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第六話 困惑

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「キチガイじみている」
 僕は源田涼介さんの祖父の回想録を読んで思わずそうつぶやいた。
 その言葉を聞いて叔父の山中健一が苦笑いしながら言った。
「そうだな。こんな話が現実にあるとはとても思えないな」

 私立探偵をしている叔父のところに源田さんから連絡があったのは昨日のことだった。源田さんと叔父は大学の同級生だったらしい。そして今でも交流がある。
 ここは叔父の探偵事務所。源田さんが事務所に入ってきたときは少し驚いた。とても背が高かったからだ。百九十センチメートルぐらいはあるだろうか。 
  
 源田さんが回想録を読んだのは昨日のことらしい。大学ノートに回想録は書かれている。源田さんの父の筆跡だ。ノートの表紙にはただ回想録とだけ書いてある。
 この回想録を発見したのは父親の死がきっかけだったらしい。葬式も終わり、源田さんは父親の遺品整理を始めていた。そしてこの回想録を見つけたのだ。
 そして途中まで読んだところで叔父の事を思い出した。この回想録の真偽について調べてもらようと思ったのだ。
 叔父が確認する。
「ここまで読んだんだよね」
 源田さんは神妙にうなずく。
「うん。そうだ。そこまで読んだ。そこで君の事を思い出したんだ。調査してもらいたくてね」
 叔父は尋ねた。
「この回想録のことが信じられないのか」
 源田さんは回想録に目を落としながら言った。
「そうだ。こんなこと信じられるか」
 叔父は冷静に言った。
「信じられないな。とても」
 そして頭を掻きながら言った。
「でも君の母親も昔に死んでしまった。他に親戚はいるのかい」
 源田さんはうなだれながら言った。
「母方の親戚しかいない。祖父と血筋がある親戚はいない」
 叔父はしかめっ面をしながら言った。
「それは厳しいね。ということは回想録に書かれているこの村に行くしかないのか。それとも涼介は何か知ってるのか。おじいさんについて」
「これに書かれている事以外少しぐらいしか知らない。若いころに両親をなくしたこと。そこそこ売れた小説家だったこと」
 僕はそこで思わず質問した。
「小説家だったんですか」
 源田さんは微笑しながら言った。
「うん。そうだ。歴史小説を書いていた」
「でも、源田照なんて小説家聞いたことありません。情けないな」
 源田さんは不思議そうに言った。
「別に情けなく思うことはないだろう」
 そこで叔父がニヤニヤしながら言った。
「優作は小説を書いてるんだよ。趣味でね。だからいろんな小説を読んでる。だから知らなくて情けないって言ったんだろう」
 僕はだまって頷いた。 
 
 僕は夏休みの間、叔父の手伝いをしているのもそれが大きい。小遣い稼ぎの目的もあったが、好奇心からだった。僕は推理小説に出てくるような、探偵の仕事を期待していた。そしてそれが小説の参考になるのではないか。そう思ったのだ。
 が、しかしそれが幻想であったことは初日で分かった。やる仕事は浮気調査や人探しばかり。しかも僕に任される仕事は雑用だけだった。まあ、中学三年生に大事な仕事は任せられないのは分かるが……。

 そんな僕の気持ちも知らずに、源田さんが言った。
「別にそんな風に思う必要はないんだ。祖父はせいぜい毎年一、二万部を売り上げるぐらいだから……。農家の副業といっても過言じゃない。司馬遼太郎や山岡荘八には遠く及ばないから」
 僕はそれを聞いて少し安心しながら言った。
「そうですか。でも僕と同じ栃木市に住んでたんでしょう。同郷の作家をしらないとは……」
「それに祖父はペンネームを使ってたからね。中西一郎という」
 僕は尋ねた。
「それはどういう意味があるんですか」
「意味は分からないね。ところで君のペンネームはなんて言うんだ」
 僕が答えかけたとき、黙っていた叔父が口を挟んだ。
「話が逸れてるぞ。それで知ってることはそれで全部か」
 源田さんはためらいがちに答えた。
「いえ。一つだけ知っています。祖父はこの回想録を書いた年に自殺しているんです」
 叔父は驚いて、質問する。
「それはどうして」
「分かりません。祖父は高齢でしたが重い病気には罹っていませんでした。それにそれほど金銭的にも困窮してはいませんでした。ただしかし祖父が一九九〇年に自殺したことは確かです。首吊り自殺でした。庭の木に首を吊って」

 その後、いろいろと話したが結局分かったことはそれだけだった。源田さんは帰っていった。叔父はこうつぶやいた。
「優作。これは実地調査をしないといけないかもしれんぞ」
 僕は独り言のようにつぶやいた。
「あの話は本物なのだろうか」
 叔父は困惑気味に答えた。
「分からん。お前はどう思う。趣味とはいえ小説を書いているものとして」
 僕は迷いながら答えた。
「空想だと思います。でも……」
「でも何だ」
 僕はきっぱりと言った。
「あれを読んだ時の心に迫り来る何か。あんなことを空想で書けるでしょうか」
 その時電話が鳴った。叔父が急いで取る。叔父ははい。はい。と返事を繰り返している。やがて
「仕事だ。書類の整理や掃除でもしといてくれ」
 と言って出て行った。
 だが、しかしそんなことをするつもりはちっともなかった。
 僕は源田さんがおいて行った回想録を手にとった。叔父は調査のため回想録をここに置いていかせたのだ。まだ回想録はだいぶある。僕は期待と不安の入り混じる心で、ゆっくりとノートを開いた。
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