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第八話

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○第八話「橘雅史の夢」

 面白い噂を耳にした。怖い話大好きな俺にとっては、実に興味深い噂だ。その内容は、夢の中で天国を見た者はその余りに美しい光景に心を奪われてしまい、現実を生きる事が辛くなって自殺してしまう、と言うものだった。
 最初にその噂が出てきたのは、ネット上での書き込みであると言われている。かく言う俺も、仕事の合間にネットを覗いている時にその噂を知ったのだ。仕事中に何してるんだっていう突っ込みは聞かなかったことにする。人生には息抜きが必要なのだよ……

 噂の真偽は定かではない。まあ内容が内容だから、大抵の人はネタだと思っているようだ。だがネット上で見た情報では、時折テレビなどで報道される自殺者の中にも、その夢によって自殺したのではないかと言われている人がいるらしい。それらしい証言を添えられた噂は少しずつ真実味を帯びて広まっていき、新たな都市伝説となりつつある。
 そもそもなぜ最初に天国の夢がどうのって話になったのだろうか。仮に夢の中の光景が現実での思考に影響を与える事があったとして、なぜその原因が天国の夢にあると特定できたのか。また、どうして自殺者がその夢を見たと分かったのか。色々調べてみたが、その辺はネット上でも謎のままだ。
 有力な説としては、心療内科での診察を受ける際のアンケートで、よく見る夢は? という項目があり、そこで天国の夢と答えた患者が自殺する傾向にあるからだ、と言われている。しかしこれに関するソースは何もなく、飽くまでそれっぽい話という程度のようだ。

 夢が現実の思考に影響を与えるか否か……個人的には、あるかもしれないと思っている。怖い夢を見た時なんかはやはり、暫く気分が悪かったりするしな。天国の夢ってのが、それはもう素晴らしい世界を体験できる夢だったら、つまらない現実を生きるよりは夢の中の方がいいと思うのかもしれない。
 とは言え、やはり夢を見るのと死んでしまうのとは別だ。実際死んでみなきゃ分からないが、死んだら夢も見ない、と思う。だから実際に天国の夢が原因で自殺をしたのだとしたら、夢が見たいからと言うよりは……死の先にある可能性に賭けて、だろうな。誰もが生きている間は死んだ先の事は分からない。天国の夢を見る事で、死んだ先に天国が実在するのではと思い込んで、自殺する……とか。こっちの方がありそうだ。

 にしても、天国の夢ってどんなものなんだろうな。俺なんかが普通に想像する世界だと、こう……天使が空飛んでて、雲の上にあって、綺麗な噴水とかあったりして……実に宗教的な光景を連想してしまう。漫画やゲームなんかにも時折描かれるし、やっぱりそういうものの影響が強いんだと思う。自殺した連中が見た天国ってのも、こういう世界だったのだろうか。いやまあ、そもそも本当に天国の夢を見たのかどうかも分からないが。

 と、そんな事をあれやこれやと考えていると、一日なんてあっという間に終わってしまう。仕事? 今日の分はちゃんとこなしているよ、その点は抜かりない。無駄に残業して、頑張ってますアピールする無能どもとはワケが違うのだよ。

 帰宅した俺は、早速テレビとパソコンの電源を入れる。ネットがない世界なんて想像できませんよねぇ、実際。で、帰り際に買ってきたコンビニ弁当を摘みつつ、新しい情報はないものかと。テレビのニュースは相変わらず、誰が誰を殺しただのって話ばかりだ。ネットの方はどうだ……? ほう、隣国がまた起源を主張か……懲りないなこいつら。

 しかしまあ、毎日毎日代わり映えしないな、俺の人生も。彼女もいないし、特に変わった趣味があるわけでもない。やる事と言ったらネットとテレビとゲームくらいだ。あとは仕事か寝るだけ。何の発展性もない。生きてる意味あるのかって聞かれたら、意味って言えるほどのものはないとしか言えない。
 まあ、世間だって似たようなものだろう。役者が代わるだけで、起きてる事件はどれも似たようなものだ。しかし、だからと言って毎日がドラマみたいな事になったら、それはそれで面倒だ。つまらない日常だが、それでいい。少なくとも俺はまだ死にたくないし、例え退屈な毎日だとしてもそこまで不満はない。ま、似たような毎日とは言っても、面白いテレビ番組があればテンション上がるし、楽しみにしていたゲームが発売されれば時間を忘れてプレイするわけだしな。人間なんてそんなものだ。

