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  ――何を言っているのか分からない、それがラングの抱いた率直な感想だった。
(金髪の男、確か名前をラグノと言っただろうか。滑舌が悪くて聞き取りにくかったが……こいつはもう負け確定だな)
 皆が皆、ニートとはいえここまでキョドれるやつも珍しい。面接訓練を受けた様子も見られない所や大層な風体から察するに、広いお屋敷内で嘱託教員でも雇い、人とあまり関わらずに育った箱入り息子なのだろう、そうラングはラグノを値踏みした。
(ニート王を目指す理由は……大方、家系の面汚しと罵られて勘当、お屋敷から尻を蹴られて追い出されたってところか?)
 そこまで思案すると、尻を蹴られる金髪野郎を想像して思わず口から笑いが漏れた。
(おっと、いけないいけない。ここで気を抜いたらダメだ、面接官という絶好のチャンスなポジションだからこそ、人の注目は集まるんだからその分注意を怠らない様にしないとな)
 なんてたって俺様は今、『神様』なんだから。
 そう自分に言い聞かせると弛みかけた顔を再び引き締め直した。
 ラングは、真正のニートだった。
 生まれてから一度も働かずに今に至るその道程を顧みると、そこには何もなかった。
 友との青臭い青春や、異性との甘酸っぱい恋愛も、親から注がれる愛情も、夢も、希望も、何もない。何の起伏もなく、ただ平坦とした道がそこにはあった。
 人間万事塞翁が馬。
 彼が一二歳の頃、そんな昔話を読んだ事があった。
 善い事が起きればそれは悪い事に繋がる、悪い事が起きればそれが善い事に繋がる。そんな中で人間らしく成長していく主人公をみてラングは思う。俺は、人間じゃないのだろうか。
 善い事と悪い事の繰り返し、それが人間の人生だとしたら俺はなんだ?
 自問自答の煩悶を重ね、過去を何度も振り返っては見るもののやはりそこには何もない。何もないから何も生まれない、何も生まれないから何もない。そんな単純な悪循環が、ラングの人生の全てだった。その、あまりにも残酷で皮肉にも人間万事塞翁が馬の法則になぞらえられていた閉鎖的無限ループに気付くのにはあまり時間を必要としなかった。
 怖かった。
 未来とは分からないから人は希望や夢を、可能性という淡い言葉を素直に抱く事ができるのに、なのにラングは、不遇にも過去の道筋から未来を容易に想像する事ができた。本当に怖かった。ただ過去を繰り返す人生が。
 だからと、一念発起で彼はニートの王を目指しにここに来た。
 何もないなら、自分の手で小高い丘を、渓谷を築いてやろうと。
「では、最後の方お願いします」
 ラングは本当に引き締まった表情で告げた。
 今からだ、今から起伏のある人生を築き上げるんだ、そう彼は強く願った。まっ平らな人生の中で今、ラングは一番強く願った。
 彼は今、大事な人生の分岐路に立っている。
 変われるか変われないかの瀬戸際。
 だから、だから、ラングには、ナイトウの口から発せられた言葉が理解できなかった。
「えぇとすみませんがもう一度お聞きしても宜しいですか?」
 そうだ、大事な試験中だって言うのにこんなセリフを吐くやつはいない。きっと、聞き間違いに違いない。ラングはそう思った。むしろそうでないと駄目だと思った。
 しかし、無常にもその考えは当てを大きく外す。
 ナイトウは居丈高に腰を据えたまま、見るからにめんどくさそうに溜息を吐くともう一度席を立ち、そして同じ言葉を繰り返した。
 ――とりあえずテメェらみんな死ね、と。
 純粋に腹が立った。
 前々からこいつの態度にはどこか腹に据え兼ねる所があったが、この発言には本当に激怒した。人が真面目にやろうとしているのにこいつはなんなんだ、と。
 今、ラングは人生の中で一番本気で取り掛かっているからこそ、そのナイトウの言葉が信じられなかった。だから、それ以降の事は頭に血が上って鮮明には覚えていないが、あの野郎が悉くこちらの質問に対してフザケタ返答しかしなかったという事だけは覚えていた。
 正直、神経を疑った。本当にこいつはどうしようもないクズだと、そう思った。だけど、それ以上に耳を疑う事が起きる。頭の熱が冷め切らないまま始まった、ファーストラウンドの結果発表の事だった。
 ラルロは蒔絵が美しく施された万年筆で自分の頭をトントンと二回小突くと、席をおもむろに立ちながらニート達の前に歩いてくる。
 そして「んー」と短く唸った後に、
「えーと、一回戦目の結果発表ですが、スパタさん、ミートさんは-10ポイント。ピザタさん、0ポント。チョコさん、ラングさん、ドシャさんは10ポイント。そして――」
 彼女は大きく微笑んで言った。
「おめでとうございます。ナイトウさんとラグノさんは、20ポイント獲得です」
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