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自己紹介①

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「自己紹介をお願いします」
 酷く擦れた声でラングは皆に質問を投げかけた。
 若いのにその初老は超えたかの様なしわがれた声は、普段あまりモノを喋らない所為なのだろうか、それとも緊張して上擦っているだけなのだろうか。
 何にせよこれでサイは投げられ、ゲームはメインフェイズにと進行する。
 間違っても匙を投げる事は許されてはいない、面接ゲームにと。
 緊張した面持ちで佇むナイトウ、その理由は彼の座る席に理由がある。
 ナイトウの座る席は面接官から見て一番右端だ。つまり、面接官からの質問には最初に答える事になるのか最後に答える事になるのか、極端な位置に立たされている事になる。
 これによって面接ゲームの難易度は大きく左右するのは集団面接を経験した人たちならお分かりになるだろうか。この面接で何よりも危惧すべきは『被り』である。
 何日も練ったであろう返答も、前者と被った瞬間にそれは無意味と化す、それはあまりにも無慈悲なシステム。後発は全て偽りの烙印を押され、迫害される。こいつは前の奴の言葉を引用して答える能無し野郎だ、と即座に罵られる。不条理だが、それがこの世界のシステム。
 故に最初か、最後か。
 それは負ける事の許されない勝負の中、とても大事なファクターだという事をナイトウは即座に察知した。それ故にナイトウは刑を宣言される被告人の気分で手を組み神の言葉を待った。
 万が一にも負ける事は許されない、その十字架を背負って。
「では・・・・・・」
 ラングはキョロキョロと当惑した双眸を右往左往させる。
 そして、
「そちらの方から、お願いします」
 と、やせた小枝の様な腕から生えた枯葉の様な手のひらを『左側』に向けて軽く頭を下げた。
(ちっ、そう上手くはいかねぇか)
 ギロッとナイトウはそのラングの選択に不服と言わんばかりに鋭い目つきで射殺すような視線を向けた。その居丈高な態度からラングがナイトウを指名しにくかったとは気付かずに。
「はいっ、ニー島第二区から来ましたピザタ・ベターイナーです。本日は宜しくお願いします」
 太っちょの男、ピザタはそう言って小さく微笑むと頭を深く下げた。
 先程の面接講義の時に見せていたそのポテンと弛んだ頬みたいな態度とは変わり、キリッとした雰囲気が感じられる。やはり腐ってもニー島出身者、根は勤勉で真面目、大事な場面だと流石にこれくらいの態度は繕えるものなかと、ナイトウの中でニート達の評価は上昇する。まぁそれは大変素晴らしくてとても良い事だ、とても良い事なのだが……
(それじゃ届かネェよ)
 ナイトウはピザタのそのテンプレートな回答にがっかりする。
 その凡人じみた回答はねぇだろ、と大事な大事な『王』を決める面接なんだぞ、と心の中で呟く。そのピザタに続く二人目も三人目も同じように当たり障りのない様な発言ばっかり。ここはもっと自分をアピールするべき場面だと言うのに、本当につまらんな。
「では、次の方」
 ナイトウが自分勝手な自論を押し付けて落胆していると、いつの間にか面接は五人目の金髪野郎の出番になっている。
(次は、お前か……)
 食傷気味のナイトウはその金髪野郎の出現に酷く喜び、再び口の端が吊上がるのを抑えきれなかった。油まみれの料理の中で清涼感を漂わすデザートがやっとお出ましになった、早く食わせろよ、と言わんばかりに口の中からはコールタールの様な泥濘とした黒く、密度が濃い唾液が溢れ出した。
(お前は俺の期待を裏切らないでくれよ?)
 そんなナイトウの心情を知ってか知らずなのか、金髪野郎は中々席を立とうとしない。
「……えぇと、貴方の番ですよ」
 見かねたラングが尻を叩くと、ようやく金髪野郎は席を立った。
 勢いよく、イスを倒しながら。
「ふ、ふひっ! ぎょ、ぎょめんなさい!」
 金髪野郎は酷くオドオドとして、面接官に尻を見せながら倒したイスを元に戻す。そして再びピッ、と姿勢良すぎだろ、とツッコミを入れたくなるくらい気持ちのいい爪先立ちを披露して背筋をピンと伸ばすと、顔を真っ赤にして自己紹介した。
「びょ、ぼぐの名前はラグノ・ディシリータといいまああああロウドウ島から来ましたっ。よよよよよよよ宜しくお願いいたししま、しま、すっ!」
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