 さあて、今日も一日無事終了だ。明日も仕事があるし、寝ることにしよう。あ~でもどっかに、俺のメイドになってくれるような女が落ちてないもんかな。面倒な恋愛はしたくないが、ひたすら俺の事を慕ってくれる世話好きな女なら、大歓迎だ。家事は勿論、夜のお世話もしてくれる俺専用メイド……うひひひひ!

 ――――

「ご主人様、いけません……」
「よいではないか、よいではないか! こっちゃ来い!」
 メイドの妄想をしていたせいか、メイドが夢に出てきた! いいじゃんいいじゃん、俺好みじゃん。やっぱメイドはロングスカートだよな。メイド喫茶なんて、どいつもこいつもミニスカートで男に媚びやがって……媚びるのは俺だけにしろっつうの!
 おっと、話が逸れて来た。ともかくこれは俺の夢だ。しかも運のいい事に、今日の俺はこれが夢である事を自覚している。やりたい放題させてもらおう!
「あっ……だ、だめです」
「むふふふ! 柔らかいなぁ~スベスベだな~」
 俺はメイドが抵抗できないのをいい事に、ロングスカートの下から手を突っ込んで、メイドの太ももを撫でる。タイツの感触……その向こうにある、太ももの感触……そ、そしてその上にはぁ!

 ――ゴス!

「ふご!」
「いつまでやってんねんコラ」
 突然背後から誰かに頭を殴られる。だ、誰だ俺の至福の時を邪魔する奴は! メイドさんに逃げられちゃったじゃないか!
「痛いじゃないか! 誰だお前!」
「アンタこそ誰やねん! ウチにこんな格好させよって!」
 見ると、そこにはもう一人メイドがいた。気の強そうな顔で、長いお下げ髪の……
「……お前はもしかして、ツンデレ担当か?」
「誰がツンデレや。デレ要素どこにもないわ。アンタ誰やねん」
「人の夢に勝手に出てきておいて、誰だと言われてもな」
「あん? 勝手に? ……ウチのこと知ってるわけやないの?」
「お前など知るか」
 途端に不安そうな顔になるツンメイド。しかし関西弁とは……少々珍しいな。
「……知らないのに、ウチを夢に出して、こんな格好までさせた?」
「……そうとも、これは俺の夢だ。例え相手がツンしかないメイドでも、俺のモノなのだ~~!」
 よく見れば実に俺好みの女ではないか! 俺は、ツンメイドのスカートに潜りこみ、思う存分クンカクンカする事にした!
「うわぁ! ちょ、な、何すんねんコラ! ちょ、や、やめぇって!」
 ツンメイドはスカートの上から俺の頭をガンガン殴ってくる。かなり痛い。夢なのに痛い。だが……今度こそ俺は怯まんぞ!!
「むふふふ、ようし次は、生でぺろぺろしちゃうぞ~」
 俺はツンメイドのタイツとパンツを脱がしにかかり……
「や、やめんかぁ!!」

 ――ドス!

 もうちょっとと言うところで、ツンメイドが思いっきり俺の腹を蹴り上げた。つま先がものの見事に鳩尾に食い込み、俺は呼吸すらままならずに悶える。
「く、お……おおぉぉ……」
「こ、このド変態……ド変態!」
 ツンメイドは半泣きみたいな声で逃げて行った。く、くそう……もう少しで俺なりの天国が見られたはずなのに。しかし……夢とは言え、いい思いしたじぇ……

 ――――

 夢か。そりゃそうだ。しかし、いい夢だったなぁ……むふふふ。こう、感触が今でも鼻の辺りに残っているような……
 おっと、いつまでも布団に篭っていると、二度寝してしまう。しかしあれだな、夢ってのは起きる直前のモノしか憶えてないんだよな。実際には寝ている間、何度もレム睡眠ってのになってて、その度に夢を見ているらしいんだが……勿体なくね? 全部憶えてりゃいいのに。

 さて今日も一日、半分くらいをネット鑑賞で過ごすとしますか。仕事? こまけえこたぁいいんだよ!

