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第四章

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◆第四章 あなたのおかげで幸せになってしまったから

僕はポールには悪いが何も言わず家に帰った。
寒空だったが部屋の窓をあけ、北風独特のミントの葉の味をした風を吸い込んだ。
その後に自分の部屋のベッドに腰掛けて
ぼんやりとした。
あたかも自分の輪郭が無くなってしまうような感覚だった。
エマが帰ってきた?どういうことだろうか?
僕はてっきり、、、
思い出すのは嫌なので何も考えないように!と気をはっているのだが
どうしてもあの日の事をぼんやりとした意識のなか思い出してしまう。
深い深い記憶の奥底 きっと僕の頭のなかで深海魚が泳いでいるあたりのことを

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僕が丘で3つの花瓶を作り終えてもの思いにふけていたときだ。
ここまではしっかり覚えている。
そして多分たった一人アンシーがびしょ濡れの体で泣きながらナーザリーの花を手にもってかえってきたんだ。(今になって思えば夜の9時くらいのことだろう。)
彼女をみてビックリした僕は、
飛び上がり、彼女に駆け寄って行って
『どうしたの?』と訪ねた。
『湖に、、、落ちちゃったの、、、、私一人じゃたすけられない、、、』
と震えながらに言っていたと思う。
助けなきゃ
助けなきゃ
震える彼女の手をつかんで
慌てながら僕らは必死に街のほうへ走った。
真っ暗な森はいつまで続くのかがわからないほど長い距離のように感じた。
虫たちの鳴き声と僕らの速い呼吸のリズムだけが時間を刻んでいて、そのふたつは僕のお腹のあたりをぞわぞわさせていた。
やっと森から抜け出たあとは?
.......
.......
丘から一番近くにある建物、たしかBARドアーズへ入っていったんだ。
黒色に近い木のカウンター、
薄暗い照明、
10人くらいの大人がいて、
僕はすぐに友達が湖に落ちたことを話したんだと思う。
そしたらおじさん達数人が『助けに行かなきゃ!!』と叫んで
慌てて店から飛び出していった。
僕らも追いかけようと思ったんだけれども
ドアーズの店主のモリソンおじさんが
『君らは少し休んでいきなさい!二人ともヘトヘトで震えているじゃないか。』
と僕らを止めたんだった。
その後どうしたんだっけ?
.........
.........
そうだ!
二人とも毛布に包ませられて、確か暖かい牛のミルクを飲まされたんだ。
その後?
..............
..............
..............
..............

ダメだ。
そこからはもう自宅のベッドの毛布で丸くなりながら泣いている覚えしかない。
まるで途中のシーンがなくなってしまったアニメーションのように、物語が途切れ途切れになってしまっている。
一体ドアーズから僕のベッドに移動するまでなにがあったんだろうか。

もしかしたらエマは助かっていて、エマが引っ越していなくなったのを
あの湖で死んでしまったのだと勘違いをしてしまったのだろうか。
そういえばエマが死んだなんて聞いた記憶がないぞ
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そこで僕はアンシーがエマのことを一度も話題にしていないことに気がついた。
てっきり僕は自然と彼女もその話題を避けているものだと思っていたけれども、
純粋にまだ帰ってきていないから話に出さなかっただけだったのだろうか。

だんだんそんな気がしてきた。
もしかしたら僕がエマの死を、パニックのなかで勝手に作り上げてしまったのかもしれない




僕はふと昔アンシーが言った言葉を思い出した。

『私ももちろん忘れるわけないわよ。でもなにがあるかわからないじゃない。
私達がどうして出会ったのか、三人共思い出せないのよ。記憶なんて曖昧なものかもしれないわ。』

本当だな、と僕は思った。これほど記憶というものは曖昧だったのか。
あのころですでにアンシーは僕よりも大人で、思慮が深くて、
11歳で記憶が稀薄なのを悟っていたから目印をつくろうと言っていたのだろう。



