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番外編 ビューティアンドビースト3

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 あれからどのくらいの時間が経っただろうか。牢屋の中で、絶望の中で私はただ虚空を見つめていた。思い浮かべるのはガルの困ったような顔だけだ。いつも私の心配をしてくれて、いつも私の無茶を見守ってくれていて、いつも…。
 ――苦しい
 愛する人との思い出さえ今の私には救いにならない。私の中に苦しみと悲しみ以外のものがあるとしたら、コールや私たちを騙していた村人たちへの憎悪だけだ。
 いつもの見張りとは違う足音に私は顔を上げた。歯を食いしばり感情を抑え込む。これ以上あの男に無様な姿を見られてたまるものか――。くだらないプライドを守るために、ただ私は黙ったままコールを睨みつけた。
「ふむ。結局死は選ばなかったか。それでこそ、だ」
 私は今にも鉄格子にしがみついて叫びたくなる衝動を必死に我慢した。にぎりしめた拳からは爪が食い込んで血が出ている。
「早速だが君にはこの前言った”役目”を果たしてもらう」
 当然私には役目とやらを果たす気はない。隙を窺い一矢報いる、そのためだけに自害しなかったのだから…。
「君にはガルの子を産んでもらう」
 ――は?
 思考が停止する。意味がわからない。
「前も行ったと思うが、コトダマ使いの資質は親から子へ受け継がれるものだ。ただ必ずしもそれが遺伝するとは限らない。だから君にはガルの後継者をつくるための、苗床の一つとして働いてもらう」
 その時、私の中にある何かが音も出さずに大爆発するのを感じた。
「この腐れ外道がぁあああああ!」
 鉄格子に体をめり込ませ、届かないとわかっていても憎悪と拳を放たずにはいられなかった。
「元気がいいな。夫婦そろって獣なみということか。安心しろ。弟夫婦の情事を見物するほど無粋じゃない。ガルを君と同じ牢に入れたら私たちは退散するよ」
 コールはいやらしい笑みで私に笑いかけながら死刑宣告をした。
「最も理性を失った今のガルでは愛を語らうことはできんかもしれんがな。せいぜい理性のない野獣に犯されるがいい」
 コールはそう言い放つとこの部屋を出ていった。それと入れ違いになるように、鎖に繋がれたガルが4人の男に引っ張られながら私の牢に近づいてきた。
 私は覚悟を決めた。このまま生きていても私とガルに希望は無い。ならせめて私がガルを殺して一緒に死のう。鎖に縛られて身動きの取れない今のガルならば、私でも何とか殺せるはずだ。タイミングを計り、二人の男が牢の内からガルを引っ張っているところへ私は飛び出した。ガルの首を掴もうと手を伸ばしたところで、私は横合いから蹴り飛ばされた。よくよく考えたらガルは動けなくとも周りにはまだ男たちがいるのだ。絞め殺すようなまねができるわけがない。しかし、その時の私はその程度のことが分からなくなっているほど追いつめられていたのだ。
「バカ女が、おとなしく股開いて寝転がってりゃいいんだよ!」
 さっき私を蹴り飛ばした男にもう一度蹴り飛ばされると思った次の瞬間、その男の足が無くなっていた。
「あ、がぁああああ!!」
 他の3人はガルを繋いである鎖を握り締めたままで呆然としている。正気になった一人が抑え込もうと鎖を引っ張ったが、ガルはその力に逆らわずその男の方へ突進した。その男は叫び声をあげてはいたが、喉笛を噛みちぎられたため空気の抜けるような音だけが牢に響いた。当然ながら、たった二人では今のガルを押さえることはできず、再びあの時の森のように辺りは血で染まった。
 その光景の中、私は涙を流すことしかできなかった。でも、このままガルに殺されるならそれもいいかもしれない。そんな風に考えていたところに頬を生温かい何かが這っていった。
「んぇ!!」
 ビックリして妙な声が出てしまった私の顔を、ガルは敵意のない目で見つめていた。しばらく私はきょとんとしていたが止まった思考を何とか動かしてガルに話しかけた。
「ガル…私が、わかるの?」
 返事は無かったけど、ガルの私を見る目には微かではあっても私に対する優しさのようなものを感じた。私は思いっきりガルを抱きしめると、言葉を理解しているかどうかわからなかったけど、力強く話しかけた。
「ガル、この村から逃げましょう?もうここに私たちの幸せは無いわ。あなたのことはきっと私が何とかして見せる!だから…!!」
 ガルは私を強く抱きしめ返すと、私を立ち上がらせて歩き始めた。さっきの騒ぎで人が集まってくる前に私たちはこの村から逃げだした。

