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第1章=導き=

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ナギサ小学4年生。草薙家の長女。
小さい頃から何不自由なく両親の愛情を存分に受けて育てられたナギサは、これと言って目立った子供ではなかった。むしろ、静かすぎだった。
言いかえれば、一般小学生女子といわれる子供より内気な性格で、お母さんに「今夜何食べたい?」と、聞かれても「なんでもいいよ」と答える子供だった。母親の立場から言えば手のかからない楽な子供であった。
しかし、子供社会という視点に落とせば「何も言わないつまらない子」と見られていた。その当時の小学生と言えば、小学校から帰ったらランドセルを放り投げ、公園で遊んだりするのが普通の子という定義の時代だった。
ナギサは家に帰れば一人で学校の図書館で借りた本の読書にふけていた。他の親たちはそんな素直で扱いやすいナギサを見て「ナギサちゃんはホントいい子よね~」「将来有望」といわれていた。
しかし、当のナギサの両親は他の親の発言の裏腹ナギサの社交性の無さに将来の不安を抱いていた。

ある日ナギサの父親がナギサに何かやってられないかと考えていた。そのとき、偶然家路につく途中にある少し大き目の書店で「親子将棋入門」という本と出合った。
「一緒に一から学べば少なくとも親子の会話は増える」と考えさっそく入門書と大手量販店で売っている簡易将棋盤と駒を買い家路についた。
「一から一緒に」とはいえ、親が一方的に知らなさ過ぎたら子供への示しががつかないと思ったナギサの父親は、その夜約20年ぶりの将棋の駒を手にした。
ナギサの父親は将棋とほとんど無縁の人間だった。将棋で遊んだと言えば小学生の時ぐらいだ。それこそ飛車と角しか動かさない幼稚なもので、覚えてはいないがちゃんとした駒の動かし方も知らなかったかもしれない。
その夜、ナギサの父親は本当なら晩酌をしているはずの時間だったが、それをも忘れ「親子将棋入門」に一晩中かじりついていた。
隣の部屋でナギサは夢の中にいた。

次の日の晩、ナギサの父はいつもなら「飲みも付き合いだ」というセリフは吐かなかった。
仕事をいつもの倍の早さで終わらせ、後輩の仕事あとの一杯も断って帰宅。
夕飯を食べ終わったナギサはいつものように一人部屋にこもっていた。ナギサはテレビも見なかった。
「ナギサは部屋にいるのか?」
「また新しい本を借りてきて読んでるそうよ。次は武田信玄の伝記だそうよ」
「ちょっと、ナギサの部屋にいってくる」
「あなた、いまのナギサを叱ったらダメよ。それこそ自分の殻に引きこもってしまうわ」
「大丈夫。ちょっとした秘密兵器を用意した。」
ナギサの母親は心配そうに眉をひそめ、夫を見送った。

ドアをノック。中から愛娘の返事が聞こえる。
「ナギサ、起きてるか?」
「パパなに?」
「パパとゲームをしよう!」
「何するの?」
「将棋と言ってな。この板と駒を使って遊ぶんだ」
「ふーん・・・おもしろいの?」
「とりあえずやってみよう。それからだ!」
「やり方しらないよ。」
「大丈夫、パパがちゃんと教えてあげよう!こうみてもパパは将棋がうまいんだぞ!」

そのやり取りの一部始終を耳にしていたナギサの母親は静かにナギサの部屋の前から立ち去った。
ナギサの母親の表情は良かった。何事にも一生懸命な夫は家族に良い生活をさせたい一心で仕事には一生懸命だった。
その傍ら、ナギサの教育にはあまり関心がないように思えたナギサの母親は改めて自分の夫の純粋無垢な人柄を見直した。

ナギサが10回目の春を迎えた年だった。
この春の出会いが、今後ナギサの成長を大きく変えるとは草薙家夫妻には思ってもいなかった。
ただ、ナギサに何かさせてみたかった、愛娘への父の挑戦だった。
3, 2

  

将棋界では大きな激震が走っていた。
アマチュアの将棋大会の一つに日本放送協会主催の小学生名人戦という大会が存在する。
その大会は全国の予選を勝ち抜いた小学生の猛者の中から一番を決める大会で、本線まで残れば実質、プロ棋士としての才能が認められる大会であった。
かの羽生善治名人も小学生の時に優勝を経験してる。
ナギサ小学4年生の春。その当時の優勝者はナギサと同じ学年。弱冠10歳の少女であった。
その名は藤堂葵。兵庫県出身。父親は藤堂棋王。七大タイトルの一つを持った現役トップ棋士の一人。
いわば、将棋界の超エリート。自衛隊で例えるなら生まれつき幕僚長の可能性を秘めたスーパーエリートだ。
対局の時のアオイの眼は少女の持つ眼ではなかった。その将棋盤を睨みつける鋭い眼は一人の勝負師。棋士の眼だった。
アオイはナギサと環境だけ言えば全く正反対の世界だった。
毎日のように藤堂家の門を叩いた高き志を持った若き挑戦者が出入りしていた。そんな勝負師の家庭にアオイは生を受けた。
上に兄と姉を持ったが、二人とも勝負の世界には興味を抱かなかった。しかし、アオイは違った。
そのまだ幼い眼からは、将棋を指す父をの背中がかっこよく見えた。私もパパみたいになりたい。

その思い一身で小さい時から駒を持っていた。ナギサと違ってアオイは社交性をもっていた。小学校でも普通に友達と接した。
ひとつ違うと言えば、家に帰れば将棋盤に向かっていた。盤に向かうアオイは幼い勝負師だった。

そんなアオイが公式大会に初挑戦したのが小学3年生。結果は1回戦負け。小学5年生の男の子が相手だった。
町道場でもソコソコの腕を持った子で牛乳瓶の底のようなメガネを掛けた彼は「天才しょうちゃん」と巷では呼ばれていた。
その年彼は全国大会の切符を手にしていた。勝った者が注目を浴び。負けた者は涙。小学生とはいえそこにあるのは一つのドラマだ。
負けた日、アオイは泣いた。一日中泣いていた。
父の若い弟子たちもその姿に圧倒されていた。1回の勝負でこれだけ感情をむき出しにするの小学生を見たことが無かった。
次の日からアオイは今とは比べようのない対局を重ね。友達と遊ぶのもそっちのけだった。
いつしか彼女の口癖は「名人になる」にかわっていった。

そのころからアオイの母親はアオイが普通の人生を送り、家庭に入って欲しいとは思わなくなっていった。

そして翌年小学4年生になったアオイは。兵庫県大会決勝で「天才しょうちゃん」と呼ばれる男の子と二度目の対局を経て全国行きを決め。
そのまま勢いづいたアオイは小学生名人という称号を得るのであった。
全国放送でのインタビューでアオイの発言は大きな注目を浴びるのであった。
「優勝した感想はどうですか?」放送局のお姉さんがそう聞くと。
「うれしいです。」
「将来は何になりたいですか?」
その時、誰もがアオイの返答を予想にはしていなかった。


「・・・・誰にも負けない」

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