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第二話 雪男と雪女

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「エ、エイヴィー!なんなのだこれは!!」
 朝早くから小さな家にうさぎのダミ声が響き渡る。
「え、何ってにんじんだけど?」
「そんなことを聞いているのではない!このすばらしい朝に、雪鳥のさえずりをBGMにしながらのステキな朝食の場。なぜ貴様だけパンを食べコーヒーを飲み、吾輩は生のにんじん一本だけなのだ!?」
「にんじんが嫌いなの?」
「にんじんが嫌いなわけではない!」
「なるほど、生なのが駄目だったわけね?」
「生か生でないかは問題ではないのだ!貴様らの持つ『兎はにんじん』という固定概念は吾輩には通じんのだ!!」

 この白いおばけ兎の声は全くもってうるさい。兎の咽喉が全く使い物にならなかったので腹部にトカゲの口を無理やり繋げたもんだからとんでもないしわがれ声だ。もしこんな声で歌われたらワド○ドゥもきれいさっぱりおにぎりになってしまうだろう。

「いろいろと突っ込みたいところはあるが、とりあえず朝食は貴様と同じものを用意しろ!」
「そんなに文句があるのなら朝食ぐらい自分で用意したらいいじゃない。」
「うぐっ。それは…」
 ユキメラが口をどもらせたそのとき、リビングの窓がコツンコツンと叩かれた。
「む?」

「エイヴィー、遊びに来たぞー♪」
「来ましたわー♪」
「早く出てこーい♪」
「出てきなさいですー♪」

 さて、ユキメラの小言から逃げ出すチャンスの到来だ。
「あ、ラエブとマクだわ。じゃ、遊びに行ってくる!」
「待て、まだ話は」

 ユキメラが最後の一言を言い切る前にコートと手袋を身に付け外に飛び出す。外まで届いたこの手でどうやってコーヒーを入れろと言うのだ!という悲痛な叫びは聞かなかったことにした。

「それにしてもよい顔で笑うようになった。」
 あの出会ったときの酷く暗かった少女の顔を、思い出せないほど今のエヴォルは楽しそうに笑う。そんな彼女を見ていると何も心配はいらないように見える。少女の笑顔をユキメラは嬉しく思うのであった。

「ボリボリ、む!?意外と生にんじんうめぇwww。」



―――



 ユキメラを造った日から私は不思議なものが見えるようになった。歩く小さな雪だるまの群れ、羽虫人間やスカイフィッシュ、奇妙な形のきのこや花なんかも。雪妖精の仲間には他にも雪の精霊やらやらなんやらいろいろな種類がいたりするとかなんとか。見えてないのは人間だけで雪山に住む兎や熊なんかの生き物にはもともと見えるんだとか。
 ユキメラは「貴様が吾輩を造った事でこちらの世界と関わりを持ったからではないか。ほら漫画とかでよくあるだろう。矢に刺されても生きてたら見える様になったりとか。」なんて言ってたけど結局何も分からないみたい。
 そして吹雪が続く季節が去って数ヶ月。太陽の光が雪に反射して上からも下からも私を照りつける、最近はそんな気持ちいい晴れた日が続いている。

 家から出て声のあった方へ行く。そこには小さな羽虫人間が二人。
 ラエブとマクは雪妖精のシルフとかいう一族だそうで。好奇心旺盛な彼女らは雪山で遊んでいる最中に私の家を見つけ、物色を開始。そこをエラサムがふん捕まえててお得意の小言をだらだらたれながしていたのを私が止めて、すぐに仲良くなった。
 アホの子よろしくどこぞのハムスターみたいな話し方をするのがラエブ、今にも全自動卵割り機を買ってきそうな父親を持っていそうな話し方の方がマクである。それにしてもこのお話、出てくる女の子はみんな幼女だな。作者の性癖はどうなっているのだ、けしからん。


「おそいのだー。」
「あんまり遅いからもう一万回正拳突き終わっちゃったのですー。」
 はいはい、つまり残りの時間は祈ることにあてたのね。

「ごめんごめん。ちょっとユキメラの小言を聞いててね。」
「う…。それは怖ろしい…。」
「です…。」
 どうやら今でも小言のトラウマは彼らの心に深く根を張っているらしい。

「で、今日は何して遊ぶの?」

「探検なのだ!」
「冒険ですー!」
「エイヴィー、ボクたち面白いものを見つけたのだ。」
「変な花ですー。それをエヴォルさんにも見せてあげますです。」

「変な花…ねぇ?」
 変な草花ならそこらへんに生えているがこの妖精達が変だというからにはもっと変なものに違いない。大変気になる。

「とりあえず見てみたいかな。じゃあ案内して。」
「じゃあ探検にしゅっぱーつ!」
「銀河の彼方へさぁいくぞーですー!」
 そうして小さな探検隊が結成された。探検隊、冒険と聞くと眉毛の濃ゆい例のおじ様が思い浮かぶわけですが勿論これからのお話にやらせは一切御座いません。
 そりゃちょっぴり動物の糞の匂いを嗅いで「ふむ、近いぞ」と言ってみたり謎の怪物の足跡を見つけたり、はたまた到底言葉通じなさそうな人に日本語で話しかけて胡散臭い吹き替えに心躍らせたりもちょっぴり期待しちゃったりなんかもしたけども。周りは雪、雪、雪ときどき一次生産者。

 そして歩き続けること数時間後…ついに最初に足跡を刻み始めた地点が見えなくなった。

「だが我がドイツの医学薬学は世界一ィィィ!できんことはないィィィーーーーーッ!!次は『い』でマクの番なのだ。」
「生き残っておったかッ!波紋の一族がッ!はい、エヴォルさん、『が』です。」
「第二部で攻めてくるわねぇ…。が、が…。『か』でもいい?」
「エキスパートルールなので駄目なのですー。」
「うぐぐ…。」

 こんな感じでとりとめのない会話を続けていたのだが、一向に目的のブツに辿り着く雰囲気にならない。途端に両足が休息を欲して重くなってきた。

「さ、さすがに疲れた…。…まだ歩くの?」
「エイヴィー、だらしがないのだ。」
「情けないですー。」
「あなたたちはいいわね、空が飛べて。」
「飛んでるのも楽じゃないのだ。エイヴィーがダメダメなだけなのだー。」
「エヴォルさんも飛べばいいですー。人間はダメな種族ですー。」

