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剣術

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あれからレインと何度か依頼をこなしていった。
今までやった数はそうだな、大体8つくらいだろうか。どれも狼男のような魔物は出てこないものだったが楽というわけでもなかった。
大抵の相手はコボルトや狼、大鼠等だった。
依頼をこなして手にいれた金額の総額は12000Gくらい。
これから生活費や冒険に必要な仕度など色々あわせて-2000G。
……1億G……全然たまらないな。
「あーあ……」
兄貴にも全然あえないし、お金は全くたまらないし。
確かに兵士やってた頃には考えられないようなお金だけれどそれでもやはり全然足りない。
「どうしだいロラン君。溜息なんかついて」
心配そうな声のレインが話し掛けてくる。
とは言っても心配そうなのは声だけで当のレインはベットの上に寝転がって本を読みふけっている。
まるで興味はないがとりあえず聞いておこうという態度だ。
「別になんでもねえよ」
「ふーん……まぁどうせ借金の事でしょ?」
レインにはすでに借金の話はしてある。というよりはなし崩し的に知ってしまったというべきか。
まぁなんにせよ鋭いな。
「まぁ、そうだな」
「僕の借金はもう返したしねぇ……ま、頑張りなよ」
レインも俺と同じで借金を負って冒険者になった口だった。
とは言ってもレインの金額は大したものではない。両親に先立たれ、親戚の元で育てられたがその育ての親が夜逃げしてしまい借金を払う羽目になってしまったのだ。
子供のレインでは大した仕事にもつけず払える状況じゃなかった。仕方なく冒険者になりこうして依頼をこなして無事に借金を全て返済したという訳だ。
レインが魔法を使えるのは育て親である叔父が魔術に関する本を持っていたらしく、初歩的な魔法はそこで学んだということらしかった。
「頑張れって……頑張ってるけどな。あーあ……」
兄貴に会いたい。日に日にその思いは募るばかりだ。
昔みたいに頭を撫でて欲しいなー……兵士の仕事終えて疲れて帰った時には必ず頭撫でて抱きしめてくれて……。
「今お兄さんのこと考えてたでしょ」
いつのまにかレインは本を閉じてこっちを見ていた。
それにしてもなんでわかるんだ? もしかして魔術で心を読めるのか!?
「なんで分かるんだよ……心でもよんでんのか?」
「よめるわけないでしょ……ロラン君顔に出やすいんだよ」
顔に出やすい……。
そんなこと言われたって困る。
「さっきのロラン君の表情教えてあげようか? ぼーっと照れたように顔を赤くして、にまっーと笑顔になる」
「う、うるせーよっ!」
馬鹿にしたような表情でにまっーと笑う。もしかして俺のものまねか?
全く。何がしたいんだ。たくっ……にしても仕事が無いな。
「俺は下に降りてるからな」
「あっ、なに? もしかして怒っちゃった?」
「怒ってねーよ」
寝巻きを着替えて部屋を出る。
腹も減ったしマスターに昼飯のパンとスープを作ってもらおう。
それと今日はちょっと奮発してソーセージもつけて貰おうかな。
「ロラン君ー僕の分も買っといてー。もちろん奢りで」
階段を下りている途中でレインの注文が聞こえてきたが無視して降りる。
だれが奢るかってんだ。


「ごちそうさま」
「あいよ」
うん。相変わらずパンはくそまずいけどスープだけは美味しいな。
ソーセージはあんまりうまくなかったけど。
「マスター、なにか良い仕事ある?」
食後のぶどう酒を飲みながら聞く。
兄貴に付き合って飲むようになった為嗜む程度には飲める。こうやって葡萄酒を飲んでいると無性に寂しくなる。
兄貴とまた飲みたいなあ。
「仕事ねぇ……レインが来てからは多少仕事がくるようになったが大したものはないな」
「あっそ」
まるで俺は役に立たないみたいな言い方だな。
ああくそっ。
兄貴にもあえない苛立ちからか凄い苛々する。
「マスターもう一杯」
「たくっ昼間っから飲みやがって」
ふん。うるせーよ。
酒でも飲まないとやってられねーってんだ。
「兄貴……どこにいるんだよ……」
階段を降りる音が聞こえてくる。どうやらレインが降りてきたらしい。
腹の減りが耐え切れなくなったんだろうか。