 大体よぉ、うちの上司ろくにパソコンも扱えねえくせに、俺より給料貰ってるのが納得いかねえよ。で、パソコン使ってるとなんか、それイコールサボってるみたいに言いやがってよぉ。な~にが「君の仕事は楽でいいねぇ」だよ、楽にするために文明の機器ってのがあるんだろうがよ。それが扱えないから手計算するしかないくせに、忙しく頑張ってますみたいなアピールするんじゃねえっつうの。残業になるのはお前が手計算しかできなくて、挙句計算ミスするからだろうが。その後始末してんの俺だぞ糞が。お前なんか長年勤めてきて自然と出来上がった人脈以外になんの取り得もねえじゃねえか、団塊ジジイが。さっさと引退して、代わりにメイド雇えメイド。その方が皆の仕事の能率が上がるって絶対……

 と、そんな感じで今日も終了、速攻帰宅だ。残業なんて糞喰らえ、俺は社畜になるつもりはない!

 今日は毎週買っている雑誌の発売日だったので、それを読みつつ夕食を食べる。いや~どうなのよ実際、あの条例は。今のところ特に問題ないみたいだけどさ、近い将来少年誌までも18禁コーナーに置かれるなんて事にならないだろうな? もしくは、糞つまらない漫画しか残ってなかったりしてな。嫌だぞそんなの。少年誌買ったら最初から最後まで、いい大人が子供向けの玩具で妙な技名叫んでる漫画とかさ……やりかねねえよ。
 でもまあ、だからって俺は政治に参加するつもりもない。選挙? めんどくせ。なんで貴重な時間を割いてまでそんなもんに参加せにゃならんのだ。ネット投票なら喜んでやってやるけどな、今時投票所まで出向かなきゃならんなんて時代錯誤もいいところだ。大体俺らの世代が投票したところで、団塊以上の世代が何も考えずに自分達の都合だけで投票先選ぶから意味ねえんだよな。何が一回やらせてみようだよマジで。

 さて、一頻りダメ野郎発言をかましたところで、寝るとするか。いやホント、選挙は大事ですよね~っと。

 ――――

「おいコラ」
「おお、ツンメイドじゃないか。また俺の夢に来たのか? 実は俺の事好きなんじゃないの?」
 どこぞの豪華な部屋の中、俺の前には再びツンメイドがいる。
「アンタ、ほんまにウチの事知らんのか? なんで二日連続でアンタの夢に出演せにゃならんねん」
「そう言われてもなぁ、ここ最近お前みたいな若い女と会った記憶はないんだが……まさかコンビニの店員か?」
「そんな事しとらんわ」
「じゃあAV女優? 風俗嬢?」
「……アンタの人生どうなっとんねん……」
「だって他に思い当たらないもん、若い女の記憶なんか。自慢じゃないが俺はモテないぞ。中学高校大学と、そりゃもう寂しい毎日をだな……」
「あ~もうええもうええ、とにかくや、ここはやばいねん。悪い事は言わんから、絶対部屋から出んなや。夢が覚めるまでここでじっとしとれ」
「なんだ、出たらどうなる」
「ウチにも確実な事は分からんけど……ろくな事にはならんやろな。まだ人生捨てたくないやろ?」
「おおそりゃ、まあそうだが……」
「ええな、じっとしとれよ」
 そう言って、ツンメイドは部屋を出て行った。何がやばいのか知らんが……しかし、じっとしてろって言ってもなぁ、別に面白そうなものがあるじゃなし。早速退屈だぞ。
 俺はとりあえず、部屋の中をうろついてみる。ううむ、なんていうか、外国の高級ホテルの一室って感じだな。前回もこんな感じの部屋だったが、そう言えばここはどこなんだろうか。リアルの俺は、こんな高級ホテルなんて泊まった事はない。多分テレビか何かで見た情報をもとに再現しているんだろうけど……こんな部屋で食っちゃ寝して暮らしてみたいものだな。
 お、窓があるじゃないか。外を見てみよう。部屋を出るなとは言われたが、見るなとは言われてないからな。カーテンを捲って……
「!? なんじゃこりゃ!」