とにかく僕がウォーターズおじさんから聞いたことが、僕の夢の中の出来事で無ければ
僕ら三人はきっと再び出会えるということだ。
でも本当にそうだろうか?
頭がごちゃごちゃしてきた。今日はもう考えずに寝よう。

布団に入り、寝る前にふと、昔作った3つの花瓶を思い出して
『あれはどうなったんだっけ?』
と少し疑問に思った。

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とにかく僕はとにかくアンシーに会いたかった。
どうしてもアンシーにエマが帰ってきたことを伝えたかった。
そしてあの日になにがあったかを克明に聞き出したかった。

もしかしたら今まででも、僕がポールの家でアニメーションを作っているときに僕の家に来ていたのかもしれないと思い
僕はいつアンシーが来ても会えるように、おじさんと会った日の翌日からずっと部屋に籠っていた。

途中でポールが何度かやってきて
『おーい最近噴水の周りにこないけどどうしてるんだ』
『そんなに大学さぼっちゃだめだろ』
『あの子の情報が手に入らないよぉ』
と何度か訪ねてきたけれども、僕は適当に言いくるめて決して部屋からでなかった
なにがなんでも彼女に会いたかった


アンシー!エマが帰ってきたんだ
僕はてっきり、、、、 
君は笑って僕をバカにすると思うけれど
僕はエマが湖におちて死んでしまったものだと思ってたんだ。
うん。本当にバカだったよ
でもこれで三人が揃ったね
みんなであの丘に行こう
そして約束通りコーヒーを飲もう。
バカみたいだけど、その日のために僕はずっとコーヒーを我慢していたんだ。
そうそうナーザリーの花を毎日見なくても僕は君らのことをわすれなかったよ
だって毎日君たちのことばかりを考えていたから
何度昔のように三人で丘の雲を捕まえて遊びたいと思ったことかわからないよ
今はちょっと煙突からの煙があるから、上手くつくれるか分からないけど
まずはマグカップをつくってウォーターズおじさんに飲ませればいいよ
おじさんが病気になったら
もう雲で何も作れないってことだけど、他に楽しい事をさがせばいいよね
ねぇ楽しみだねアンシー


何度も何度もアンシーが来たときに、どのように言うかを練習をした。
僕にはアンシーがどんなことを言い返してくるか大体想像出来たから
このトレーニングにはかなり自信があった。


けれども、
いつまでたってもアンシーは来てはくれなかった。
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僕はもう我慢できなくなってアンシーの家に直接行く事にした。
アンシーが必ず夜わざわざ窓から来ていたということは、僕みたいな普通の男と会っているとバレたらまずいってことだとは分かってはいた
けど
彼女が貴族で僕が平民でもかまわない
彼女に会いたいんだ。
会って話がしたいんだ。

僕はまず自分がもっている洋服の中で一番小奇麗である服を着ようとおもいクローゼットを探った。
そうしていると父がやってきたので 一番いい洋服をしらないか?と聞き、父が昔結婚式で着たらしいクリーム色のスーツを貸してくれた。
よし!これで入り口くらいは通してもらえるだろう。

家を出るときに、アンシーの家の場所を僕はぼんやりとしか知らないないことに気がついた。
確か隣街の近くの森あたりに大きなお屋敷があるとアンシーから昔聞いただけで、一度も行った事がなかったんだった。
まぁ大丈夫だ。歩きまわれば見つかるだろう。
行動せずにはいられなかった。

灰色の街を歩いている途中
もしかしたらエマがもう帰ってきているかもしれないと思い
本当に6年ぶりくらいに牧場へと行った。
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そのときウォーターズおじさんは変な機械を手に持ちながら雑草を刈っていた。
『おじさーん』
おじさんは機械の音がうるさくて聞こえなかったのだろう。返事をしなかったので
『ウォーターズおじさん!!』と大きな声で呼んだ
『うぉ!!ピーターか!!おどろかせるなよ。』
おじさんは機械を止めてそれを足下に置いた。

