殺されたあなたに/新都社モラトリアム新書
これは先日殺されたあなたに向けて書いています。
あなたはもうこの世にはいないのですから、この文章を読むことはないでしょう。出来れば小説のような形で筆を起こせれば、と思いはしたのですが、残念ながら私は小説作家ではないので、このようにしか書くことが出来ません。
あなたを殺した犯人を突き止めるために。
あなたの無念を晴らすために。
あなたが生きていた証を残すために。
私はこの文章を記します。
あなたは新都社というサイトで小説を連載していましたね。しかしあなたの死により、その小説が完結することはもうありません。登場人物たちはこれから自分たちは何をすればいいのかわからないまま戸惑っています。張り巡らされた伏線は回収されず、立ちかけていた恋愛フラグは中腰のまま、ハッピーエンドもバッドエンドもありません。
彼らにとっては、あなたこそが加害者であるといえるかもしれません。しかしあなたは作品を投げ出したのではなく、殺されたのですから、それは仕方のないことです。
あなたの作品は決して人気作とは呼べませんでした。新都社という、漫画メインの投稿サイトにおいて小説はどうしても陰に隠れがちです。その中で安定してコメントを貰える作家・作品というのは限られています。誤字脱字が目立ったり、文章として意味が通りにくかったり、酷い場合は題名に興味を惹かれないというだけで、二度と読まれなくなることもあります。読みづらいのは冒頭だけで、めきめきと文章力も構成力も上達し、連載を続けるうちに素晴らしい作品に仕上がっていく、というものが稀にあっても、なかなか気付かれません。
傑作かどうか、というのは完結していないわけですから判断出来ませんが、あなたの作品も最初の頃に比べればずっと読みやすく、誤字脱字も少なくなっていました。私は密かにあなたを応援していました。私は数少ないあなたの愛読者の一人でした。
私にはあなたの作品の続きを書くような想像力はありません。仮に誰かがあなたの作品の続きを書いたとしても、私はそれを読む気にはなれないでしょう。あなたの作品の続きを書けるのはあなたしかいません。たとえそれが失速し、変節し、醜いものに変わり果ててしまった物語だったとしても。それがあなたの選択だったのなら受け入れられます。
コメントをつけるかどうかはわかりませんが。
犯人候補をあげていきましょう。
・あなたの作品に「つまらん」とコメントをつけた人
・あなたの作品を長文で酷評した人
・あなたの作品を黙殺した多くの人
・多くの人に賞賛される作品を書けない自分に絶望したあなた自身
こんなところでしょうか。
しかし私はここにあと一つ付け加えたいと思います。
・創作という名の毒
少し説明がいりますね。
あなたは小説という形で創作活動をしていました。それは現実逃避の一種だったのでしょうか。生き甲斐だったのでしょうか。プロデビューするまでの修行だったのでしょうか。あるいはそれら全て?
軽い気持ちで始めたはずの執筆活動は、いつからかあなたの生きる支えになっていましたね。たとえ大きな反響がなくとも、書いている間はそんなことにお構いなく夢中になり、自らの指先により作られていく世界に興奮し、病みつきになっていきましたね。それは麻薬のようにいつしかあなたを蝕み、死の淵へと追い詰めていきました。
あなたが作品を公開しても、望んだ反応は得られませんでしたね。一話から注目を浴びて漫画に負けないくらいコメントを貰い、大量のFAとマイリスをゲット、出版社から声をかけられて書籍化なんかしちゃったりして、なんてことを、ちらりと思ったりしていたのに、そのどれもがあなたには与えられませんでした。
私は時々コメントをつけていたのですが、それくらいではあなたはとても満足してくれなかったようです。
威勢の良かった作者コメントからは次第に明るさが消え、作品にもその影は落ち、雰囲気が暗くなっていったり、細かい設定がいい加減になっていったりしました。文章力は上がっているのにもかかわらず、勢い任せで書いていた頃にあった魅力は薄れていきました。
私はそのことをコメント欄で指摘しようかとも思いました。けれど、足掻き、もがくこともまた成長の一過程。迂闊にアドバイス的コメントを残したら、それがあなたには向いていないかもしれないのに、路線変更して失敗してしまうんじゃないか、と心配したのです。
私は、いや、私たち読者は、あなたにはなれません。あなたの作品に大きな責任は持てません。面白い、つまらないは気軽に書けても、作品のここをこうした方が、このキャラをもっと前面に出して欲しい、バッドエンドでもいいから続けて! などといったコメントをつけにくいのです(ハッピーエンドでお願い、というのはよく見かけますが)。しかも全体的にコメントが少ないがために、一つのコメントが大きな意味を持ってしまいそうな小説作品ではなおさらです。
もしあなたが助言が欲しかったというのならごめんなさい。あなたの作家性を尊重するあまり、遠慮がちになっていたことは認めます。あなたの死の原因の何割かは、私たちにあったのかもしれません。
創作という名の毒を舐めたあなたと、解毒剤になれなかった私たち、犯人はこれで決まりでしょうね。事件は無事解決しました。完。
……と、ここまで書いてアップロードしたところで、「ちょっと待って」とあなたからスカイプでメッセージが届きました。「俺死んでねえよ、勝手に殺すな」と怒りの声が響きます。創作に溺れた者の落ちる表現地獄からメッセージを送ってくれるあなたの執念、それを小説執筆にもっと生かすべきでしたね。
「だから死んでねえって! 更新停滞してるけど、投げてないからね! ちゃんと完結させるつもりはあるからね!」
うるさいですよ。いつまでぐずぐずしてるんですか。作品を書かない作家なんて死んだも同然です。何ヶ月も放置しておいていつまでも作家気取ってるんじゃありません、甘ったれないでください。「ごめん、ごめん……うん、ごめん」本気でへこまないでください。これは激励です。あなたの作品の続きを楽しみにしているのは本当です。ですがその気持ちも、あんまり待たされると冷めてしまいます。「久し振りの更新だな、ちょっと読み返すか」と思っても、漫画と違って読み返すのに時間がかかるために面倒臭くなって諦め、結局話を忘れているから続きもどうでもよくなる、といった現象も起こります。「わかった、とりあえず書き上げてある分は明日アップするから。それとこれまでのあらすじも追加しておく」是非そうしてください。「でもさ」何ですか。「俺は結局死んでなかったわけだから、この文章どうするの」心配ありません。死人ならまだまだいます。「え?」
これは先日死んでしまったあなたに向けて書いています。
あなたはもうこの世にはいないのですから、この文章を読むことはないかもしれません。出来れば小説のような形で筆を起こせれば、と思いはしたのですが、残念ながら私は小説作家ではないので、このようにしか書くことが出来ません。
あなたを殺した犯人を突き止めるために。
あなたの無念を晴らすために。
あなたが生きていた証を残すために。
あなたが生き返って小説の続きを書いてくれることを願って。
私はこの文章を記しました。
(完)