 カッチーン、少し頭にきた。人間様を舐めるとどうなるか思い知らせてやる。

「く、ククククク…ケケケケケ…フヒヒ。」
「どうしたのだ?自分の情けなさがそんなにおもしろいのだ?」
「エヴォルさんが疲れておかしくなったですー。」

「ケケケケ…」
「ほ、本当に大丈夫です?トイレに落ちてるものでも広い食いしたのですか?」
「わ、悪い冗談ならやめるのだ…」

 トイレに落ちとる食べ物ってなんじゃい。まぁとにかくびびってるわね。よーし。

「グハハハハ、空を飛べと言うなら見せてやろう!この姿は世を忍ぶ仮の姿!本当の姿は背中には空高く舞い上がるための大きな翼!炎を吐かんがために口は裂け、栄養の摂取を渇望し貴様らを肉塊とするために光る牙を伸ばす真の姿を!そして更に変身をまだ2回残しているのだ!苦労をして私を倒したところでさらにRPGではお決まりの黒幕的な第二、第三のボスが出てくることも知らずになぁ!そしてそれは尺を伸ばすための企業の戦略でもアルのだハッハッハ!ぉおおお!!!」

「え?え?え?ひ、ひぃいいいいいい逃げるのだ~~!!!」
「びぇえええええええん!」

ピューーーーと文字通り飛んで逃げる羽虫二匹涙目。
勝った。この私に口げんかで勝とうだなんて10年早いんだぜ。
しかしこの後のことを考えていなかった…。
周りに見えるものは枯れ木と自ら刻んできた足跡だけ…。
雪原に一人残された私も…涙目。
―――――――――



 その後、時間を使って羽虫2匹とどうにか合流を果たした私は更に歩き続けること数時間。

「ハァ…、もうだめ、もう限界、もう一歩も歩かないわよ…。」

「もう少しなのだー。」

「あの大きな枯れた木の下に生えてるですー。」

 マクが指差した先には確かに大きな枯れ木があった。今まで歩いた距離を思えばあとほんの少しである。人間というのは現金なもので、目標がすぐ近くに現れるとまだ歩ける気がしてきた。

「さっさと歩くのだ、軟弱ごぼう娘―。」

「今更泣き言言うなです、ロリロリキャンディーガールー。」

この二匹はまださっきのウソを根に持っているらしい。二匹とも更に毒舌になったのはきっと気のせいではない。

ぼそりと「どっちが上か一度わからせてやる必要があるわね。」とこぼしたら二人ともすぐに憎まれ口を返してきた。

「なにか言ったのだ?うぽっぽ野郎―。」

「ハッキリしゃべりやがれです、根暗マンシー。」

「別に何も言ってないわ。」
…いつかしめる。

そうして目指していた枯れ木にようやく到着した。

「やっと着いたー!つーかーれーたー!…で、こんなに苦労して見に来た花っていうのはさぞかしステキなものなんでしょうねぇ。」

「うむ、これなのだ!」

「変な花です、私達も今まで見たことの無い種類ですー。」

…そこにあったのは手の形をした花だった。もうパッと見た感じ氷付けの手が地面から生えているとしか思えない、確かに変な花だった。氷付けの手が地面から生えてる…。変な花…。

「ねぇ、これって……ホントに花なの?」

「地面から生えるものと言ったら木か花か草なのだー。」

「なんか花っぽく開いてるからこれは花ですー。間違いないですー。」

「でもこれ、どこからどう見ても人の手だよね。指と掌と手首だよね。」

「じゃあ人は地面から生まれてくるのかー?」

「子どものつくりかたを詳しく解説してやろうかですー?」

「手だってばこれ。なんで現実をみないの?バカなの?」

「エヴォルはこれが手にみえるのだ?こんな五本指があってその先に指紋があって」

「あ、意外と生命線長いですーこの花」

「今手相とか見たよね?手だよねこれ?」

「手…」
「手…」

「掘れぇえええええ!!」
「穴掘りシモンよんでこぉおおおおおおい!!」
「そぉおおい!!」
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザッザザッザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザッザザッザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザッザザッザッ

「なんか出てきたですー。人の…かかかっかか顔っ…」

「ンふぉひhjks@?lxふじこp!!」

「ほ、掘り続けるわよ!人命救助よ!」

ザザザザザザザザザザザザザザ

 氷が砕けないように周りを掘り続けなんとか引っ張り出した。そして全景が現れる。それはひょろっとした優男が氷の中で見事に静止している姿であった。ただ普通の人間と違うところがひとつ。その男の頭部にはごっつい角が生えていた。それはそれはバッファローマンを彷彿させるようなごっついのが二本ニョキッと姿を見せている。

「こ、氷漬けのつの男…」

「こ、これは見事な人体標本なのだ…アハ、アハハ…。雪山イエティのポグリさんもびっくりなのだー…。」

「部屋に置いとけばステキなオブジェに…ウフフ…カキ氷も食べたいですー…。」

 現実逃避である。

「コレ、死んでる…よね…?」

「むっ!この人、頭に立派な角が生えてるのだ!」

「コレ、雪男さんですー、多分生きてますー。持って帰ってお湯につければ元のサイズに元通りですー。」

「そんな、乾燥ワカメじゃあるまいし…。」

「雪男には始めて会うのだ。とりあえず恩を売っとくのもおもしろいかもなのだー。」

「雪男が氷漬けとはなんともダメなヤツにちがいないですー。マクの下僕にしてこき使ってやるですー。」

「あんたらの会話を聞いてると…ホント末恐ろしいわ…。…で、コレ持って帰るって言うけど普通に大きいよね。どうやって持ってば…」

「エヴォルさん!」

「エイヴィー!」

「無理☆」


――――――――――
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――――――――――

「虫の知らせスウァニーチ、yukimera!」
 そう唱えたラエブと蒔の体がやさしい光に包まれる。女の子2人が手を握り合って魔法の呪文、まさにファンタジーである。妖精は妖精魔法という簡単な魔法が使えるらしい。このスウァニーチとかいう魔法は遠くの相手と数秒間念話ができる魔法であるとか。便利だ。ぜひ一家に一匹欲しい。
 結局、掘り出した氷漬けの雪男は重すぎて運べないのでユキメラを呼ぶことにしたのだ。荷物持ちとしてなのだからまた小言を聞かされるのだろうが、今まで来た道のりを考えるとやはり体力的にユキメラを頼るしかないということになった。