 そこにあったのは、ありえないくらい巨大なフランス人形の顔。横たわっているらしく、縦に並んだ青い瞳が部屋を覗いている。で、その人形がどこに横たわっているのかと言えば……分からない。と言うのも、真っ赤なのだ。地面も奥行きも全てが真っ赤で、遠近感すらはっきりしない。ただ、人形が横たわっているとしか言いようがない。
 うわ~……なんだろ、じっと見ていると不安な気持ちになる。カーテン閉めよう……。もしかして、この夢の中で正常なのって今居る部屋だけなのか? だからあのツンメイドは部屋から出るなって言ったのだろうか。となると……あのツンメイド、大丈夫か? アイツが何者なのかは分からんが、見た目は普通の女の子だったしなぁ。

 ちょ、ちょろっと廊下覗いてみるか? そうだな、やばそうだったら扉閉めればいいんだし、覗いてみよう、うん。

 ――ガチャ……

「あはははははは!!」

 ――バタン

 うん。やばい。なんか目の前を包丁持った女が走り抜けて行った。ドレス着てたけど、血まみれだったしな……もしかしたら、今の女にツンメイド殺されちゃった? おいおいおい、大丈夫かよ……ほんとにこの部屋に居れば安全なのか? さっきの女、ここに来ないだろうな?
 …………おい、本当に大丈夫かよ!? すげえ不安なんだけど!? ちょ、早く覚めて! 誰か俺を起こしてえ!!

 ――ガチャ!!