「あー! ロラン君ってばお酒飲んでるじゃないか!」
「うるせーなぁ。何飲もうと俺の勝手だろ」
俺を見つけて近寄ってくるや否や叫び声をあげる。
流石にあんな大声出されるとうるさい。マスターも煩そうに小指を耳に突っ込んでいる。
「やさぐれてるじゃないかもう。そんな悪いロラン君にはお仕置きだね」
俺の隣に座り、突然でこぴんを放つ。
「いてっ」
見かけに寄らず中々威力のある一撃だった。
ちょっとひりひりする。
「あっ、でも悪いのはこのお酒だね」
突然俺の手からグラスを奪い取る。
「あっ、やめろよ!」
ちらりと俺を見て意地悪く笑ったかと思うとそのままグラスを口につけ傾ける。
ごくごくと喉を鳴らす音と共にどんどんグラスの中身は減っていき、ついになくなってしまった。
「ぷはぁー! ごちそうさま」
美味しそうに飲み終えた後満面の笑みを浮かべる。
ああー……俺のぶどう酒が。しかも一気かよ。
「酷すぎる……」
「あっ。おじさんあげジャガとビール。それと後適当なもの頂戴」
「ほいほい」
なんだよ、レインこそ昼真から飲むくせに随分と対応が違うんじゃね―の。
俺のふてくされた顔を見て察したのかマスターはふっと鼻で笑った。
「どこかの誰かと違ってけちけちせずに頼んでくれるんでな」
そう言い放って厨房へ入っていってしまう。
マスターの野郎言い逃げかよ。
「ねえねえロラン君。剣術とか興味ある?」
「剣術?」
おかわりを頼む事もできず空になったグラスを見つめているとレインが執拗に頬をつつきながら聞いてくる。。
邪険にその指を振り払うと次は腹筋をつついてきた。
やばいやばい。ちょっとやばい。たっちゃうっ。
「や、やめっ」
「そ、剣術。知り合いにそういうの教えてる人がいるんだ」
突付いてたそのままどんどん下へと進めていく。
やめろって。マジで危ないから!
「ロラン君さえ良ければそういうのしてあげるけど……?」
「ど、どっちの意味にも聞こえるからやめなさい!」
ぎりぎりで自制心を取り戻しなんとか指を止める。
危ない危ない。あとちょっとで届いてしまうところだった。
俺にそっちの気はないんだ。いや、でも兄貴ならいい。むしろしてあげたいかもしれない。
「ちぇっ。まぁいいや。それでどうするの?」
「剣術ねえ」
ちょっと口惜しそうに手を引っ込める。
剣術かあ。兵士やってたから一応心得はある。
けど別にこうやって戦闘なんかしないとばかり思っていたから適当にやってたな。それでも身体に染み付くもんだけれど。
「うん。その人は僕に冒険者を勧めた人なんだけれどね。凄かったよ。岩も斬ったし藁も斬ってた」
「ふぅん……」
その人はかなりの剣の達人らしい。とてもじゃないが俺には岩なんか斬れない。もちろん藁も。
兵士時代の教官も多分切れないに違いない。ただ隊長はわからないが。あの人なら岩くらいまるでケーキを斬るように斬ってしまいそうだ。
なんせ素手で熊を殴り飛ばしたという噂まであるくらいの人だからな。ああ懐かしい。よく隊長に殴られたっけ。
懐かしい思い出に浸っているとレインが脛を蹴ってくる。
「なんだよ」
「あのねえ……なんだよじゃないでしょ。僕だって君の為を思っていってるんだからさ」
うん、まぁ確かにそうだな。
少し悪いとは思うが……わざわざ蹴ることはないじゃないか。
「それに君が死んだら僕も困るんだよ。僕は生き残りたいからね」
そうだった。なんとなく忘れてたけどこいつとはそういう関係だったんだな。
少し親しくなったつもりでいたからなんだかちょっと寂しくなる。
「まぁそうだな。暇だしさっそく行って見る事にするよ」
「本当かい? それじゃあちょっと待っててね。僕はお腹が腹ペコだからさ」
「ああ。それじゃあ俺は葡萄酒でも飲んで待ってるよ」
とりあえず今日はレインの知り合いにあうとするか。
どうせ暇なんだ。それに身体を動かしておくのも悪くないだろう。



「ここだよ」
レインが案内したのは街から離れた森だった。
一体どういうことだろうか。
「……つまりどういうことなんだ?」
「うん、まぁそう言うと思ったよ。ここが彼の家なんだ」
意味がわからない。もしかしてからかっているのだろうか。
そう思ったがレインの顔は真剣そのものだった。
「この森自体が彼の家なんだよ。森に彼は住んでる」
……森が家? 森に住んでいる?