 突如頭の中を妙な電子音のようなものが流れた。メチャメチャーキビシィーヒトータチガフーイニーミーセター♪

「つながったのだ、もう話せるのだ。」
「ちなみに保留音はマクの趣味ですー。」
「必要なのか!?」
 気を取り直して電話、もとい念話に出る。

「も、もしもし?」

『『どうした!?急に妖精魔法が飛んできたから何事かと思ったぞ!?』』

「ちょっと困ったことがあって…助けて欲しいの。」

『何!?ピンチか!?ピンチなのだな!すぐ行く!吾輩が行くまで簡単に死んでくれるなよエイヴィー!』

ガチャン ツーツーツー

 切れた。怪力兎はクソマジメだった。

「この展開だと、あたしの帰り道は鬱決定ね……。」


*


ドドドドドドドド!
 その数十分後、雪原の彼方から激しく粉雪を舞い上げながら走りよってくる何か。私が何時間もかけてたどり着いた場所へ数十分で到着するとはなんという規格外生物だ。とにかく帰りはアレにおんぶにだっこだ、ああ素晴らしきかなニート生活、あと数分このようなくだらない思考をしていたら乗り物が到着するなんて…
 ところが得意のどうでもよい物思いはラエブによって中断させられた。

「エイヴィー、エイヴィー…まずいのだ」

「エヴォルさん、早くアレ止めさせないと」

「アレ?」

「エイヴィー!どぉこだぁああああ!!」

 遠くから大声で自分からの意思を一方的に伝えようとするユキメラ。

「あんなに私を案じて…。主として鼻が高いわ。ちょっと恥ずかしいけど」
 
「エイヴィー、そんなこと言ってる場合じゃないのだ。ほら、最近天気がいいのだ?」

「吹雪から一転して太陽が頑張ってるんですー。気温も上がりましたし、表面の雪解けが心配されますー。」

「と、いうことは…」

「雪崩が起こるのだー」「雪崩が起こりますー」

 周りに響き渡るエイヴィードコダー。そして彼のしわがれ声は雪原に反響して重奏を奏でる。エイエイエイエイヴィヴィヴィドドドココダダーーーーー。これが後々旅行客が聞いた奇声によってエイヴィ・ド・コダースノースライドと名前を変え、語り継がれるのはまた別のお話。
 
 その瞬間、羽虫の忠告が合図であったかのように、近くの雪山のてっぺんが大きくぐにゃりと形を変えたかと思うとそれはだんだんと大きくうねりを持ってまた更に大きく形を成していった。比喩するならば、海は見たことないが文献でいつか見たことがある大波。海の大波に飲まれたら衝撃で失神するらしいが、あの雪の大波に飲まれたら雪の重さで圧迫死だろうか。

「ボクたちは空に逃げるのだ」
「エヴォルさんふぁいとっ!」

 さわやか過ぎる笑顔を振りまいて二人は飛び立った。これが今流行のうざやかというやつか。薄情者め、帰ったら勇者ランチ食わす。いや、そんなことはどうでも良いとにかく雪山からはなれなくては!

 足に無理を言ってもと来た道を走り始める。途中猛スピードでユキメラとすれ違ったがもはやなりふり構って入られない。ユキメラは猛スピードで雪崩に突っ込んでいった。

 はるか後方から雪の迫る轟音。それに混じりかすかなノイズ。ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「今年の吾輩のテーマはそう本気本気になれば雪崩だって泳げる本気になれば全てが変わる本気になって頑張って行きましょう過去のことを思っちゃダメだよ未来のことも思っちゃダメいまここを生きて行けばみんな生き生きするぞだめだめだめだめらめ諦めたら頑張れ頑張れやれるって気持ちの問題だ頑張れ頑張れもっと積極的にポジティブに頑張れ頑張れ北京だって頑張ってるんだから周りのこと思ってみろよ応援してくれる人思ってみろよ俺だってマイナス10℃の中シジミが取れるって頑張ってんだよ」ゴゴゴゴゴゴ

 それが気になって仕方がなくて私は後ろを向いた。すると雪の大波。なんだこれ、その答えを導き出すより早く私の意識は途絶えた。私がそのとき最後に思ったこと、それはシジミ食べろ!の人って速さが足りない!の人とちょっと似てるかも…だった。


――――――――





 んん…

 まぶたを開くと視界にはぼんやりと自分の家の暖かい部屋の中を映し出した。天井の木目がはっきりと見えるようになる前に白い塊が私の視野を遮る。ユキメラが私のベッドのそばに、ご丁寧にも椅子を用意してスタンバイしていた。これから始まるのは説教か、それとも…。

「気分はどうだ」

「ん、目が覚めて一番にあなたの顔を見るのは少しきついわ。で、今回は、私はどれくらい眠っていたのかしら」

「それだけ憎まれ口を利けたら何も心配は要らぬな。雪崩に巻き込まれたのはまだ昨日だ。では恒例となった吾輩のスーパー回想タイムに入るぞ」

 回想シーンはスキップすることができない強制イベントであるらしかった。ユキメラのありがたい説教を延々と聞かされるよりはマシだとプラス思考に考えることにしよう。それにどうやってあの雪崩を切り抜けたのかも気になる気持ちがあるのは否めない。沈黙によって私はユキメラの話を促した。