「うひいい~~~!?」
「何叫んどんねん! うっさいな!」
「ひ……ああ?」
 突然扉が開いたのでてっきりさっきの包丁女かと思ったが、入ってきたのはツンメイドだった。俺は安堵のため息をつき、その場にへたり込む。
「お、お前……無事だったのか。さっき包丁持った女が走り回ってたから、てっきり……」
「なんやアンタ、部屋出るなって言ったのに出たんか」
「いや、ちょっと様子を見ようとして……」
「……ふん。まあええわ、ウチも甘かった……って言うか、魔法がつかえん」
「魔法……? お前、魔法使いなのか?」
「まあ、一応そうや。魔法少女って事になっとる」
「……お前、痛い人?」
「ちゃうわ! ホンマに使えるんや!」
「え~……じゃあ証拠は?」
「う、ぐ……」
「ほれほれ、どうした?」
「うっさい! アンタの夢として出されてる時点で、ウチは魔法少女とちゃうってだけや! 普段やったらこう、ドカーンとやれるんやからな!」
「ほ~……へ~……」
「ほ、ほんまやぞ! 空だって飛べるんやからな!」
「はいはい、そういう事にしとこうね~。じゃ、とりあえずどうしたらこの夢終わるか考えようか」
「信じてないやろ……ほんまやねんからな……」
「そんな泣きそうにならなくてもいいだろ? 夢なんだから、魔法くらい使えてもおかしくないしな」
「そ、それが分かっててアンタ、どんだけ最低やねん……」
 半泣きの自称魔法少女。面白い奴だ……まあ正直いじめ過ぎた気がしないでもないが。
「で、お前は結局何なんだよ」
「魔法少女やもん……」
 拗ねたように言う自称魔法少女。
「それは分かったって、俺が悪かった。そういう意味じゃなくてさ、夢の中の魔法少女ってのが何の為にいるのかを聞きたいわけ」
「悪夢を見ている人の所に魔法少女として現れて、悪夢の元を狩るんよ」
「それがお前の仕事? じゃあ今回はイレギュラーって事か?」
「そうや。このままやとウチは何の魔法も使えない、ただのメイドさんや……多分お茶とかめっちゃ美味く淹れられるで」
「それはそれで興味深いんだが、結局俺はどうすればいいわけ? ここでお前の淹れたお茶を飲みつつ、朝が来るのを待つのか?」
「普通の夢ならそれでええんやろうけど、今回はそうは行かん。外見たんやろ?」
「ああ、見た。変な女が包丁持って走って行った」
「さよか……やっぱりな。まあ簡単に言うと、今アンタ自身が見ている夢はこの部屋の中だけやねん。その扉の先には他人の夢が広がってる」
「ん、え? 俺の夢に別人の夢が繋がってるってこと?」
「そう。このまま朝が来てアンタが目覚めてしまったら、それと同時に他人の夢がアンタの頭の中に流れ込む結果になる」
「それって、まずいの?」
「ただ他人の夢が流れ込むだけなら、記憶が混乱する程度で済むんやけど……今この部屋の外にあるのは精神に異常を来たした奴らの夢やねん。それが流れ込めば、アンタの精神も壊れてまうやろな」
「……ど、どうすりゃいいんだよ」
「外にな、アンタの夢とそいつらの夢を繋ぎとめてる楔があるはずなんよ。それを破壊するしかない。で、それをさっきやりに行こうとしたんやけど、魔法が使えなくて断念したわけ」
「だめじゃん! だって今のお前は魔法使えないんだろ?」
「せやから……助かりたかったらウチを魔法少女にするしかない」
「するしかないって……しようと思ってできるもんなのかそれ」
「幸いアンタは明晰夢を見てる。アンタが願えば、ウチを魔法少女に変えられるはずや」
「え、めいせきむって何?」
「夢見ている人が、あ、これ夢だって気付く夢」
「ああ……なるほど。確かに今その状態だな。ん、って事はもしかして、俺が願えばお前をマッパに」
「できるけど、それをやったらウチはもうアンタを助けてやらんからな?」
「う……じゃ、じゃあ俺がイメージしやすいように、お前の言う魔法少女ってのがどんなもんなのか教えてくれよ」
「どんなって……」
「普段どうやって悪夢の元とやらを狩ってるんだ?」
「そうやなぁ、こう、巨大な斧でゴスっと」
「魔法使ってないじゃん。それじゃ魔法少女じゃなくて、ただの怪力少女だろ」
「……か……怪力になる魔法使ってるんやー! 見てみいこの細腕! こんな腕で身の丈以上もある斧を振り回せると思うんか!?」
「い、一々泣くなよもう……」
「アンタが意地悪ばっかり言うからやろがぁ!」
「分かった分かった……えーとじゃあ、そんな感じの魔法少女にすればいいんだよな?」
「ぐす……そう、そうや。ったく……絶対いつか泣かしたるからな……」
 何やらぶつぶつと文句言っている自称魔法少女。なんかつい苛めたくなるんだよな……何となく弱みを感じるというか。まあともかく、俺は俺なりに魔法少女とやらを想像してみる事にした。しかし実のところ、俺は魔法少女のアニメとかに詳しくないので、こいつの話だけでは全然イメージが纏まらなかった。そのせいか、出来上がったものは……
「……ド変態」
「しょ、しょうがないだろ……色んな意味で、俺男だしさ……」
 まあ見事なほど露出の多い、レオタードみたいなコスチュームに身を包んだ魔法少女。下乳とか、へそ下の広さとか……見所満載だ!
「で、でもほら、武器はちゃんと話の通りに斧にしたぞ」
「メイド服のままで魔法と斧だけつけてくれれば良かったんとちゃうか?」
「……あ」
「はぁ~……まあ、もうええわ。これ以上待ってられん。ほな行ってくるから、大人しく待ってるんやで」
 そう言って、実に形のいいお尻を見せながら扉を開けようとする魔法少女。うむ、むしゃぶりつきたい……っと、その前にだ。
「あ、ちょっと待った」
「なんやねん、間に合わなくなるやろ」
「お前、もうここに戻って来れないんじゃないの?」
「……まあそうやな」
「じゃあ名前くらい教えろよ。二度と会えないかもしれないんだろ?」
「……真山皐月」
「そうか。俺は橘雅史……いつかリアルで会えるかもしれないな」
「……そん時は、絶対殴ったるわ」
 皐月はなんとなく寂しそうな顔で微笑み、廊下へ出て行った。扉が閉まると、俺はまた一人になった。

