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ココハオレニマカセロ

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気分はヒーローだった。



そりゃあそうだ。大した面識もありませんし、命を賭ける義理もござんせん。そんな相手の元へ翔る己がヒーローでなくて、一体なにがヒーローなのさ。
それもこの背に庇うべきはか弱い・・・か弱い? よな? まあ、見た目貧弱だしそういう設定でいこう。か弱い下級生で、異性で、容姿もなかなか捨てたものじゃない。性格はアレだけど、そこさえ目をつむればもう、日曜朝八時からの放送は俺が頂いたようなものだ。
これを機に新番組が始まっちゃうかもよっ!
まああの怪物猫相手に生きて帰れたらの話だがなっ! もう死んでたけどなっ!
「死ぬのは一回で十分だよぅ、ド畜生!」
叫んだ。なんかいろいろ思うところもあるし逃げ出したい気持ちも満載だけれども、覚悟は既に決めてきた。

だから、おれはこの、修羅場へと戻ってきたのだ。










「よう、なんだ尻尾撒いて逃げ出したかと思ったら血相変えて戻ってきやがって。忘れ物でも取りにきたんかこの間抜け」
加納後輩の言葉は、己の被害妄想も手伝って殊更に刺々しく聞こえる。まあ、事実一度は逃げ出した身だ、甘んじて受けよう。
「いやはや、アハハ。そうなんですよ、大事なものね、ちょっと忘れちゃいまして」
「あそう。じゃ、それ持って帰って消えろよ」
「あー、いや、まあ、そうですね。はい、じゃあ、その」
ものすごい勇気を振り絞って。そりゃあもう、生まれて初めてバンジー飛んだ時よりも胆力込めて、俺は、あえて見ないように見ないようにしていた方向に、目線を移した。

目線の先に鎮座する化猫の、手のひら大の眼球がギロリ、一睨み。それだけでたまひゅんする俺の睾丸。
「わわわわ、忘れ、れれれ、れ物を、ををを、と、取りに、い、いいいい、いく、行くと、しまひょうかっ!」
噛み噛みに噛んで、足はガクガク骨盤グラグラ。へっぴり腰で左右の手足を同時に出し、それでも進んで立ちはだかる。
俺の前には、化け猫。俺の背後には、小生意気な後輩。
「? なにやってんのお前?」
加納後輩が疑問を投げつけてきた。直截に応える。
「だ、だだ、だっから、忘れ物、をですね、その・・・・」
そこから先はもう、言葉にならない。
威圧感が。
化け猫の殺傷範囲に一歩二歩と踏み込んでいくたびに、それが実感として肌という肌を刺し穿つ。
一歩近づくたびに、消滅へのカウントを一つ縮めているようなもの。こんなものは自殺以外の何物でもない。
それでも、背後に庇うべき対象があるのならば、進む以外に道はないのだ。

「ああっ! なにお前、見かけによらず健気なんな。ハハッ、私を助けに戻ったんか!!」

くぅ、背後のおちょくり混じりな言葉に殺意すら沸く。なにお前、お前の先輩様がお前を助けようと身を挺してやってんのにそういう態度はないでしょ!?
普通はここは、黙って股を開く所だ、普通は。
ほほを赤らめて羞恥に顔をそらしてそれでも俺の勇姿をチラ見しながら、もう堪えられません! 先輩の男気に濡れ濡れですっ! これが普通。
だってのに、なんて不出来な後輩だこの野郎! 振り返って見た加納後輩の顔は、なんかもう悔しいくらいに清々と”馬鹿”を見る目だった。
誰が馬鹿かなど、この期に及んで説明は不要なところに、己の諦観もまた交っては、いる。
人間一人、化け猫一匹、幽霊一人。
三者三様の立ち位置にて、三者はただひたすらに三者で、ただひたすらに別々だった。そこに何がしかの繋がりなど皆無。
俺と化け猫と加納後輩がここにいる、それだけの関係、関連。なのに俺は加納後輩を助けるのだ。
どうして? それは勿論、だって、そんなん、なあ?
今更説明は不要っしょ。なぁ、相棒?

『然り』
と、マグナは重々しく答えるだろう。
他の誰でもない相棒のことだ、おれが一番良く分かっている。
そして。

口が悪かろうが性格が壊滅的だろうが、後輩は後輩。見返りもある。覚悟も決めた。そして、俺には相棒がいる。

ならもう、やるっきゃ?






