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再会、そして…

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 リンとベルの二人が一旦引き上げ近くの街で応援を呼んで、再び村に駆け付けた頃には全てが終わっていた。一般人の被害はそう多くはないものの、田畑は焼かれ兵士たちは無残に殺されている。
「どうしてこんなひどいことを…」
 そう呟くベルの声には、怒りよりも悲しみが滲んでいた。
 兵士達が村周辺に敵が潜んでいないことをベルに報告して下がると、リンはふとジーノがまだ戻ってきていないことに気がついた。死体は見つかっていないので死んでいるようなことはないはずだが、仕事に関しては几帳面なジーノが何の理由も無しに姿を消すとは思えない。
 リンはそれでも自分からジーノを探しに行くようなことはせず、ぐっとこらえてベルを守ることを選択した。少なくとも、それが今の彼女の果たすべき役割だからだ。
 
 ミラージュ、クレスト間の国境付近の森林地帯、そこでジーノは木にもたれかかって体を休めていた。動かない左腕の痛みを我慢しながら、何とか連中の足跡をたどってはいたものの、結局見失って森で体を休めているところだった。
 ジーノは体を休めながら、いくつかの疑問点を頭の中で思い浮かべる。
 まず一つ目は、連中がクレストの兵士を装ってキサラギの村を襲撃した理由だ。元々完全な協力体制はとっていないとはいえ、ミラージュとクレストは友好関係にある。かつての大震災からクレストが数年で立ち直れたのもミラージュの支援のおかげではあるが、クレストは支援を要請したわけではない。あくまで宗教的理由からミラージュがクレスト、キサラギに対し一方的な支援を行ったに過ぎない。だからこそクレストはミラージュの支援を利用したものの、それを恩に着ているようなことはない。ミラージュ側も震災の被害を受けた者たちを助けることは当然のことだと、それを外交的なカードとしては使用しなかった。
 そもそもキサラギとクレストがミラージュに侵攻しないのは、ミラージュには領土拡大を行う意思がまるで見られないことと、彼らの戦力が3国の中でも最も大きなものだからと言われている。かつてミラージュに挑んで敗れた小国たちは圧倒的なまでに叩き潰され、オラクルの教えの元ミラージュの一部として扱われている。彼らの教えは支配者には苦く、民衆には甘いものであるため、民衆に受け入れられてしまえばその国は本来の形を保てなくなる。
 故にキサラギとクレストの支配者たちは恐れているのだ。自身の富と権力が徹底的に破壊されることを、再起の可能性さえ奪われることを。
しかし大国であるクレストとキサラギが手を組んでミラージュに敵対することで、そのリスクを最大限に軽減することができるのではなかろうか。2国をミラージュに侵攻させることが組織の目的なのだとしたら、今回の襲撃部隊の妙な行動も全て説明がつく。
 2つ目は自分が2度も敵の気配に気付かなかったことだ。ファントムの時は眼の前の仇に集中し過ぎていたせいだろうが、ニーシャの時は違う。全神経を集中して周囲に気を配り警戒していた。それでもあの女の接近に気付くことができなかったことには何か理由があるだろう。恐らくではあるが、あの女のコトダマの特性上、音を消すことで極力自分の気配を消す様なことが可能なのかもしれない。
 そんなことを考えているところで、ジーノは人の気配を感知する。人数は10人前後。向こうもこちらの位置に気付いているのか、展開しながらこちらに近寄ってくる。
 腕を痛めたままではこの人数を相手にするのは難しいが、まだ包囲されているわけでもない。今ならまだ…。
「ジーノさーん!」
 聞き覚えのある声がジーノの耳に入る。驚きのあまり動きを止めてしまったジーノの前に、D-9部隊の面々がぞろぞろと木の陰から出てきた。その中にはジーノのよく知った少女の姿があった。
「やっぱりジーノさんでした~。お久しぶりですぅ」
 そう言いながら抱きついて来るフィーに、ジーノは戸惑いを隠せない。
「フィー?なんでお前が…」
「その辺りも含めて私が説明するわ」
 そう言いながらD-9部隊の最後尾からエネ・ウィッシュが姿を現す。
 なんでもエネ・ウィッシュが言うにはクレスト国内でミラージュの兵士に扮した兵士達が、国境近くの街を襲ったのだという。しかも、キサラギ、クレストが総力戦を始めた際、両軍に大打撃を与えたコトダマ使いがいたらしい。その被害は、コトダマ使いを中心に多くの兵士を巻き込んだ大爆発が引き起こしたものだ。その結果、両国の軍は撤退。その時にもミラージュの兵士らしき部隊が目撃されており、今現在両国はミラージュに向けて進軍の準備を始めているのだそうだ。
「連中は大きく動きたしたわ。それこそ実行部隊をすべて投入して、ミラージュを追い込もうとしているみたいね」
 エネはさも嬉しそうに話し、ジーノは黙ってそれを聞いた。もはや一刻の猶予もないのだろう。
「で、それをミラージュに知らせに行かなくていいのか?」
「必要無いでしょう。今のミラージュなら、2国同時に侵攻されても何とか耐えられるはずよ。私たちは連中が戦場に干渉してくるところを狙って一気に叩き潰すわ」
「何か、アテがあるのか?」
 やや訝しげに訊ねるジーノに、エネはうっすらと笑みを浮かべて答えた。
「まあ、少しはね。でもその前に、せっかくの再会だもの、2人で話でもしておいたら?」
 そう言いながらエネはジーノの腰に抱きついているフィーを見た。
「…時間はいいのか?」
「ええ、私達が動き出すまでまだ時間はあるから。まあ、ゆっくりしっかり話しておきなさいな」
 そう言うと、エネはフラッグ達にキャンプの用意をさせ始めた。
 エネ達から少し離れた所へ二人は移動すると、さっきとは打って変わってフィーはおとなしくなった。ジーノの手をしっかり握りしめてはいるものの、その顔はどこか不安が浮かんでいる。
「ジーノさん、私努力しました。このままでも周りの気配を探れるように、それこそジーノさんよりも広い範囲で…」
「…」
 ジーノのその沈黙に、フィー手に込めた力が強くなった。。フィーが何かを隠していたことはなんとなく知っていたジーノだったが、それを自ら問いただすようなことはない。
「…私はコトダマ使いです。できそこないもいいところですけど」
「そうか…」
 それを聞いても、ジーノの表情は変わらなかった。それはジーノの気遣いなのか、何となくわかっていただけなのかは、フィーにはわからない。
「特性は相手の警戒心を和らげる、みたいな効果です。でも、私はコトダマのオン、オフができませんから…」
「…コストはお前のその体型とも関係が?」
「成長速度が奪われるんです。でも、例えそうだとしても、このおかげで広範囲の人の気配が探りやすくなりますから」
 確かに、ジーノ以上の広範囲の気配を感知することができるなら、フィーは十分に役に立つ。フィーは約束を守ったのだろう。自分にできることを最大限に利用して、彼女はジーノの傍へ戻ってきたのだ。
「私はジーノさんと一緒に戦います。直接敵を倒すようなことはできませんけど…!」
 ジーノは優しく微笑みながらフィーの頭に手を置いた。その微笑みはフィーが最も欲しかったものだが、もはや彼女の瞳はそれを見ることはできない。それでも、その空気を感じ取ったフィーは涙を浮かべながら笑顔を見せた。