「ふむ、話は貴様から妖精魔法が飛んできたところからだ」



~~~~~~~~


 貴様が家を飛び出してから少し時間がたち、吾輩は優雅なランチタイムを謳歌していた頃であった。

「うはwwww生のにんじんやっぱりうめぇwwww」

 そのとき突如として頭の中に音楽が響いたかと思うと貴様の声が届いたのだ。すぐさま妖精魔法であることに気づいた流石な吾輩はあのやりとりを経てすぐさまエイヴィー、貴様の後を追った。ああなんと律儀な吾輩、貴様を見つけるために全力疾走、そして叫ぶ。

「エイヴィー!どぉこだぁああああ!!」
 しかし貴様の安全を急ぐあまり吾輩は周囲の状況の確認を怠っていたようだ。それが今回の災害の引鉄だった。このことについては大変申し訳なく思っている。だがしかしエイヴィー、後にラエブとマクから聞いたが吾輩を荷物もちとして呼んだそうだな。それについてはまたしっかりと話すことにしよう。
 いかん、話が脱線してしまった。どこまで話したか。…ふむ。とにかく雪山に響き渡った吾輩の声が大雪崩を引き起こしてしまったのだった。


迫りくる雪の奔流は大空にモコモコと浮かぶ羊雲には似ても似つかず、大地を渡るバッファローの大群のような獰猛さを伴って吾輩たちに襲い掛かった。

―まずい!このままでは先にエイヴィーが飲み込まれてしまう。流れに飲まれてから見失ってしまっては手のうちようがない!

 とにかくまず貴様と合流しなくてはならぬと考え、脚を動かし、そして貴様の名を叫んだ。しかし大量の雪が出す轟音で吾輩の叫び声はかき消され、あろうことか貴様は吾輩の脇を通り過ぎてしまったのだ。
 吾輩が雪崩に飲み込まれるか否かの寸前のところでなぜか貴様がこちらを振り向いたのでなんとか体を雪崩の向きに逆らわせ貴様の手を掴む事ができたのだが、そのときは既に大雪に飲み込まれていた。
 完全に絶体絶命である。雪に埋もれてしまった場合まず待っているのは窒息死。吐息によって周りの雪が溶けて凍りそれは加速される。しかし吾輩の辞書にあきらめるという言葉はないのだ。脳がこれに対する対処法を瞬時に弾き出す。わずか2秒の脳内会議。

「どうすればいい?」
『雪崩なんて波みたいなもんだ。OYOGE!』
「いや、でも水ではなく雪だぞ。」
『雪の中は泳げないなんて誰が決めた!雪の動くスピードより素早く手足を動かせ!ただのうさぎの常識は吾輩には通用せぬ!雪崩の表面付近に浮かび上がれるようにお・よ・げ!』


「ぬぅうううううううおおおおお!」

 まるで地中を掘り進むモグラ、そしてぼこっと勢いよくまぶしい日差しの下へ顔を出す。しかし次から次へと油絵の絵の具が上乗りされていくかのように新しい雪が積みあがっていく。新雪はただでさえ緩く、いくらかいてもあまり手応えがない。なんとか表面に出ることができたが手足を全力で、高速回転させ続けるという行為は容赦なく体力を奪っていく。このままでは長くは持たない。エイヴィーを掴んでいる方の腕も限界が近づく。

 そのときだった。雪面に必死になって浮かぶのを維持しようともがく吾輩の前に人間大ほどの大きさの氷柱が突然流れてきたのだ。吾輩はそれを天の助けだと思い貴様を抱えてどうにかよじ登った。

 氷の塊にしがみついて、雪面を滑り降りるというよりは雪の大波に乗って滑り落ちる感覚。まさにそれはスノーボードとは一線を越えた究極のスポーツ、吾輩はこれをセルゲームと呼ぼうと思うのだろうがどうだろ『回想シーンで話しかけないで頂戴、気が散るわ』


 …ぬぅ、とにかく吾輩はいてもたってもいられなくなってその氷塊、もといボードに立ち上がり、


「ヒャッホーォオオオオ!速い、速いぞ、風を切る音、強い日差し、一面白銀世界、輝くステージで吾輩もかぜになるのだウヒャッホォオオオイ!」




~~~~~~~~~~~~


「もういいわ、わかったわよ。だから何か機嫌がよいのね」

「一年分のストレスを発散したかのようにすがすがしいぞ、まだ生まれて一年たってないけど」

 ユキメラの瞳の奥に何か熱い炎のようなものが見えた。あれがスピード狂というやつなのだろうか。とにかく気絶していて良かった。だって怖すぎるもん。いろいろと。

「そうそう、エイヴィーに言っておくことがある。何を言ってるか解らないだろうが…ありのまま起こったことを話す。」

「なによ」

「ボードにしてた氷の塊から雪男が出てきた」

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 少し間をおいて、私はユキメラの台詞を理解した。つまり昨日掘り当てた雪男入りの氷の塊に乗って私は家に帰ってきたのだと。しかしひとつわからないことがある。雪崩に飲み込まれる寸前に聞こえた暑苦しい呼び声はなんだったのだろうか。ユキメラの回想シーンの中には出てこなかった。まぁあれのおかげで助かったんだからいいのだけれど、ただの空耳にしては怖すぎるものだった。

「やけにすんなり信じるのだな」

「まぁ…ね」

 言えません、その氷の塊を担がせるためにあなたを呼んだなんて。


「で、その雪男は大丈夫なの?言葉は通じるの?噛み付いてきたりしないわけ?」

「すでに貴様は人外と話しておるだろう。雪男は犬ではないぞ」

「そもそも雪男って何者なの」

「ふむ、吾輩らが雪崩に会った大きな山があったろう?あれはこの国ホワイトランドの神様が住むと言われている、いわゆる霊山なのだが、あの山を越えた先にある森に集落があるらしい。その山を守る一族を雪防人という。一般的にそこの男が雪男、女が雪女といわれておる。外見は角を持つ以外あまり人間と変わらんな。」

「外見は見たわ。氷ごしだけど。ヒョロっとしてて弱そうだった」

「見た目はそうかもしれん。だが雪男はみな屈強な戦士として育てられるのだ。見た目が細々としていても比類なき怪力を持っている。むしろそのような能力よりも志が見事なもので、掟や家族を守るためならば命を惜しまん。まさに雪山一誇り高き部族、のはずなのだが…」

「なんでそこで言葉が濁されるのかしら」

 とにかく雪防人って一族は厳格らしい。これだけを聞いたら融通の利かない堅物をイメージしてしまう。一人称を拙者とか言いそうなイメージだ。しかしユキメラの台詞の最後の接続詞がとっても訝しい。なのでじと目。


「まぁ、会ってみればわかる。もう既に起きているぞ、雪男」


 と、そこでユキメラが視線をリビングへの扉へとやったので、少し不審に思いながらもひとまず雪男に会ってみることにした。




*



 扉を開けてリビングを見渡すが見つからない。氷塊に収まっていたときの大きさを覚えている限りではひょろっとして背丈はまぁまぁあったはずなので、すぐに見つからないはずがないのだが。

「いないじゃない」

「まぁ、なんだその、暖炉の前だ。机の向こう側だから見えないのだろう」

 いやいやそういう問題ではない。リビングの構造としては中央に大きめの机。その奥の壁の真ん中に暖炉が埋め込まれているのだが、もし暖炉の前に雪男がいるのだとすれば座っていても見えるはずだ。とにもかくにもまずは姿を確認せねば…

…いた。

 上手に体を折りたたんで気持ちよさそうに眠りこけている。大きな鼻提灯をぶらりとさげあきれるほどの間抜け顔を作りだしている。この体勢は何ていうのだろう。体操座り、いや違う、まさに母の胎内で眠る胎児のような姿勢である。ひたすら無防備の一言に尽きる。