____________Only doing is a knight_________________________________________







「ふんふんふんふーん」
鼻歌を歌う。歌いつつ、スリ足と何気ない所作を駆使して化け猫の斜め後へと向かう。
(俺は路傍の石俺は路傍の石俺は路傍の石)
敵でも味方でもない、ただの通りすがりというスタンスを殊更に強調しつつ、慎重に歩を進める。今のところ、化け猫に大きな動きはない。
大丈夫、このまま黙って、ゆっくり、慎重に、ゴクリ。生唾を飲み込む音すらも今は命取りになるというに。まあそんな音出ないけどナ。

すりすり、ずりずり、じりじり

ミリ単位で進む。今肝要なのは、あの化け猫を刺激しないことなのだ。あいつの斜め後にさえ陣取ることが出来れば、この非力な幽体にも勝ち目は見えてくる。
(四足歩行に限らず、生き物は例外なく斜め後ろへ引けばバランスを崩す。無論、相手も野生、黙って転がりはしないだろう。必ず暴れる。しかし、その合間を縫って隙を突き、ゴロリと仰向けにさせることが出来れば俺の勝ちは決まったようなもの。後はひたすらに金的! 金的!)
だから、どうか、静かに、静寂に、小さく、狭く。
つまり俺が俺に求めているのは、己という自我をこの一時だけでも全廃し、ただの路傍の石へと変質することであり。
それはつまり俺が俺であることを、この意識の有り無しでしか証明できない不安定性を向こうに回しての意図せぬ挑戦であり。
結果、知る。

石に成れ、と、心から念じた結果、己は石へと変質するのだ、という事実に。かろうじて伊藤樹とかいう名前の、もはや形而上と表現したって何ら差し支えのない、不思議なナニカは、どこまでいっても不思議なナニカでしかないのだ。コレは、伊藤樹ではない。おれは、伊藤樹そのものではない。
俺は、不思議なナニカ。願えば石にもなれる、不思議なナニカ。

ガッシャァァァン!!!!

背後で大音響。その音に引き戻される形で、俺は俺でありつづけることができた。危うかった。今のは、危うかった。
もしや加納後輩が、俺の尋常ならざる様子に何事かを察して咄嗟に音を鳴らしたのか? だとすれば何たる勘の働きだ、素直に脱帽である。
「あ、危ないところだったよ加納さ・・・・・」
クルリと振り返って額を拭き拭き、加納後輩へと向き直れば、なんというか、まぁ。
イヤァァァァ、な、笑顔で。ニタニタというかニチャニチャ笑って俺を見て。

「おい、おいおい先輩さん、化け猫に気付かれてっぞ」

そんな彼女の足元には、どこの誰のものとも知れない植木鉢が真っ二つ。つまりまあ、こういうことだ。
この俺が、静かに音をたてないように猫の後ろへ近付こうと苦心していた矢先、彼女はどんな悪戯心からかワザと音を発して、それも器物損壊までして! 化け猫にいらぬ刺激を与えたのだ。それも俺は結構化け猫に近付いちまっている。

「貴様なんぞ、風呂場で転んで死ねぇぇぇ!」

憎悪の限りを尽くして呪いの言葉を吐き出す。どうか神様、あのアマを可及的速やかに地獄へ送ってやってください!
「死ねとか人に言うなんざ、サイテーなんな」
「むぐっ! ぐっ! ぐぐぐぅぅぅぅぐっ、く、畜生! クチガスギマシタ!」

「って、馬鹿後ろ!」
「は? うぎゃあああああああ!!!!!!!!!!!」

グルルルル。ヤツは喉を唸らせて俺の真後ろにいた。グルルルル。唸っているだけなのに空気が振動して俺の肌を直接打つ幻覚。
グルルルル。消滅へのカウントダウンは始まっている。この間合いではどのみち助かりようはない。
グルルルル。おれは消える。おれは死ぬ。俺はいなくなる。それはしかし、もうずいぶん前から分かっていた、覚悟はしていたことだ。
グルルルル。まだ、まだマシな方だとは、思う。思いたい。せめて消えてなくなるその時は、どんなにか理不尽であったとしても、それなりに納得した上で消えてゆきたい。何も納得できないで消えるのは、それは、嫌だろう。本当に、嫌だろう。
グルルルル。加納後輩は、嫌だろうなぁ。ああ、こんなことになったのも半分以上あの馬鹿後輩のせいなんだけどさ。なんだけどさ。
グルルルル。ド畜生! 覚悟は決めただろう! もう迷うな、振り切れ、俺は納得した! 納得した、無理やりだけど、した!
グルルルル。

俺は、ここで消える!

「ここは俺に任せて、お前は逃げろ加納後輩ぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」

化け猫の、木の幹のようにブットイ前肢へ組みつく。後はもう、鰐の顎の如く離さない。
絶望的なウエイト差。決定的戦力差。絶対的筋力差。しかし、それでも、やつが逃げられる時間くらいは、畜生!
「どらぁぁぁぁ!!! こんんんんんのぉぉぉぉ、ばっけねこがぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
びくともしない。鉄骨相手に相撲をとっている気分。畜生、あいつは、もう、逃げたか!?
チラリと振り返る。あろうことか加納後輩は、まだそこにいた。

更にあろうことか。



「アッハッハッハッハッハ!!!!」

爆笑して転げまわっていた。














は?












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