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サイレントジノーヴィ

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 ミラージュ領土内にある平原、そこには地平線を埋め尽くすほどの兵士、騎士、そしてコトダマ使い達がいた。それを遠くから2人の男が表情を変えずに、只見ていた。
「君はどうなると思う?」
「結局あれの復元は阻止できなかったからな。まあ一度は世に出た技術だ仕方ない」
 少しフレームの歪んだ眼鏡の位置を戻しながら、痩せこけた頬の男がにやりと笑って口を開く。
「かもね。ここまで抑えられただけでも上々だよ。とりあえず、ここでミラージュの力を削ぐことができれば色々やりやすいんだけどねぇ」
「どうあれここで流れが変わる。お前はしっかりと見極めていればいい」
「何か気がかりかい?」
 長い付き合いだからこそわかる表情の変化。傍から見ればもう一人の男の表情は微動だにしていなかったが、痩せこけた頬の男から見ればそれは…。
「ああ、ようやく手に入るかもしれない」
「その時は教えてくれ。僕もその瞬間に是非とも立ち会いたい」
 頬の痩せこけた男がそう言うと、もう一人の男は消えるように姿を消した。
「長年追い続けてきたもの、か。それが簡単に手に入る僕達には、永遠に理解できないだろうな」
 彼のその呟きは、誰にも聞かれることなく風に消えていった。

 クレスト、ミラージュの連合軍は同じ戦場にはいるものの、互いに少し離れ各々の指揮系統で動くように陣形を組んだ。互いが出しぬかれることを恐れ、それぞれ自国に数人のコトダマ使いを残しているとはいえ、何年も戦争を続けてきた彼らの実力はかなりのものだろう。
 こういった戦場ではコトダマ使い達を一か所に集めず、ばらばらに配置するのが定石だ。互いのコトダマの攻撃で相打ちになる事を防ぎ、尚且つコトダマ使いを一斉に死なせることを防ぐためでもある。
 そんな彼らは基本的に大量の兵士に守られながら、ギリギリコトダマの届く位置からチビチビと攻撃を行う。それが最もコトダマ使いにとって安全であるし、なによりただそこにコトダマ使いがいるということを相手に知らせることで、敵の士気を下げることが目的だからである。
 確かに昔は、強力なコトダマ使いを最前線で戦わせていたものだが、それは大きな賭けになる。と、そんな風にいろいろと理由を並べては見たものの、結局は自身の力と影響力を盾に、コトダマ使いは自らの保身を図っているのが現状だ。
 もはやコトダマ使いは英雄ではない。少なくとも今は…。

 キサラギの陣営の最前線で男は笑う。その圧倒的な数の軍勢を前に、最高の装備で立ち向かえることに。
 疾走する影、風に触れたと感じた兵士達が軽々と宙を舞う。正面から兵士に突撃した影はようやくたどり着いた境地に、自身の力に、かつての憧れを超えたことに、ただひたすらに歓喜した。
「オオォオがぁあああああああ!!」
 戦場に響く咆哮、それはその姿と相まって、かつての地上の覇者であるドラゴンを彷彿とさせる。
 ドラゴンの鎧を手に入れたファントムは速さを手に入れた。他の金属製の鎧などとは比べるのも愚かしいほど軽く、そして硬い。今の彼の実力は並みのコトダマ使いすら凌駕する。もはや彼に潰され、飛ばされ、引き千切られた者達の数は、優に100を超えるだろう。
「は、はぁ、ああ。ハハハハハ!」
 思わず口から洩れる笑み。顔は見えなくともそれが歪な笑みであることは、もう確認するまでもない。
 たった一人とはいえ、コトダマ使い並みの戦力を持つ人間の特攻。それは大きくミラージュの兵士たちを後退させた。攻撃が当たっているのにも関わらず正面から全てを突破してくるその姿は、化け物以外の何物でもない。
「…ファ、ファントムだ」
 一人の兵士の口から発せられた呟きは、瞬く間に戦場全体へと伝播する。
 多くの人々に語り継がれてきた闘神、ファントムは今ここで彼に最も近い人間となった。

 一方それに対するミラージュは、数では負けてはいるが、士気高く、兵士の質も信仰心も並みではない。そして何よりその独特なコトダマ使いの運用方法は他国と一線を画す。
 信仰の象徴であると同時に最強の戦力である”四聖唱女”と呼ばれるコトダマ使い。彼女達は軍の中央に陣取り、自分達の神を、信仰を謳う。

