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貫く覚悟

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 ――何もない、少女がいた

 対峙する二人、睨み合いつつもファントムの方は友人に話しかけるよう無雰囲気で口を開いていた。
「お前ほどの男が、随分落ちたな」
「お前は変わんねーな。鎧以外はそのまんまだ」
 領主の屋敷は完全に炎に包まれており、倒壊するのも時間の問題だろう。

 ――金も地位もない、貧しい少女がいた

 フラッグはおどけた様に振舞いながらも、ファントムの一挙一動に気を配りながら話した。
「相変わらず仕事を選ばない奴だな。いくら積まれたのかは知らんが、何をやったのか分かってるんだろーな?」
「無論だ。それ込みの報酬は受け取っている」
 国家反逆罪は有無を言わさず死刑になる。それでも、明らかに目撃されているのにもかかわらず焦っている様子が無いファントムをフラッグは不審に思った。
「クレスト皇国を捨てる気か」
「もとより国にこだわりは無い。どこであろうと私は私だ。貴様こそこの国に、騎士という職に嫌気がさしていたのではなかったのか?」

 ――力も勇気もない、弱い少女がいた

 フラッグの脳裏にトマスの姿が映る。過去の自分と酷似したそれを、どうにかして振り払う。
「…俺は、自分のしたいようにやってるだけだ」
「情けない顔だ。仮にもこの私を負かした男とは思えんな」
 間合いを詰めるファントムに、フラッグは重心を低くして迎え撃つ構えを取る。
 大槌”ライウン”より放たれる稲妻がごとき剛撃が地面を砕く。それをフラッグは紙一重のところで冷静にかわし、距離を取った。

 ――罪も悪意もない、純粋な少女がいた

 フラッグは黒いレイピアの切っ先をファントムに向け、体重を乗せた一撃を繰り出す。鎧の継ぎ目を狙ったそれをファントムは左手のガントレットの硬度を利用し、裏拳で弾いた。
 ガキィ! キィン!!
 繰り出されたのはレイピアの1撃、しかし金属音は2つ。ファントムの右手のガントレットには大きなひびが入っている。
「やはり鈍ったなフラッグ。かつての貴様なら腕の1本くらい軽く貫いただろうに」
 予想外の状況にフラッグはファントムと距離を取った。その左手には刺突剣”スティレット”が握られている。
「同じ手は食わない…と言いたいが流石に右手は痺れきってしまったな」
 これはフラッグにとっては奥の手、神速のスティレットの一撃は鎧すら貫き致命傷となる。しかし鎧を貫けないばかりか、右腕でスティレットの軌道に割り込まれてしまった。
「やはりまだ”あの少女”のことを引きずっているのか?」

 ――もはや命すらない、憐れな少女がいた

 フラッグの脳裏に焼きついた光景がフラッシュバックする。
 大勢の騎士達に蹂躙された村の片隅で、ぼろ雑巾のように転がっている姿が――。
「…黙れよ」
「あれは貴様のせいではないだろう?無能な貴族達のこじつけを、一介の騎士でしかも平民出身の貴様が止められるはずもない」
「…黙れ」
「割り切れ。貴様ほどの腕を持つ男が腐っていくのは忍びない」
「……」
 大きく息を吐きながら、ゆっくりと間合いを詰めようとするフラッグを見て、ファントムは隙を見せない様に後退していく。
「悪いが腕1本で貴様とやり合うつもりはない。お前は、こんなところで折れてくれるなよ?」
 ファントムの後ろに数人の気配がある。皆戦意はないようで、少しずつファントムと共に遠ざかっていった。ファントムたちの姿も、気配も消えたところで、フラッグは呟くように言った。
「…だからこそ、俺はまだ騎士でなきゃいけねーんだよ」
 それからフラッグは先に行かせた隊員達と合流し、民間人の救助をしてからキャンプに戻った。
「隊長!ご無事でなによりでス」
 フラッグの姿をいち早く確認したカストールが駆け寄ってくる。それをフラッグはだるそうな表情で受け流した。
「おーう。お前の方の首尾はどうなった?」
「”あれ”は確保済みでス。ただ爺さんは、やることがあると言ってどっかに行ってしまいましたが…」
「…トマスの方は?」
「外から敵の増援も無かったようでスから、問題なしでス」
 それを聞くとフラッグはトマスの方へと歩いて行く。その時のフラッグの顔は、トマスを殴った時と同じくらい険しい表情だった。
 岩にもたれかかったまま座っているトマスに、フラッグは上から見下すような目線で話す。
「よう、役立たず。楽はできたか?」
「まあ、もとはと言えば隊長が殴ったせいでスけ…ッンゴ!!」
 後ろで余計なことを喋るカストールの口を、フラッグは容赦なく塞いだ。
「俺としてはな、別に弱くて勝手に死ぬ奴は構わない。だが足引っ張る奴はごめんだ。俺らまで危なくなる」
 トマスの目線が下がって地面を見る。無論そこには何もない。
「除隊だ。消えて失せろ」
 トマスは一瞬目を閉じてゆっくりと開く。目線はフラッグ達には合わせずに、とぼとぼ歩きだした。
「おい」
 フラッグがトマスを呼び止める。フラッグもトマスも、互いに振り向かないまま数秒間静止した。
「騎士としての最後の任務だ。そこの岩陰に居る女を介抱してから失せろ」
 精気のない目が、岩陰に横たわる女性の姿を捉えて大きく開かれる。
「…レ、レ―ヴェ?」
「意識はありませんが少し多く煙を吸っただけでス。…後は任せまスよ?」
 意味ありげな視線をトマスに送り、その場から立ち去るフラッグに慌ててついて行きながらカストールはトマスに手を振った。

 二人はキャンプに戻り、移動の準備を始めてた。
「でもよかったんでスか?あのままだとあの二人間違いなく姿くらましまスよ?」
 もっともな疑問をカストールはフラッグに訊ねる。
「除隊した奴がどこ行こうと知ったことか。あの女のことだって、自分の女を他人に取られるような状態にしてある領主の自己責任だろ?」
「…どうなっても知りませんよ?」
 いつものようにフラッグに小言を言うカストールだったが、表情がいつもより緩く、説得力は皆無だった。

 移動の準備を一通り終えたフラッグは朝焼けの空を睨む。
 例えトマスを救っても自分がしたことは変わらない。変えてはならない。だからこそこれからも、自分のしたい様にして前へ進むべきなのだろう。その結果自分が折れてしまっても、意思さえ”貫く”ことができればきっと笑って終われるはずだから。
 フラッグは少し上を向いて、大きく息を吐きながらだるそうに口を開いて呟いた。
「あ~、女抱きてぇなぁ…」
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