 ムーヌとガルが村を抜け出して丸一日が経過した後、村の外れに人影が二つあった。一つはガルの兄であり村長であるコールである。もう一人はフードで顔を隠し、木にもたれかかっている。
「で、結局逃げられたと?」
「そんな怖い顔で見ないでもらいたいね。あの状態のガルを、戦闘の素人である私たちが止めることなどできんよ」
 フードで顔を隠した人物は、なおも苛立った状態でコールに話しかけた。
「それでも予防措置を施すこともできたはずでしょう?貴重な成功例をドブに捨てるなんて、私が責任を問われるんですよ?」
「まさかガルが理性を失ったあの状態で、ムーヌを認識するなど誰が想定できる?それにわが村の経済状況や人員不足を考えるとこれ以上避ける人間もいなかったんだ」
 それをフードの男は鼻で笑うとコールを睨んだ。
「今さら弟に同情でもしたのではないですよね?」
「そう突っかからないでもらいたいな。あなた方の欲しがっている研究結果の資料はさっき渡した通りだ。問題は無いのだろう?」
「まあ、ね」
「ならば約束を果たしてもらうぞ。私を”彼”に会わせてくれる約束をな」
 木にもたれかかるのをやめた男は、肩をバキバキ鳴らすと片手を上げて合図した。
「その前に私は実験しておかなくてはならなくてね」
 そう言うと木の陰から、背中が隠れるほどの長く白い髪の子供が姿を現しコールに向き合った。
「この子は…何なのですか?」
「言ったでしょう?実験だってね。この子は実験体だよ。それもとびっきりのね」
 コールは眼を見開くと全力でその場から逃げようとするが、コトダマ使い相手には無駄な行動だった。
「待て!私は結果を出した優秀な人材だぞ!それを殺…」
「――」
 放たれる強力なコトダマに、コールはなすすべなく命を消された。自身の身内さえも実験隊として扱った男は、実験と称して殺されることとなった。
 フードをかぶった男の後ろから大柄な男が話しかける。
「室長補佐殿、首尾はいかがですか?」
「問題は無いよ。この子の性能はやはり別格だね。これでコストがもう少し軽ければいうことは無いけど、まあよしとしようか。じゃあ後は実行部隊に任せるよ。村は証拠が残らないように焼き払っておいて」
「了解です」
 そう言うと大柄な男は部下を連れて村へ向かった。室長補佐と呼ばれた男はコールの死体を見るとコールの最後の言葉を思い出して哂った。
「結果を出した優秀無人材ねぇ?少なくとも、私たちが提供した禍紅石と資料が無ければ何もできない人間のことではないねぇ」
 そう言うと男は白髪の子供を連れて村を後にした。

 私が村のその後を知ったのはあれから3週間ほどたってからだった。風の噂では山賊の襲撃により村は全焼、生き残りもいないとのことだった。彼らを許せない気持ちは今でももちろん強く心に残ってはいたものの、ちょっと複雑な気持ちではあった。でも、これで幸いにも後顧の憂いは無くなった。あとはガルを元に戻す方法を見つけるだけだ。調べることがコトダマ使い関連なだけに、国に気取られないように慎重に行かなくてはならない。これから起こるであろう困難に不安になりながらも、常に私の隣に居るガルの姿を見るだけで私は強くなれた。これからも私はガルと共にあり続ける。どんな手を使っても、どんなに罵られようとも。だたそこにガルがいるなら私は――。
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