 改めて一人になると……なんだか途端に不安になる。この部屋を一歩外に出ると、気の触れた奴が見る夢に繋がっているらしい。多分窓の外にあった巨大な人形もそういう類なんだろう。この部屋だけが俺のスペース。そう考えると、何とも頼りない気がしてしょうがない。さっきまではからかい甲斐のある奴が一緒だったので何とも感じなかったが、今は無性に怖い。
 あ~あ、アイツ大丈夫かなぁ……本人は魔法少女だなんて言い張ってたけど、単なる関西弁の女の子にしか思えないしなぁ。確かに今は魔法少女になってるけどさぁ、急ごしらえだもんな。実を言うと魔法もさ、怪力になるのしか思いつかなかったんだよね。もっと色々つけてやればよかったかな、折角俺の思った通りの魔法少女になるんだしさ。空を飛べたり、明るい所を照らせるようになったり、傷を癒せるようになったり、99HITコンボできるようになったり、バハ○ート呼べるようになったり、胸が大きくなったり小さくなったり、無性に体が火照ったり……

 などと考えていたその時だ。突如部屋が大きく揺れ始め、俺は踏ん張る暇もなく転がってしまった。な、な、何が始まったんだ!? もしかして、間に合わなかったのか!?
 俺は外の様子を確認しようと思ったのだが、相変わらず部屋は揺れていて、上手く歩けない。這いずりながら何かに掴まろうと辺りを見回すと、目の前にはカーテンが。そうだ、窓から外を確認しよう。俺はカーテンに掴まって立ち上がりつつ、閉めていたカーテンを開く。
 そこには、前回見た時にあった巨大な人形の姿はなく、代わりに……巨大なドラゴンが森を焼き払う光景があった。森はまるで水晶のような煌きがあるのだが、ドラゴンの強力なブレスによって単なる焼け野原と化していく。よく見ると、そのドラゴンの背中に小さな人影が見える。見覚えのあるでかい斧……皐月だ。
 あ、もしかして俺がさっき想像したから……だから本当にバ○ムート呼びやがったのか? 皐月の背中に光の翼みたいなものが見えるが、恐らくそれも、さっき俺が想像したからだ。なるほど……俺が作り出した魔法少女だから、俺の思うとおりの力を使えるわけか……む、って事はさっきから妙にもじもじしているのは……まさか。
 などと考えていると、皐月がこちらに気がついたらしく、ドラゴンの背中に立って何かを叫びだした。距離が遠く、窓も閉まっているので何を言っているのかは分からないが……なんとなく怒っているような気がする。と、いつの間にか部屋の揺れは収まり、代わりに、部屋が上昇を始めたように感じる。恐らくだが例の楔とやらが外れた事によるものだろう。ただでさえ遠くに居た皐月の姿がどんどん小さく……
 なって、ない! ドラゴンの方は小さくなっていくのだが、皐月は先程より、大きく見えるくらいだ! それもそのはず、皐月は俺が与えた能力によって空を飛び、この部屋に向かって突っ込んできているのだ。や、やばい……近づいた事でその表情がはっきりと見えてしまった。滅茶苦茶怒ってる!
 何かを叫んでいる……まだはっきりとは聞き取れないが、大分声も近い。しかし部屋の上昇スピードもどんどん上がっているようで、皐月は少しずつ引き離されていく。よ、よかった……折角楔が外れたのに、あいつに殺されてしまうところだった。夢だから実際に死ぬわけじゃないだろうけど、あのでっかい斧でグシャっとやられるのは、想像するだけで恐ろしい。だが、この調子なら逃げ切れる……
「絶対殺したる~~~!!」
 皐月が最後の最後に全力で叫んだと思われる声が聞こえてきた。と同時に、その手から何かが放たれて……あれは、斧!? 斧が飛んでくる! まずい、避けきれな……

 ――――

「はっ……ゆ、夢か……夢でよかった!」
 朝、無事生きている事に感謝せずには居られない俺なのであった……
19, 18

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