 いやしかしまてよ油断するなよエヴォル・エキル。先ほど雪防人は戦士の一族だという解説を受けたばかりだ。先のユキメラの話を無視してここでこの大きないびきを立てて眠るどうへりくだっても賢そうだとは形容できそうにない雪男さんに容易に近づいてしまったら気配を察知して「何やつ!?成敗してくれる!悪く思うなよ、眠っている拙者の警戒範囲に入ってしまったおぬしが悪いのだ!」などというお決まりの只者ではないオーラによって私が痛い目にあうのではないだろうかそういえば寂海王のとった防御法に見えなくもないなウンちくしょう鼻提灯が割れて鼻水が顔面全体についてやがる汚い。

「ユキメラ、とりあえず彼を起こしなさい」
 
 とりあえず面倒なことはユキメラ、これ鉄板。

「はいはい、まったくお姫様は兎使いが荒い。」

 ユキメラは憎まれ口を叩きながらも雪男の肩を揺さぶる。気持ちよさそうに眠る雪男はなかなか起きようとしないだけで危険なことは何もありそうにない。先ほどの思考は全くの無駄だった。

「んんむ…だめだってばそんなとこ…かれぇうどんたべたいむにゃむにゃ」

 いったいどんな夢を見ているのだろうか。埒が明かないのでユキメラの動かす腕の振りが大きくなる。おぅふ、人間を全自動洗濯機にぶち込んでもあんな動きはしないぜ。だがおきない。あ、ついにビンタ入りました。往復です。腫れていく腫れていくぅ、雪男の頬がみるみるうちに腫れていくぅううう。って

「ユキメラ、あんまりやりすぎると死んじゃうんじゃ」

「だがこやつ、まだ起きておらんぞ」

「それ気絶してるんじゃないの」 

「いや、まだ寝言を言っておる」

「ん…違う、カルちゃんとはそういう関係じゃないんだってヴぁあむにゃむにゃ…んんんん」

 恐るべし雪男。どれだけの刺激を与えてもまるで起きない。それどころか少し寝言にストーリー性を帯び始めた。しかし何度も言うが埒が明かない。というか面倒くさい。

「しょうがない、ユキメラ、火よ」

「よし、エラサムボンバイエ!」

 ユキメラのおなかにぽっかり開いた口は火蜥蜴の口。この口は地獄の業火を呼び起こすのだ。ぽっと灯る小さな火、雪男にお尻に点火しました。


 


…。



「うわっちっぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 『飛び起きる』とはまさにああいうのを言うのだろう。天井に届かんばかりに雪男は飛び上がった。

「火、ひぃいいいいいい!水、水!」

 あぁ、他人がパニックに陥ってるのを冷静に見るとおもしろいなぁ。でも家に燃え移らないうちにはやく止めないとな。そんなことを考えるわたし。かくいうユキメラはというと、尻についた火をなんとか消そうと走り回る雪男をとめようと既に動いていた。雪男の退路に仁王立ちのユキメラ。周りの見えてないパニック状態の彼はもちろんそのままユキメラとぶつかって倒れこむ。

「大丈夫か。とにかく落ち着くが良い」

「ば、ばけものぉおおおおおおおおおおおお!!」

 そうやって手を差し伸べる兎の顔を見るや否や泡を吹いて、雪男またもや卒倒。この時点における私の雪男=厳格というイメージは完全に崩れ去りました。きっとこいつの一人称は『オイラ』とか情けない感じなんだろうなぁ。



*



 雪男を気絶したままにもしておけないのでそのあとユキメラが水をぶっかけたり喝を入れたりいろいろとあったのだけれど一向に話が進まないのでここでは割愛させて頂く。

「オイラの名前はヤタラ。エイヴィーちゃん、君がオイラを助けてくれたんだってね。ありがとう」

 かなりの尺を使ってやっと目覚めた雪男の一人称はホントに『オイラ』だった。

「エイヴィー『ちゃん』はやめてちょうだい。それとあんたを掘り出したのは確かに私だけど運んだのはこっちの兎よ」

「そうだ。吾輩だ。」

「ひぃっ、お願いだから急にオイラの視界に入らないでくれっ。顔こわっ」

「ぬぅ…そんなに怖いか…」
 ユキメラ傷心。

「そういえば、その雪男のヤタラさんはなんであんなとこで氷漬けで埋まってたの?」

「そうだったそうだった、オイラ、氷漬けで埋まってたんだった。思い出したら寒くなってきた。暖炉の前までいってもいい?」

 身震いしたヤタラは返事を聞かずにすぐに暖炉の前に座り込んだ。雪男なのに寒がりなのか…普段どうやって生活してるんだろう。
 そしてヤタラは今思い出したかのように言いづらそうに答えだした。

「簡単に言うと…姉に氷漬けにされたんだけど…」

「姉!?」

「姉っつっても双子みたいなもんだからあんまり関係ないんだけどねぇ」

「ふむ、雪男の姉ということは雪女だな。雪男と違い雪女は魔法を攻撃手段とする。熟練の雪女が使う魔法はすごい威力だと聞くぞ。」

「じゃあそのお姉さんの魔法でああなってたのね。姉弟の仲が悪いの?」

「えぇと、まぁ…仲は良くはないけど。姉弟喧嘩、というか一方的な虐待というか…」

 えらく歯切れの悪い答えにあまり話しが見えてこないのは私だけだろうか。

「姉弟喧嘩で氷付けになるってどんな状況よ」

「う…ん、まぁどういう状況かは見た方が速いと思うなぁ、ムヤミは負けず嫌いな上に白黒はっきりつけないと気がすまないタチだからオイラに止めを刺しにきっと追ってきてると思う…んだけど」
 ヤタラが口を度漏らせる、と、その瞬間、何の脈絡もなくパーッと床が光り始めた。その現象の意味することにいち早く気付いたユキメラが同時に叫ぶ。

「いかん!皆、ふせろっ!」

 部屋にいた全員がユキメラが言ったことになんとか反応して体を倒すと同時、床の輝きはさらに増し、部屋の影がなくなるほど一番大きく光ったと思うとリビングの光の中心からどでかい氷柱が出現し屋根を突き破った。



―――――



-数分前、エヴォル宅前の丘-

「さーて、昨日掘り出してやった雪男に恩を売りに来たですー。」

「僕たち二人だけで助けた事にするのだー。」
 ラエブとマクは新しい下僕が増えることに笑顔を隠せない。

「ワッハッハッハッハ」声を上げて笑う仲良し二匹組み。

ドッゴーーーーーーーーン!!

