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お題②/秋刀魚の蒲焼きとサバの味噌煮/式舞ナバリ

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 夜の町に雨が降る。
 暗い、電灯も無い裏路地を一人の少年が歩いていた。服装は黒いレインコート、持ち物は一本の傘。それ以外はバッグも何も持っていない。レインコートの下には色々と入っているようだがここからは見えなかった。レインコートに傘という珍妙な格好をしている彼だったが、その姿を人が注目することはほぼ無かった。裏路地という人が少ない状況に関わらず、都心の地下街で傘をさしていても誰も彼には気づかない。彼は、存在感の無い体を上手く利用していた。立ち止まることも無く少年は当ても無くただひたすらに歩いていた。
 それから数分後、レインコートの中で携帯電話が振動する。
「もしもし」
 彼はレインコートに手を入れること無くフードの下に隠されたマイク付きイヤホンを使って会話する。いちいちレインコートに手を突っ込むのは面倒だと思った彼が数ヶ月前に量販店で購入したそれはすでに所々が欠けていた。
「任務、場所はGPSで確認」
「了解」
 短い電話。数秒で終了したそれは単純に指令を伝え、受け取るだけならば十分だった。彼は携帯電話の音声で場所を確認し、目的地へと歩き出した。場所はここから2キロ。とある民家周辺で起きた事態の収拾が任務。面倒だ、とは思わない。一応これが食い扶持を稼ぐ唯一の方法であるし、毎日のことだ。
 彼は裏路地から大通りにでる。たくさんの人々の間に彼は紛れ込む。杖をつくコートの老人、眼鏡を雨に濡らし、こすり続けるサラリーマン、黒猫を抱えた高校生。それと連れ立って歩く赤猫を抱えたハイテンションな高校生。皆、自分とは違う世界を生きる人々だ。だが、それを思うのもいつものこと。深く考えるなどということは一切しない。
 だから、こんなとき彼が考えるのは、今日の夕飯は何にしようかとかそんな他愛も無いことだ。それが一番気楽でいい。と、夕飯は秋だし秋刀魚の蒲焼きにしようと思いついたところで目的地へ着いた。
「ここか」
 ぼそりと呟き、組織へ連絡をとった後、さっさと仕事を始める。
「時の流れを我に顕わせ」
 ぶつぶつと呟くと、彼の眼前にモニターのようなものが表示され、そこに漢字で表されたグラフのようなものが生じた。適当に目を通す彼。
 それは、そこの時間の流れを表示する機械。組織からの配給品だ。
「結構ずれてるな」
 そこの時間は半年以上この一晩の内に未来に進んだ計算になっていた。普通はせいぜい三日とか、数時間といったものなのでこういったケースは珍しい。まあ、数百年も昔の土地が顕現したケースもあるにはあるが。
「さっさと直して秋刀魚の塩焼き食わないとなー」
 微妙に先程と言っていることが違う。だが、彼は全く気にする様子もない。少年は秋だというのに新芽が芽吹き、まるで外界から遮断されるように雨の降っていない民家に右手を突き出す。その手に握られているのは一本の傘。ちなみに彼はレインコートを着ているので濡れることは無い。
「時間の流れを正し過去と未来を現実に戻せよ」
 短い呪文のようなものを唱えると傘の骨が二倍にふくれあがり、表面に数字が浮かんだ。それは17286303という数字を示すと、凄まじい速度で数字を小さくしていった。数字が小さくなるにつれ、民家の若草が縮み、枯れた草がはえ、それが徐々に青くなっていった。
 数字が0になった時、民家には周りと同様に雨が降っていた。
「任務完了」
 彼は傘をまた頭上に差し、来た道を戻り始める。数年前から発生している世界中で現れる歪んだ時間があらわれる現象。当初はニューヨークにいきなり原生林が出現したり、新幹線の高架のが消滅したり、突然高校生が大学に通いだしたりと大混乱が起きた。それは全くの原因不明の現象だったが、一部の人間にそれを直す能力が発見された。その後、そういう人材をいくつも集めたのが「組織」。そして帰路をたどる少年は組織に属し、その傘で時間を直しに回るエージェント。通称、時間屋。彼の仕事によって直された時間は数百を超す。彼は、毎日時を直し続ける。それが、彼の仕事だから。
 そして、少年は、最後に傘をくるりと回し、裏路地の闇に消えた。
 ちなみに、彼の今日の夕飯は何があったかサバの味噌煮になっていた。
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