『なにかお前少しやつれたな、何か用か?』
とおじさんは着ていた緑色のネルシャツの胸ポケットから煙草をとりだして火をつけた。
『あの、、エマは帰ってきましたか?』
『ああ、まだ帰ってきてないよ。そろそろ帰ってくるとは思うんだけれどな。』
おじさんは煙をフーっと空に吐いた
『そうですか。』
『まあ本当にもうすぐだよ。.....そうだ。せっかくだから家あがっていけよ。』
とおじさんは牧場の隣の小屋を指差しながら笑った。
『いえ、ちょっと用事があるので』
『そうか?』
『はい。、、、牧場って思ったほど広くなかったんですね。』
僕は風で出来た草の波をみながら言った。
おじさんは ん、と首を傾げてしまった。。
『僕のイメージでのここって緑色が本当に地平線まで続いているように思えたんですね。』
おじさんは笑って
『ハッハッハっ そりゃお前が大きくなったからだよ。』
『.........』
僕が昔を思い出してぼーっとしていると、
『お前用事あったんだろ。』と聴こえた
僕ははっと我に返って
『あっ、そうでした。どうもおじさん失礼しました』
と言い残し歩いて行こうとすると、おじさんは僕を呼び止めて
『いい年なんだからこれくらい吸えないとな』
と笑いながら胸ポケットから煙草とマッチをとりだし、僕にくれた





動物たちの木陰になっている大木
ある日
小ウサギが大木に話しかけました

木のおじさん
なんだい
おじさんはそんなに大きいんだから怖いものなんてなにもないんだよね
まぁ そうかな。
いいなぁ かっこいいな
ふふ ありがとう
おじさんは背もとっても高いから遠くまでみれるんだよね
まぁ そうかな
いいなぁ うらやましいな
... そうでもないんだよ
えっどうして

大きくなるってことは世界がちっちゃくなってしまうことだからね


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たしかアンシーの家は街からすこしあるいた所の森の中にある豪邸だったな。

僕はおじさんからもらった煙草を吸おうとする
手におさまる紙でできたパッケージにはピンク色の髪をもつ色白の女の子と、色黒で黒髪を持つ女の子が王子様とお姫様のようによりそっている絵が描かれていて、
僕はその箱の上にある銀紙を乱雑に引きちぎりそこから一本だけを取り出す
薔薇の色のフィルターを口にくわえておじさんからもらったマッチで火をつける。

生まれて初めて吸う煙草はとうていおいしいものには思えなかった。
まるで喉にぬるい鉄をあてられているような気分になり、頭にお化けが取り付いて僕の頭を上下に振っているような感じだ。
ただ一つ心地よかったものは、煙草の先から空へ登って行く黄色の煙の筋だけだ。
これを吸う事が大人に必要なことなのだろうか。


それでも無理をしながら義務感で煙草を吸い続けて、5本目の真ん中あたりに火がさしかかった頃、僕はやっと隣町近くの森に入る所までたどりついた。
はぁ疲れた 
ずいぶんと歩いたような気がする。
時計を見てみると、エマの家を出てから40分くらい歩きつづけていた。
森はどこまでも続くように思われ、ここからアンシーの家を探すことを考えるとまたずいぶんと時間がかかるのだろう
だから僕は森の入り口近くにぽつんと一つだけ置いてあるなんの飾りっ気のない木のベンチをみつけると、自然と休憩をとろうと思いそこに座り込んだ。

もう遠くに見える街とまだまだ明るい青い空の平行な境界線を眺め、そこに垂直な煙草の煙を引いたりしながら、だんだんと熱く、ジンジンと音をならす足を軽くさすりながら

毎回アンシーがこの長い道のりをあるいてわざわざ僕に会いにきてくれていたと考えると、
嬉しさと同時に悪い事をしてしまったような気分になった。


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