一体どんな奴なんだ。毛むくじゃらの大男くらいしか思い浮かばない。
いや、そんなことより問題がある。
「だとしたら、どうやったら会えるんだ?」
「そこは大丈夫。ちょっと待ってね」
レインはそう言って森の中へと入っていった。
大分歩いてきたところで唐突に足を止める。周りは木々ばかりで人が住んでいるような小屋は全く見えない。
というか適当に歩いてきたみたいだけど大丈夫なのか?
「ここらへんでいいかな」
周りを少し見渡した後口に指を入れる。指笛だ。
ピィィィという高い音が一定のメロディを奏でる。
そのまま何度かそれを続けていると風邪も無いのに木々の葉が揺れ始めた。
「来たみたいだよロラン君」
レインがそう言って上を見上げる。俺も釣られて上を見た。
けれどそこには誰もいなかった。
「こっちだ馬鹿」
後ろから突然話し掛けられる。
驚いて振り向くと誰もいない。
「上だ馬鹿」
声の主の言う通りに上を向く。
木の枝に誰かが立っていた。
「やあ、レイド。久しぶり。紹介するね僕の友人のロラン君だよ」
「ほう……」
レイドと呼ばれた人が樹から飛び降りる。
かなりの高さがあったはずだけれど何事も無かったかのように着地した。
「ロラン君、僕が言った剣術教えてくれる人。レイドっていうんだ」
まじまじと目の前のレイドをみる。
細身で長身の体。たすきがけにしたの長い布をそのままスカートのように腰に巻きつけている。胸は無いようだから男らしい。
その布以外に身体を包むものは無い。すらりとした長い足。白い肌。腰には細身の剣。
薄い黄緑色の長い髪の毛。整った目鼻。
そして何より目を奪ったのはその長い耳だった。
「エルフ……か」
「正確にはエルフではないな。ハーフエルフだ」
ハーフエルフ。初めて見た。エルフだけなら一度だけ兵士をやっていた頃に任務中に見たけれどハーフエルフは初めてだ。
両種族から嫌われ爪弾きにされる。最近はそう言うことはなくなってきたらしいが。
「それでねレイド、本題なんだけど。彼、ロラン君に剣術を教えて欲しいんだ」
「教える? 私がか?」
馬鹿にしたような表情で俺の事を指差す。
なんだ一体。
「うん」
「冗談だろう。何故今さっき見知ったばかりの人間にそんなものを教えないといけないのだ」
身長はあっちの方が上なので見下される。
かなり不愉快だ。
「なんだその目は。それが教えを乞う奴の目か?」
なんっつー頭にくる奴だ!
怒ったのがレインにも伝わったんだろう。止めに入ろうとするのを手で遮る。
「冗談じゃない! 誰がお前なんかに頼むか! 俺は帰る!」
そういい捨ててこの場を去ろうとする。
背中にレイドの声が投げかけられた。
「どうやって帰るつもりなんだ? 大方レインは適当に歩き回っただろうな」
悔しいが図星だ。けれどだからどうしたんだ。
俺はこんな奴といたくはない。
「ね、待ってよロラン君。ほら、レイドも謝って」
レインはそのまま無視して進もうとする俺の目の前に立って道を塞ぐ。
俺が右に行こうとすれば右に動き左に行こうとすれば左にいく。
困り果てた頃呆れてか後ろのレイドが笑い始めた。
「ククッ……面白いものを見せてくれるな。すまなかったなロランとやら」
唐突に謝られる。こっちは後ろを向いているというのに。
「……仮にもこちらは教えを乞う身、非礼を詫びます」
振り返り低頭する。
「いや、私も悪かった。君は誇り高く、また礼節も弁えてようだな」
ふっと小さく微笑み手を差し出される。
「仲直りの握手といこうじゃないか」
俺はその手を力強く握った。
レインはその様子にほっと胸をなでおろしたらしかった。
「私の名前はレイド。私のことはそうだな……師匠と呼んでくれたまえ」
レイドはにぃと不敵な笑みを浮かべた。
どうやらこいつはそういう性格らしい。
「ああ、よろしく。レイド」
レイドは片眉を吊り上げたがすぐに小さく笑った。
俺も笑う。
「それではさっそく始めようか。とは言っても私の剣術は我流だ。君に使いこなせるか、また私が君に教えきれるかわからないぞ」
「臨むところだ」
さて、これから仕事が無い時はここで剣術の練習となるらしい。
我流というが一体どういうものなのだろうか。
「さぁ、まずは基礎特訓だ。そこの樹に登って枝から枝へと飛び移ってくれ」
冗談かと思ったがどうやら違うらしい。
これは大変なことになりそうだ。全身打撲じゃすまないかもしれない。
こんなことになるなら来るんじゃなかった。早くも後悔する。
俺はばれないように小さく溜息をついて樹に手をついた。
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