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第五話 キチガイ祭り

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 ある日、学校の帰り道で友達の源田明が声をかけてきた。
「おい、中西。明日の祭り一緒に行こうぜ」
 わしは当然のように答えた。
「うん。そうだな。他の奴らも誘おう」
 何。苗字が今と違うだと。ハハハ。我が息子よ。まあ、そう慌てるな。後でじっくりと説明してやるから。とにかく当時のわしの苗字は中西だったのだ。村の一割ぐらいが中西じゃったな。
 話がそれた。源田とは仲が良かった。それに姿形も似ていたし、名前の読みも同じあかるじゃった。祭りとは一年に一度の村の祭りのことだ。普通の祭りのように出店も出る。踊りもする。が、村人たちの一番の楽しみは他のことじゃった。

 翌日の晩。わしは友達と一緒に祭りに出かけた。大道芸を見たり、占いをしてもらったりしたな。それに金魚すくいなんかもしたな。楽しかったな。
 が、やはりわし達の一番の楽しみは他のことじゃった。わし達ははじめの頃からそのことについて喋とった。ある友達がこう話し始めた。
「今年のやつは地主石田の家に入って金を盗もうとした小作人の金村だそうだ」
 わしは頷きながら答えた。
「多分そうだろう。一番悪い事したのは金村だ」

 そして夜が更けて祭りが終わりに近づいてきた時のこと。村長が大きな声を上げた。
「みんな。裏切り者への制裁の始まりだ」
 その声に気づいたものが祭りの会場の真ん中に向かっていく。わしも向かった。そこには金村のおやじが縛られて座っていた。その近くには家族が弱々しく立っている。おやじの顔は恐怖でゆがんでいる。そんなことは気にせずに村長はまくし立てるように言った。
「この者は石田の家に入って金をくすめようとした。制裁を加えることに皆の衆異議はあるまいな」
 村長が言い切るとあちこちでやれっ。だとか、かまわねえ。異議なし。などの声が上がる。村長はその声を聞くと満足げに宣言する。
「では、まず石田からやれ」
 一人の裕福そうな初老の男性が前に出る。石田だ。石田は皆が見守るなか金村を罵倒した。
「この恥知らずが。盗めるとでも思ったか。お前は阿呆なんだから盗めないに決まってるだろうが。阿呆が。この盗人め」
 そして、金村を渾身の力で蹴り上げる。金村は悲痛な叫び声を上げる。金村の家族は皆顔を背けようとした。が、そばにいる村人がむりやりそれを阻止した。石田は何度も何度も蹴ったり殴ったりした。村人たちは歓声を上げる。熱狂する。食い入るようにみる。一大娯楽だった。
 
 楽しんでいなかったのはキチガイ病院の医者どもとキチガイだった。連中は金にあかせて祭りに参加していた。医者共はこんなふうに言った。
「こんなことが許されると思っているのか。法に完全に反している。それに駐在は止めないのか」
 要するに連中は気取っていたのだ。文明人を。キチガイどものほうは大多数が状況を理解していなかった。一部熱狂するものもいたがね。
 駐在の警察官だって地元の人間だったからね。風習は分かってる。一年に一回の祭りの時村で一番悪いことをした者を袋叩きにする風習を。刃向かうことなどできやしない。第一楽しんでいたのだ。止めるはずがない。
 わしも楽しんでいた。こいつは悪者なのだ。もっとやれ。やって構わないのだ。悪人は裁かないといけないのだ。子供心ながらそう思っていたからね。

 そのうち息が切れた石田に変わって若い衆が暴行を始めた。それは熾烈なもんじゃった。なにしろ屈強な連中をより集めてるからね。五十の小太りのおやじの暴行とは威力が違う。
 当時の村の男の子は皆大人になったらこの役をやりたいと思っていた。正義の味方のようなもんじゃった。
 熱狂は暴行時間に比例し、どんどん高まっていく。熱気がこもっていた。

 そのうち、村長がやめろと言った。体に重大な障害が残らないところでやめるのが掟だった。開放された金村は血を流していたが五体満足でなんとか体は動かせた。
 村人たちからは不平不満の声が出た。娯楽が中断されたことに憤っているのだ。が、村長は無視した。金村は家族に支えられながら何とか家へと戻っていく。
 村長が解散を宣言する。楽しい祭りは終わったのだ。

 さてさて、話もだいぶ進んだ。ここでなぜわしが自分の幼少時代の頃を語っているかについて説明しよう。死を意識して記録に残すためか。いや、違うね。
 ずぱり言おう。供養のためだよ。殺された者たちへの。あの村で殺された多くの者達への。
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