「な、なんなのだ!?あの轟音は!?」
「エヴォルさんの家の方からですー。」

 二人は顔を見合わせる。

「マク、僕今日は嫌な予感がするのだ!」
「奇遇ですー。マクもそう思っていたところですー。」

そういってエヴォル宅を見ると見事に、

「家がでっかい氷の柱で串刺しなのだ…」

 二人は何も言わずにもと来た道を帰っていった。この二人の座右の銘は「触らぬ神にたたりなし」である。

 ちなみにこの話は何も本編とは関係が無い。



―――――















「ぐへ」

 耳に届いた間の抜けた声。ヤタラの呻き声で我に返ったのは癪だが少し恐怖が消えたのも事実。そこでなんとか私の脳は状況を整理しようとする。

「な、何が起こったの!?」

運がよかったのか、とっさに体を倒したことによって突然生えた氷の柱に当たることはなかった。しかし衝撃で吹き飛んで壁に体をしこたま打ち付けてしまった。ひっくり返ってしまった体をどうにか起き上がらせる。
 家の中には私とひっくりかえったままのヤタラしかいない。ユキメラはどこだ。そう思い半壊の家を出る。と、今の状況をいち早く理解したユキメラがすでに戦闘体制をとってたたずんでいた。

 その白兎の睨む先には小さな少女が一人。少女の外見はエヴォルよりも幼い。

「ヤタラ…ムヤミが…迎えに、きた。」

 およそエラサムが警戒するほどの相手には見えなかった。前髪が長く、両目が隠れたその顔は、はっきりとは確認できないがおそらく何の表情も浮かんでいない。

「む、ムヤミ、やっぱりここまで追っかけて!?」
 私を盾にするような構図で身をちぢませて表に出てきたヤタラが驚きの声を上げる。というか恥ずかしいとか思わないのだろうか、男が女の子の影に隠れるこの状態はどうなの。

「ムヤミ?」
「オイラの姉なんだ…。雪女で、多分村一番強い。でも魔法とかところ構わずもうむっちゃ派手にぶっ放す困ったさん。別名、無言の爆音。あ、この二つ名はちなみにオイラが付けたんだけどどう思う?」


「ええええええええ!?あんなちっこい子が!?」
 感想については厨二病か、としか感想浮かんでこないです、本当にありがとうございました。

「一緒に…村に、帰る」

「うぅ、い、嫌だ!オイラは帰りたくない、オイラの話も聞いてくれっ!」

「そう、ならいい。また、凍らせて、持って帰る。」
 そう言ってから更に何かをつぶやく。すると少女の周囲の雪がパーッと光に包まれ、氷のつぶてが大量に浮き上がった。

 またあのものすごい氷柱みたいなのが出るのだろうか。それは困る。大変困る。もう一本あの氷柱でぶっ刺されたらきっと我が家は修復不可能なところまで落ち込んでしまう。既に結構危ういだろうが。

「ちょっとちょっと、ムヤミとやら。私の家の前で物騒なことしないでよ!」

「すぐ…終わる、から…邪魔、しないで」

「待ちなさいってば。こちらとしては邪魔してるつもりはないし争う理由もないわ。コレを引き渡すから魔法をぶっ放すのはやめてちょうだい」

「いやだったらいやだ、助けてくれぇぇぇ。ムヤミは目的のためには手段を選ばないんだ!半殺しにされるっ!もう氷漬けは嫌だぁ、ホラ、オイラ冷え性なんだってば!」
 反論するにに疲れたのでエヴォル流奥義スーパーじと目。本日二回目、黙れという気持ちを添えて。

「エイヴィー冷え性をなめてるだろっ、ほんっとーにつらいんだぜアレ!」

 まったく効果がなかった。
 叫びながらヤタラはまた半壊した家のほうへ逃げ込んでしまった。これでは守らざるを得ない。家を。あくまで家を。

「なんて姑息なやつ…。」
 勿論この台詞は私がヤタラに向かって吐いたものであるので悪しからず。

 雪女のその少女は私の存在など全く気にせずザッザッと一歩ずつ家のほうへ歩いていく。もちろんさっき出した大量の氷つぶてを従えて、だ。こうも気持ちよくシカトされるといかに寛大な私でもさすがにカチンとくる。

「とりあえずこれ以上家が壊されるのはたまったもんじゃないわ。ユキメラ、話し合いが出来る程度に軽くいためつけてやりなさい!」

「ふむ。そうしたいのだが、なかなか骨が折れそうな相手だ。」

 ちょっとしたやりとりの最中もユキメラの警戒は解かれていなかった。化物のような熊と互角に渡り合うユキメラにそこまで言わせるとはそれほどにあの子は強いのだろうか。外見だけではとても想像が付かない。
 ユキメラが10歩ほどの距離を置きムヤミの進路に割り込む。

 再び兎と少女は対峙する。

「手合わせ願おうか。」

「邪魔、するの?」

「護らねばならぬものがあるのでな。」

「それなら…どかす、だけ。」

 そして、少女は雪の魔法を紡ぎだす。
「…。ゆーきやこんこん…」
 ボソ、と少女が呟いたのを皮切りに本格的に戦闘が始まったのが理解できた。ユキメラがいつでも飛び出せるように前傾姿勢をとったからだ。簡単な魔法の名前だろうか、不思議な発音のその言語を周囲の氷のつぶてはどれひとつとして聞き漏らさなかった。周囲をただようだけであった氷のつぶてが銃の弾丸のように形を変え、ただまっすぐに、ぶつかりえぐるという使命をただ全うするために、一直線、ユキメラへ飛ぶ。



*



 速い!高密度の堅く鋭い氷が大群を成してものすごい勢いで向かってくる。当たれば簡単に体を貫通するだろう。

「ぬぅ、距離が近すぎる、腹から炎を召還する間がない。」

 もしこの量のつぶてが後ろに背負うすでに半壊の家屋を蜂の巣にしたなら、間違いなく崩壊する。そしてこの雪原にエヴォルのような無力なものが投げ出されたらすぐさま凍死してしまうだろう。

 ユキメラはエヴォルを護らねばならなかった。エヴォルを護るためには彼女の周りのもの全てを護らねばならない。故にユキメラの中に今の敵の攻撃を避けるという選択肢はなかった。よって全ての弾を落とす。しかし我が生身で鋭い氷の弾を受け止めきるのは無理だろう。

