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北端の街の端っこで

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 ミラージュ国境近くの街ドラグナシティ郊外。そこにはフラッグ率いるD-9部隊が野営していた。
 焚き火で飯を作る隊員達の横で、フラッグは胡坐をかきながらふてくされている。
「隊長、飯でス」
 そう言いながら、カストールはフラッグの前に熱々のスープを持って来た。ちょうどその時に吐き出したフラッグの大きなため息で、スープから立ちこめる湯気が揺らぐ。
「なあ、カストール」
「何でス隊長?」
 そう言いながら自分のスープを啜るカストール。調味料をケチったせいで少々味が薄いらしく、カストールは微妙な表情をした。
「エネの姉さん、俺らの扱い荒いよな」
「何を今さらなことを言ってんでスか」
 意味はないが、カストールはスープを匙でかき混ぜる。まずいスープの温度が下がり、益々まずくなった。
「東部のルグレンから北端のドラグナシティまで”あれ”を運ばせておいて、移動中は硬いパンと薄っぺらい干し肉。目的地に到着しても、まずいスープが3日連続だぞ。いい加減、野郎以外が作った飯を食いてぇよ」
「それには激しく同意でスが、極力隠密行動するように言い付けられていまスからしかたないでスよ」
「そのおかげで街に繰り出して女を抱くことすらできん…」
 カストールはまずいスープを食べるのをやめ、ボーっとしているトマスの方を見た。
「そう愚痴らないで下さい。あのトマスですら何とか働いてるってのに、隊長がそんなでどうスるんでスか」
 そのカストールの言葉をフラッグは鼻で笑うと、いやらしい笑みで話し始めた。
「あれは、とりあえず動いてなきゃ落ち着かないだけだろーよ」
「どういうことでス?」
「あいつの昔の女、このドラグナシティの領主のとこに嫁いでるって話だからな」
「…あー、そりゃまたエグイ話でスねぇ」
「何がエグイ話か。自業自得以外の何物でもねーよ」
 そう、騎士なんてやっているからそんな思いをする。忘れたいならどこかで畑でも耕して、嫁さんもらって、ガキをつくって、老いて死ねばいいだけのことだ。中途半端に騎士という職にしがみついているから、したくないことまでしなければならなくなる。
 トマスが我慢して、頑張らなければならない時は、とっくに過ぎている。そこで結果が駄目だったとしても、自分の意思は守ることができただろうが、その意思が、誇りが、自分が無い今のトマスにここで何ができるというのか。

 フラッグは冷めきったまずいスープを勢いよく飲みほした。具なんぞ入っているのかないのか分からないくらい小さいものだったので、一気飲みはしやすかった。…味以外は、だが。
「隊長。前線の動きについての報告です」
 そんなところに、のっぽのロットがフラッグに話しかける。表情から察するに重要な案件のようだ。
「なんだ?ついに我が国も敗戦国の仲間入りか?」
「これからその結果を決める決戦の前準備段階ってとこですよ。こっちも向こうもかなり戦力を前線に集めてますぜ」
「ふーん」
 気のないフラッグの返事にロットは唖然とする。
「ふーんて、俺らはなんかしなくていいんですかい?」
「なんかってお前、俺らの指揮権はエネの姉さんが握ってんだ。その任務を全うすることが俺らの使命なわけだよ」
 そう言い終えたフラッグは隠そうともせずに大きなげっぷをした。まずいスープの味が喉の奥で広がって、フラッグは微妙な表情になる。
「俺らにとっては、国の未来よか目先のお仕事が重要、だ。んで、爺さんの様子はどうなんだ?まだ終わってねぇのか?」
「まだ無理でスよ。それにエネ・ウィッシュが直接ここに来るまで自分達はこのまま待機するよう言われてるんでスから」
 カストールのその言葉に、フラッグは下唇を前に出して不満そうな表情を作る。そのまま空を仰いだフラッグは、だらしなく目を垂れさせながら口を開いた。
「人使い、荒いよなぁ」
 皆その言葉は同じ思いを抱いているが、口に出しても虚しくなるだけだったので、誰も応えはしなかった。
 それから数日ほどして、街道を騎士達が東へ向かって行軍しているのが見えた。随分な数の騎士が意気揚々と歩く姿はフラッグにはバカの行進にしか見えない。
 街へと情報収集に行っていたロットの報告を聞く限りでは、来たるべき決戦に向けてドラグナシティから騎士隊を出陣させたようだ。領主の見栄に付き合わなくてはならない騎士達も、その戦費を負担しなければならない民も内心うんざりしていることだろう。
 まあ、D-9部隊には関係のないことだ。むしろ騎士達が少なくなって隠密行動が楽になる。

「隊長、だからって街に女買いに行くような真似は断固阻止しまスよ?」
 カストールがフラッグに釘を刺す。正論以外の何物でもないが、正論で全ての不満を飲み込めるほどフラッグは大人ではない。
 ある日の夜明け、フラッグはこっそりと街へ繰り出した。
 たまには抜かないと…もとい、息抜きをしなくては身が持たない。そんな風に考えて大通りを歩くフラッグだったが、そこではお祭り騒ぎのような人混みができていた。
 どうやらこの前街道を行軍していた部隊は先遣隊で、今日出陣する部隊が本隊らしい。立派な馬にまたがり、領主が民達に手を振っている。ここに集まっている民衆のほとんどが騎士達の親族で、領主よりも自分の肉親を捜すのに必死といった感じだが。
 フラッグはふと気づいて隣に居る男に声をかけた。
「なあ、あんた。ここの領主様ってこの国の宰相の娘と結婚してたと思うけど、子供っているのか?」
「いや、世継ぎはまだいなかったはずだよ。仲悪いんかね、あの二人」
 男の指さす方には、きれいなドレスを着た女が領主の見送りに来ていた。それは形式的なものなのだろう。女は無表情のままで何やらまじないをしている。その隣で、神父らしき男が武運があるように…とか何とか言っていた。
「ふうん。あれが…ね」
 心の中でトマスと女が並んでいるところを思い浮かべる。不釣り合いなことこの上ないが、少なくともフラッグにはその女が領主を心の底から心配しているようには見えない。
 政略結婚なんてのは貴族に生まれた者の義務の一つだ。相手がどんな人間だろうと、自分にどんな思い人がいたとしても関係はない。贅沢な暮しの代償としてそれは高いのか、安いのか…。庶民から見れば羨ましく見えるのだろうが、結局は無い物ねだりなのだろう。
 小難しいことを考えたせいか気分が削がれたので、フラッグは飯だけ食べて部隊に戻ることにした。
 その後部隊に戻ってから、カストールに説教くらったのは言うまでもない。
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