 愚か者どもよ 神の前へ 断罪の場へ
 来たれ 来たれ 来たれ 来たれ
 福音よ
 響け 響け 響け 響け

 あなた方は神の刃 恐れるべき痛みも恐れもありはしない
 我らが神兵よ
 進め 進め 薙ぎ払え

 あなた方の傷は神の福音で聖痕となる あなた方の心は魂は癒される
 癒せ 癒せ 救え

 神の国を穢す愚者どもよ 神の威光に跪け ひれ伏せ
 朽ちよ 朽ちよ 滅びよ

 我らは魂を震わせる聖唱女 神の子らよ 愚者どもよ その身に 魂に刻み込め
 響け 響け 放て

 信仰の聖唱女が兵士達の痛みを和らげ、癒しの聖唱女が傷ついた者たちを癒し、威光の聖唱女が敵兵士の恐怖を増幅させ、その全てのコトダマを唱響の聖唱女が戦場全体に響かせる。
 戦争とは1人行うものではない。ましてや集団戦において、たった一人の優れた人間などたいした意味を持たない。全体を支配し、流れを掌握することのできる集団を作り出すことこそが勝利をもたらすのである。
 我武者羅に傷つくことも、死すら恐れずにミラージュの軍勢は突き進む。それは随所に配置されたコトダマ使い達の攻撃もものともしない。
 ミラージュの神兵という名の狂った兵士たちは、自らの死もいとわず突き進む。それはコトダマで増幅されずとも、圧倒的な恐怖の対象だった。
 クレスト、キサラギ連合の前線が崩れていく中、ジーノ達はじっと機を窺っていた。わずかな変化も見逃さないように、じっと息をひそめながら…。
 エネが予想している連中の動きは、3国の騎士や兵士達が乱戦になっている中でコトダマ使いの”コストオーバーした状態でのワーストワードの使用”だった。先の2国の総力戦の中で起こった大爆発がまさにそれだったのだろう。しかしそのまま使用すれば、ミラージュだけでなくクレスト、キサラギにも多大な被害がもたらされてしまう。しかし、いくらなんでもこの戦いの中で、ミラージュの軍勢の中心までコトダマ使いを移動させるのは不可能だ。
 だが彼らはあの発光現象の起きた村で、コトダマの力を1方向だけ無効化している。故にその無効化の力をクレスト、キサラギの2国側で使い、両国の被害を抑えたうえでミラージュの兵力を奪うつもりなのだろう。
 幸いにも前線が後退している今、わざわざ前に出ずとも敵はコトダマの射程に飛び込んでくる。そこへD-9部隊とジーノが飛び込んで組織の実働部隊を蹴散らせばいいのだが、問題は彼らがどこに潜んでいるか、だ。
 そこでフィーの出番である。彼女の人の気配を感知する力はかなりのものだ。これだけ一般の騎士達が敗走している中ならば、妙な動きをすればすぐフィーの警戒網に引っかかる。あとは、そこへすばやくたどり着けるかどうかで勝敗が決まる。
 そんな中、前線を見つめながら鋭い眼差しで、フラッグがジーノに話しかけた。
「本当に任せていいんだな、傭兵の兄ちゃんよ?」
「ああ、あんたらは俺の後ろからついてきてくれ。ただ、何があっても動揺しないでくれ」
「意味深だな。わかったよ。だが、妙な真似したら後ろからブスリ、だぞ」
 そのフラッグの忠告にジーノは沈黙で返していると、フィー慌てた様な声が上がった。
「ジーノさん!私の右斜め30度、距離150付近に妙な一団がいます!!」
 その声に、ジーノはその方向を睨み、バスタードソードブレイカ―の留め金を外して走り出す。
 祈るようなフィーの仕草を横目にジーノは歯を食いしばった。
 ジーノには未だ戦場の大きな気配のせいで、目標の気配が感じられないでいる。それがジーノの心を苛立たせていく。
 ――五月蝿い――
 もはや兵士達が眼の前というところでジーノの中で何かが高まっていく。
 ――邪魔だ――
 息を大きく吸い、意識を集中したジーノは全力で”コトダマ”を放った。
「黙れぇ!お前らぁあああ!!」

 ――。

 音が消える。
 刃と刃がぶつかる音も、恐怖に怯えた悲鳴も、死にゆく者たちの断末魔も、コトダマすらも…。

 そのあまりの異常事態に、戦場の動きが止まる。状況の把握ができていない兵士達の中へ、ジーノはバスタードソードブレイカ―をランスのように構えて突進していった。
 ――。
 人の隙間を狙って突撃したとはいえ、バスタードソードブレイカ―をに弾かれ何人もの人間が吹き飛ばされる。それでも何も聞こえはしない。
 ジーノの開いた道を後ろから走るフラッグは思わず笑みを漏らした。
(こりゃすげぇ。これなら…!)
 混乱した兵士達の間を抜け、いまだにミラージュ陣営へ近づこうとしている集団を目視して、ジーノはさらに速度を速める。バスタードソードブレイカ―を肩に担ぎ、上からの振り下ろしを眼前の敵に叩きこんだ。
「ニーシャああああ!!」
 戦場に響くバスタードソードブレイカ―の一撃と、ジーノの咆哮。
 一時の作られた静寂は過ぎ去った。ここからこの戦場は、より一層荒れることになるだろう。
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