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お題②/またここでお会いしましょう/犬野郎

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 世界の終わり。そう表現すると、なんとも安っぽい響きである。
 俺はパソコンの電源を切り、伸びをして外を見た。
 昨日まで晴れていた空は薄く曇り始めている。雰囲気が出ると、その時の光景を色々想像してしまう。
「ま、それもすぐに見れるか」
 一人で呟いて、台所の下に置いておいた袋を漁った。
「……弾切れか」
 数日前に無人のコンビニから持ってきたカップ麺は、いつの間にか全部なくなっていたようだ。
「取りに行くしかないか」
 どうせあと二十時間程の命なのだ。本当は何も食べなくたって問題はない。
 でもまあ暇だし、最後に住んでいた町を散歩するのもいい。なにより、最後の瞬間に腹ペコというのはあまりに哀しい。
 安アパートの部屋を出る。鍵はかけない。町に残っている人間で、物取りをしようだなんて奴はいないだろう。もちろん俺は手ぶらで、財布も持っていない。
 世界が終わる。眉唾だったその噂がちゃんとニュースになったのは、ほんの二週間前のことだ。自分の視界に入らないものに対する危機感の無さを、人類は自身の最後に身をもって体験できたわけだ。
 突然地上に現れた正体不明の大穴。ブラックホールのように周囲を吸い込み広がっていくそれが、世界中で実に百六十三個。その一つが明日、俺の住んでいる町を飲み込む。
 少しでも穴から遠ざかろうと、住人のほとんどがこの町を逃げ出した。自衛隊や有志で構成された急造の組織が、国外に逃げる手筈も整えているらしい。
 でも俺はそんな気になれなかった。三十路半ばの彼女もいない独身男性。仕事が楽しいわけでもない。人生に未練がなくはないが、早いか遅いかなら最後くらいゆっくり過ごしたい。
 コンビニに着くと、開けっぱなしの自動ドアから荒れっぱなしの店内へ入る。
 逃げなかったのは俺だけじゃない。俺のように諦める奴、奇跡を信じていつも通り過ごす奴、事態に乗じてはっちゃける奴。最後の時間の過ごし方も人それぞれだ。
 カップ麺や飲料水を袋に詰めて店を出ると、雲は大分色濃くなっていた。
「そろそろ終わりも近いかな」
 そんなことを呟きながら帰る途中。ポツっと頬に当たったと思った雨はすぐに本降りのそれへと変わった。
 慌てて近くの軒先に入ると、すでに体はびしょびしょだ。
 手ぶらで来た俺に当然傘なんてない。
 どうしたものかと思った時、人影がこちらに走ってくるのが見えた。俺にとって、一週間ぶりの生で見る人間だ。
「あ……」
 びしょ濡れの制服を着た少女だった。真面目そうな黒髪、明るい色の眼鏡。少女は俺に気付くと軽く会釈をした。
「すいません、ここ少しいいですか?」
「もちろん。別にここ俺の家じゃないしね」
「そうですか」
 頷いて彼女は俺から少し離れて、シャツを軽く絞り始める。
(制服を着てるってことは普段通り組か。しかし、友達もみんな逃げたろうに)
 なんで残っているのか、何故学校へ行っているのか。その質問は喉奥にしまっておいた。下手な干渉はトラブルの元だ。
 空を見上げていても雨が止む兆しは無い。すると、彼女から俺に声をかけてきた。
「あの……本当に、世界は終わっちゃうんでしょうか?」
 それは酷く客観的な、無感動な声だった。
「そうニュースでは言ってたね」
「貴方は、それを信じてるんですか?」
「そうだね。少なくとも、逃げた人たちと同じくらいには信じてる。俺は面倒だから残っただけだ。君は信じられない?」
 彼女は自身を抱くような格好で立っている。寒いのだろうか。それとも、怖いのだろうか。
「信じられないというよりも、実感が沸かないんです。見たことも無い穴のせいで、明日にも自分が死んじゃうなんて」
 なるほど、と思う。
 彼女は子供なのだ。だから、経験したことの無いものは信じられない。信じない以外の、対処の仕方が分からない。
 大人は知っている。物事は時に突然かつ不条理で、不可解なまま過ぎ去っていくこともある。誰も説明してくれないから、理解したければ自分で働きかけるしかない。それがめんどくさくても、流され続けるしかない。
 でも、彼女はそんなこと知らなくていいんじゃないかと、俺は思った。
 彼女は子供だ。そして子供のまま死ぬ。大きすぎる不条理に巻き込まれて。
 なら、信じたいことだけ信じればいい。信じたくないものから、目を背けてもいいんだ。
「確かにね。うん、じゃあ、俺も信じないことにしようか」
「え?」
「実際、俺だって穴を直接見たわけじゃない。この騒ぎが全部、ドッキリのSFXだってこともあるかもしれない」
「いや、そんなことは流石に……」
 困ったように笑う彼女を見て、ほっとする。たとえ苦笑でも笑顔は笑顔だ。
 少し晴れやかな気分で空を見上げると、雨が少し小降りになっていた。都合よく陽が出たりはしない。世界はそんなに優しくはない。
「俺は走って帰ることにするよ。君は?」
「あ、私はもう少し様子見てから……」
「そうか、じゃあこれで」
 そう言って軒下から飛び出そうとすると、後ろから声がかかる。
「あのっ!……明日も、またここで会いませんか?」
 一瞬で様々なことが頭を掠めた。でもそれを今口に出すのは、野暮以外の何でもない。
 形だけでも信じたいものを信じる。それでいいんだから。
「ああ、じゃあ明日。またここで」
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