 当然ユキメラは自分の体のことを誰よりも知っている。エヴォルのつなぎあわせたこの肉体は人外であるとはいえただの兎よりも少し強いくらいだ。ただし、つなぎ合わせられたそれぞれのパーツごとに分けると、例えば熊の腕の場合は強度が高い。腹に埋め込まれた火蜥蜴の口は火を吐くことができる。もちろん実際の野生動物である熊の腕は、ユキメラの左腕となった状態よりも脆いだろうし、火蜥蜴が本当に火を吐くはずがない。現実においてのそれぞれのパーツでは具現できないものがユキメラという生物の体の一部になったとたん逸脱したのはなぜか。これに対しユキメラはひとつの仮説を立てる。

エヴォルが吾輩を作る際に想像したことが具現化したのではないか。エヴォルのイメージがそのまま吾輩の体に具現化されたのではないだろうか。そうなるとひとつの過程が浮かび上がるのだがここではまだ何も言うまい。

とにかく長々と講釈をたれたが、つまるところユキメラの体で無茶のできる箇所は移植された雄熊の左腕、もしくは蜥蜴の両脚に限られる。

「うぬっ!」

ドスッ

 とっさにユキメラは太い左腕を根元まで地面の雪にもぐりこませた。眼前には大量の氷の弾丸が散弾銃の弾のように広がる。

 もはや逃げようと思っても間に合うまい。無論そんな腹づもりはないが。

「ぬぉおおああ!」

 地面に埋まった腕を力任せに上へ振り上げる。降り積もった幾重もの雪の層を無理やり持ち上げて壁にしたのだ。瞬間的に作り出す防御壁。さすがに氷の弾丸といえども勢いがそがれ、地面へ大量の雪とともにばらりと落ちる。

「ソレぐらいじゃ…とまらない」

 果たしてそのつぶやきがユキメラに聞こえたかは定かでない。が、ムヤミの放った雪の弾丸は獲物を探そうとふわりと雪の中から浮かび上がる。

「だが動きは止まった!」

 それらが空中で静止した瞬間を兎は見落とさない。ユキメラの左腕が縦横無尽に走る。動きの止まった氷は怖くはない。浮かび上がった弾丸の大群すべてがあっという間に粉々になった。

 初撃を防ぎきったのも束の間ユキメラの足元が光り出し幾何学模様を浮かび上がらせる。

「しまった!」
「…。…あられやこんこーん…」

 家を半壊させたのと同じ巨大な氷柱がユキメラの足元から飛び出した。

「ぐぅっ!」

 完全な無防備な状態でそれをくらったユキメラは宙に吹っ飛ばされた。運がよかったのは先の尖った円錐状の柱ではなかったことか。もしも体を串刺しにされていたらとっさに体を捻ろうとも動きが鈍っていただろう。

「(なんという呪文詠唱の早さだ。そもそもあれが呪文なのか。あのような呪文系統は聞いたことがない。そして初撃をかわされると読んで吾輩の足元に魔法を展開する読みといい…この少女、とんでもなく戦い慣れている!)」

「…空中じゃ、避けれない。…。ゆーきやこんこー」

 なぜ彼女は氷柱をユキメラにぶつけてわざわざ空中へと飛ばしたのか。その答えがコレだ。初撃と同じ氷の弾丸が群れを成して空中のユキメラに向かっていく。つまり最初の攻撃をかわされたのが気に食わないということだ。何が何でもこの攻撃で勝負するつもりか。大変解りやすい性格、とんだ負けず嫌いである。しかし、このような戦い方は嫌いではない。自然とユキメラに笑みが浮かぶ。

 この攻撃は最初にも見た。そして今回は、浮かされたことによっての多少の距離がある。これなら炎を放てる。

「ぬぅぉおおおおおお!飛べない兎はただの兎だぁあああ!秘技、エラサムロケットォオオオオオオ!」

 腹の口から地獄の業火を召喚し白兎は空中に浮き上がった、そして兎は空での自由を得る。続いて自ら片翼(ここでは脚側になるのだが、)のバランスを傾け回転を始める。
 のちにエヴォル・エキルはこう語る「その姿は偉大なる大怪獣、空飛ぶガ○ラのようであった。」、と。

「う、そ…?」

 氷の弾丸を勢い余るほど余裕な空間を持って避け自回転する生物は更に加速する。
 重力をも味方に着けたガ○ラ、もといユキメラはムヤミとの距離を一瞬にしてゼロにした。一度瞬きをする間と書いて一瞬である。無論、ムヤミに新しい魔法を展開させる暇など皆無。

「空中で兎は身動きが取れないと決め付けたのが貴様の敗因だ。エラサムインパクトォオオ!」

「ぐっ」

 ユキメラの全体重をこめた回転式体当たり(?)をおなかに受けムヤミは気絶した。




―――――




 状況、雪山に半壊した家、寒い。

 とにかくこれ以上家を壊されてはたまらないので気絶している無言の爆音を簡単に縛る。すると吹きさらしになってしまった家の隅で隠れているヤタラを見つけたのでつるし上げて事情を聞くことにした。

「あ、あの、エヴォルさん?怒ってます?」

「ホホホホホ、家に大穴空けられて怒らない人がいたら見て見たいもんだわ。」

「やだなぁ、エイヴィー。君とオイラの仲じゃないか、」

「ユキメラ、ムチ!」

 ピチーン

「はぅっ、ごめんなさいっ!調子に乗ってごめんなさいっ!」

「で、姉弟喧嘩の理由は何だったの!?くだらない理由だったらあんたを鳥の餌にしてやるから!」

「せめておいしく料理してくれっ。」

「まだ口答えする余裕があるのね。ユキメラ、なんかいい拷問法はないかしら」

「ふむ、指を一本ずつ釘で打ちつけていくという日本の伝統的な拷問法があってだな。古くは雛見沢で…」

「ごめんなさい。本日一番の悪ふざけでした。ごめんなさいもうしませんからどうかゆるしてくださ(ry」

「あんたの土下座ほど安いものはないと思うわ」

 初対面で人をここまでイライラさせることができるのはある意味才能かもしれない。私のこんな思いをよそにヤタラはようやく理由を話し出した。


「うぅ…オイラさ、戦うのとか野蛮なこと嫌なんだよ。でも1週間後に成人の儀式があるんだ」

「それとなんの関係があるの?」

「彼らの成人の儀式は『戦うこと』なのだ。」


 雪男と雪女の一族を雪防人族と呼ぶ。雪男は怪力を持ち、雪女は魔法に秀でる。昔雪山で起こった部族間の戦争で最も活躍した戦士の一族であるのだとか。その雪人族の成人の儀式とは成人を迎えるもの同士が本気で戦って互いに健闘を称えあう。というものだという。もともと厳格な彼らの一族においてヤタラは異色の存在でむしろムヤミの方がデフォともいえる性格なのだろう。ユキメラ、説明お疲れ様。