 キャンプの準備をしているD-9部隊を眺めているエネに、フラッグが話しかけた。
「あの傭兵が合流したのはいいが、勝算はあるんだろーな?」
「そのために時間をかけて”あれ”を用意したのよ。…そうねちょうどいいしあなたには”あれ”がなんなのか説明しないといけないわね」
 エネのその言葉にフラッグは眼を見開いて驚く。
「…意外だな。てっきりあの傭兵に使わせるのかと思ってたんだが…」
「意外なのはあなたの方よ。正直私はあなた達がここまで生き残るとは思っていなかったもの」
 フラッグは軽く息を吐き出すように笑うと、エネを鋭い眼で睨みつけた。
「言っておくが、俺はあんたを信用してない。あの傭兵もな」
「…ならここでやめる?」
「バカ言うな。俺は騎士だ。最後まで命令には従うさ。少なくとも、俺がやりたくないこと以外はな」
 エネは上を見上げた。木々が生い茂っているため空は見えないが、見上げずにはいられなかった。
「あなた、早死にするわね」
「かもな」
 木々をすり抜けるようにして二人の間を風が通り過ぎる。
 もはや止まることはできない。引き返すこともできない。ただ進むだけだ。その先に何があるかは、全てが終わるその時まで、誰も知ることはできないだろう。
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