦ 666 777


「っ……ざけんなっ、イカサマだ!!」
 雨宮の怒声が屋敷を震わせた。目が血走っている。
 その気迫に天馬は怯むが、シマは落ち着き払って雨宮を見上げている。
「ありえない、なんだそれは、貴様ぁ……!」
 シマは静かに倉田と八木の手牌、そして残りのヤマと王牌を開けた。雨宮が抜いた②ピンについてはなにも言わず
「王牌に一枚、わたしが一枚、君ので一枚。
 君の手牌の中に②ピンが二枚あれば、わたしのイカサマだけど?」
 この強気な態度で雨宮は悟った。シマはやはり彼の手が入れ替わっていることに気がついていたのだ。
「……俺の手牌に、②ピンはない……。俺が言いたいのはそういうことじゃねえ。
 その②ピンは、おまえが前局あがった手の牌だ。それを卓に入れずに隠し持っていた……。
 この四暗刻のためになっ!
 そして他の③ピン、45ソウあたりも持ってるはずだ……」
 よく見ればシマの手牌は7ソウがアンコっている。そしてこれも雨宮の本来の手にトイツっていた牌。
 こいつが牌を隠し持っていたことは間違いない。
 あとはその証拠さえあれば……!
「さあ、両手を開いて見せてみろっ!!」
 天馬が不安そうにシマを見つめている。
「シマ……」
「大丈夫だよ、馬場くん」
 シマは静かに微笑んだ。
 両手を、まるで逮捕される犯罪者のように卓の前に突き出し……開いた。



「カラですね」
 頭上からカガミの声が降ってくる。
「ま、待てまだ……」
 雨宮がそれ以上口を開く前に、シマは河と手牌を卓の中にブチこんでしまった。
「っ! 貴様っ……!!」
「わたしの手にはなにもなかった。それともなに? 抜いた牌を河に紛れ込ませていたとでも? どっち道、もう証拠はないけど」
「くっ……」
「覚えておくといい。ヨミってのは一度間違えたらすべて終わりなんだ。
 その一回をあてられなかった時点で……
 君の負けなんだよ」

 雨宮の奥歯が砕け散った。




 天馬は震えていた。口から血をこぼしている雨宮に怯えているから、ではない。
 シマだ。
 どうして、シマにはわかるのだ。
 天馬は手の中にある牌を落とさないように握り締めなおす。
 シマが持っていた待ち牌、四萬、③ピン、45ソウ、そして7ソウと入れ替わったリンシャン牌の白を。
 シマは、倉田が王牌を崩し②ピンが見えると、すぐに②ピン以外の牌を天馬の左手にこっそりとねじこんできたのだ。
 雨宮が王牌の②ピンを必ず手に入れようとすると見越して……。
 すべてが勝つための布石……。
 そのためなら、配牌で見えた三色も、三暗トイトイのテンパイも、ションパイの単騎もすべて捨てる……。
 天馬は痛切な思いに胸を打たれた。


 俺は生涯、こいつには及ばない。
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