「それが嫌だからムヤミに『オイラは人間になるわ。人間にはそんな物騒な儀式ないもんね』って言って逃げ出したんだけど…。」

「途中で追いかけてきたムヤミに氷漬けにされて、この前あった雪崩に巻き込まれて遠くまで運ばれて…。」

「生き埋めになってたところをあたしたちが助けた、と。」

「なぜ儀式から逃げる?成人の儀式が戦うことであるといっても殺しあうわけではないだろう。」

「だって痛いのとかやだもーん。別に昔みたいに戦争があるわけじゃないし強くなくても生きていけるしさー。古臭い儀式とか伝統とか無視して楽に生きていきたいんだよー。自宅警備員、いい響きだよね…」

 なんというか…

「ヘタレだ…。ヘタレオブへタレだ…。ヤタラというかヘタラだ。」
 ポタラではないということを間違わないで欲しい。

 こんな『ゆとり世代の弊害』などというニュース特番で真っ先に標的にされそうな若者の台詞をどこかの頑固親父に聞かせたら真っ赤になって噴火するだろうなとか思っていたら、隣のエラサムが体をワナワナと震わせていた。

「性根が腐っとる!吾輩が叩きなおしてやる!儀式まで1週間といったな!?それまでに貴様を立派な戦士にしてやる!修行だ!」

「な、何言ってんだよ、立派な戦士になんかなりたくな…はっ!(修行→エイヴィーとひとつ屋根の下→憧れの人間の生活→紆余曲折を経てエイヴィーとセクシャルドッキング…)…ユキメラ殿!師匠と呼ばせてくだせぇ!」

「うむ、精進しろよ。」
 少しの間があったことに気付かず、ユキメラはヤタラの返事に満足したようだ。

「なんでもいいけど家だけは元通りに直しなさいよ…。」




――――――



 こうしてあたしの家は更ににぎやかになった。新しい居候が2人も増えたのだ。
 そう、2人。あのあと目を覚ましたムヤミがあたしに言ってきたのだ。

「…ここに、住まわせて。…私が…兎に、勝つまでで、いい」

 ユキメラに気絶させられたことが納得いかずに彼女は眠れぬ日々を送っているらしい。私は彼女の無表情の中に少しだけ悔しさを感じれた気がした。彼女は無口なのだが時折口を付いて出てくる二言三言の中に感情を含んだ言葉をストレートに吐き出すようだ。その点で表情は読めないが感情は簡単に読める。今の彼女の言いたいことは「私は負けてない」だろう。

 そしてどうやら彼女はユキメラを使役しているあたしを強いと思ってしまったようだ。

「私は戦えないわよ?」

「…うそ。…あなた…あの兎の、マスター、でしょ?」

「うーん。まぁそんなものになるのかしら。」

「私は…あなたに…修行して、もらう。次は…兎、ぶっ潰す」

 それにしても勝ちに貪欲な娘だ。使えるものは何でも利用します、というのがありありとわかる。そもそも倒すべき相手のマスターに教えを請う時点できっと本意ではないだろう。まぁとにかく私の言うことを聞くようにしておいたほうが安心ではあるな家にとって。またごっつい雪魔法とやらをぶっ放されてはかなわないのでここは彼女の勘違いを利用させてもらうことにしよう。

「ユキメラ、どうしよう?」

「いいのではないか?居候の一人や二人変わらないだろう。にぎやかなのは良いことだ。それに家主は貴様なのだから貴様が決めたことに吾輩は文句は言わん」

「そうね。にぎやかなのはいいことよね…。」

「(そしてつらいことは忘れていけばいい。)」
 ユキメラはエヴォルが町の人にどのような扱いを受けているか知っていた。エヴォルが町から帰ってきたときの悲痛な顔を何度か見たからだ。どうにかしてやりたいと思うが自分が人前に出るわけにも行かない。ユキメラはそのことをとても歯がゆく思っているのだった。

「修行、ね。家のこともいろいろと手伝ってもらうけどそれでもいいなら」

「…では、おししょう」

「師匠はやめて頂戴。どうせ呼ぶならお姉さま☆とかにして」

「…わかった、ねえさま」

「(いいかも。)///」
 
 私はにへら、と笑うのを隠し切れなかった。ここに奇妙な姉妹が生まれた。


 気絶からようやく起きたというのにドタバタしたその日、家の大穴をどうにかふさぎ寒さがしのげるようになったところで一日が終わったのだった。





――――――――

*

――――――――




 おいしそうな匂いにつられて目を覚ます。カーテンを開けると外は快晴。自分にとって少し前までは天気の良し悪しなどなど何の意味も為さなかったが今では移り変わりに一喜一憂する。そんな自分に気が付いて自分の幼稚さに恥ずかしくなって頬を染めたり、ああお腹がすいたどうでもいい。思考をサッととりやめてリビングへ。

 何度かの住人会議の末、朝食当番はヤタラに決まった。全員で料理の乗った机を囲む。

「ヘタレなのに料理はうまいのよねぇ。」

「人間の生活に憧れて勉強したのだ。」

 ユキメラは無言でお腹の口にどんどん料理を放り込んでいく。小言のひとつもこぼさないところを見ると味は確かなのだろう。

 ふいに、くいと袖を引かれた。

「ねえさま、ムヤミも、料理、した。」

 朝からカキ氷はちょっと…

「おなか壊すわ…。」


 こんな感じでちょっと不思議な共同生活が始まった。さてさてこれからどうなることやら。

 私の世界にまた色が加わった。

 真っ白だった世界にどんどん色づいて行く。

 どうとも感じなかった世界が、綺麗だと思えるようになってきた。

 コレが幸せというものなのだろうか。

 時折なれない感覚に大きい不安が蠢くが、今はこの心地よいにぎやかさに身を任せていたいと思う。


第二話 おわり
18, 17

  

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ボッコス 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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